1-28:開放日、決定
「試験制度の詳細が、ようやく固まりました」
分科会の会議室。
資料を配りながら、司会役の職員が言った。
「第五級試験は、全国十二箇所の会場で実施予定です」
九条恒一は、資料をめくりながら耳を傾ける。
「内容は、筆記試験、体力試験、そして実技講習の受講確認。合格率は、意図的に厳しくは設定していません」
「理由は」
「はい」
東雲環が答える。
「最初の関門を厳しくしすぎると、真面目にやりたい人まで弾いてしまいます。危険なのはむしろ、資格を持たずに無茶をする人間です。だから、最初のハードルは低く、その代わり上位級への昇格を厳格にする」
「なるほど」
九条は頷いた。
この四人と議論を重ねるうちに、いつしかそういう設計思想が、会議の共通認識になっていた。
「安全講習の内容についても、既にたたき台ができています」
黒沢玲が資料を示す。
「基本の生存戦略、危険察知、撤退の判断基準。これは、わしらが長年ゲームやTRPGで培ってきたノウハウをそのまま転用しています」
「転用、というと」
「プレイヤーがいかに死なずに冒険を続けるか。その知見の蓄積です」
真面目な顔で言われると、妙な説得力があった。
「素材買取のガイドラインも完成しています」
南一颯が続ける。
「等級ごとの基準価格、譲渡申請フォーム、審査基準。これで、職人や研究機関への譲渡もスムーズに動きます」
九条の脳裏に、また一瞬あの名前がよぎった。
(神崎、じゃったな)
資料の隅で、何度か目にしている名前だ。
どうやら、あの江藤という研究者から素材を分けてもらった学生らしい、という話も小耳に挟んでいる。
だが、それ以上は特に気にしていない。
今は、もっと大きな話をしなければならない。
「配信規則の運用方針も含め、これで一通りの制度が揃いました」
九十九蒼が、少し感慨深そうに言った。
「本当に、ここまで来たんですね」
「皆様のおかげです」
九条は、素直にそう言った。
誰か一人でも欠けていたら、ここまでのスピードでは進まなかった。
それは、間違いない。
「総理」
防衛省の担当者が立ち上がる。
「これまでの調査結果を踏まえ、内部の安全性についても、一定の見通しが立っています」
「危険度は」
「限定的な区域であれば、資格を持った民間人の立ち入りに耐えうる、という結論です」
会議室の空気が、静かに引き締まった。
「つまり」
「はい」
「一般開放の準備が、整った、ということだな」
「そのように判断します」
九条は、しばらく資料を見つめたまま黙っていた。
長かった。
いや、振り返れば、驚くほど早かったとも言える。
空間の歪みが現れてから、まだそれほど時間は経っていない。
それでも、ここまで来た。
「日程については」
「事務局案では、一ヶ月後を目処に、と考えております」
九条は、資料に目を落としたまま、小さく頷いた。
「よし」
短く答える。
「一ヶ月後、正式に発表する。国民に向けて」
「かしこまりました」
会議室に、緊張と高揚が入り混じった空気が広がる。
誰も彼も、ここまで来たことへの実感を、噛み締めているようだった。
会議が終わり、九条は一人、廊下を歩いた。
窓の外、あの門の方角を見る。
(一般開放、か)
初めてあの映像を見た日を思い出す。
石造りの門。
誰も何も分からなかった、あの日。
あれから、こんなに遠くまで来た。
そして、これからは。
自分たちだけでなく、あの門の向こうへ、普通の人々が足を踏み入れる時代が始まる。
スマホを取り出し、孫にメッセージを送る。
『一ヶ月後、一般開放を発表することになった』
すぐに返信が届く。
『マジで!?』
『じいちゃんすごすぎ』
九条は、微笑みながらスマホをしまった。
まだ、何も終わっていない。
むしろ、ここからが。
本当の始まりだった。




