1-29:一ヶ月前
**【速報】政府、ダンジョンの一般開放を一ヶ月後に実施すると発表**
そのニュースを見た瞬間、俺は学食のカレーを吹き出しそうになった。
「......本当に来るのか。」
箸を止めたまま、画面を二度見する。
探索者試験の申込受付、来週開始。
合格発表を経て、正式に一般開放。
もう、噂でも予定でもない。
日付が決まった、確定事項だった。
「錬司、顔やば。」
「やばいのはお前の方がやばい話聞いてない事実だぞ。」
「見てるよ、ニュースくらい。」
友人が肩をすくめる。
「で、お前は受けるんだろ、試験。」
「受ける。」
即答した。
その日から、生活が一変した。
いや、正確には、ただでさえ変わっていた生活が、さらに輪をかけて忙しくなった。
平日は大学と、隙間時間の筆記対策。
週末は関市の工房で、体力づくりと実技の練習。
「体力試験、なめとったら死ぬぞ」
佐伯が容赦なく言う。
「学生の体力なんぞ、たかが知れとる」
「......それ、師匠に言われると説得力すごいですね」
「わしは毎日鎚を振っとるからな。年寄りをなめるなよ」
鍛冶場の裏の坂道を、何往復も走らされた。
筋肉痛で槌が持てなくなった日もあった。
それでも、不思議と辛くはなかった。
むしろ、楽しかった。
夜、大学の寮に戻ってからは、参考書代わりに配布された講習資料を読み込む。
危険察知の基本。
撤退の判断基準。
装備の点検方法。
黒沢玲や南一颯が監修したという資料は、驚くほど分かりやすかった。
「これ、書いてる人たち絶対ゲームやってた人だろ......」
思わず独り言が漏れる。
例え話が、いちいち腑に落ちる。
「HPの概念で考えると分かりやすいんですが」なんて、公的な資料に堂々と書いてある。
国もついに吹っ切れたらしい。
休憩中、江藤からも連絡が来た。
『試験、受けるんですね』
『応援しています』
『素材、無理はしないでくださいね』
律儀な人だ。
あの人がくれた鉱石が、ここまで自分を動かしてくれた。
感謝してもしきれない。
『ありがとうございます』
『ちゃんと合格して、直接お礼言いに行きます』
既読がついて、すぐに絵文字だけの返信が来た。
笑ってしまった。
真面目な研究者にも、こういう一面があるらしい。
工房に戻ると、佐伯が新しい炭を積んでいた。
「錬司」
「はい」
「試験受かったら、一緒に潜る約束、忘れとらんよな」
「忘れるわけないですよ」
「なら、体、しっかり作っとけ。刀を打つ腕も、素材を運ぶ体も、両方要る」
「はい」
工房の隅、棚に並んだ二つの容器を見る。
青い結晶と、黒紫の欠片。
まだほんの少ししか残っていない。
でも、それでいい。
これは、まだ序章だ。
試験に合格して。
資格を取って。
自分の足で、あの門の奥へ行く。
もっと大きな鉱石を。
もっとたくさんの素材を。
自分の手で、確かめに行く。
「......よし。」
小さく気合を入れて、槌を握り直す。
窓の外、日が暮れていく。
カラン、と乾いた音が、鍛冶場に響いた。
残り、一ヶ月。
長いようで、短い。
でも、今の自分になら。
きっと、間に合う。




