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オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
第一章:ダンジョンについての有識者会議
22/88

1−22:初めて触れたもの

大学の正門を三つも間違えた。


「......緊張しすぎだろ、俺」


 江藤准教授の研究室がある大学は、自分の通う大学とは違う場所にある。


 電車を乗り継いで、地図アプリを二回見て、それでも迷った。


 緊張しすぎて、頭がまともに働いていない。


 案内された部屋の前で、深呼吸を三回する。


「......よし。」


「あ、神崎さん、こちらです」


「はい、失礼します」


 扉を開けると、白衣を着た女性が立ち上がって出迎えてくれた。


 思っていたより若い。


 三十代半ばくらいだろうか。


「江藤です。今日はわざわざありがとうございます」


「い、いえ、こちらこそ、貴重な機会を」


 声がわずかに上ずる。


 握手を交わした手が、少し湿っていた。


 ......緊張しすぎだろ、俺。


 部屋の中央、机の上には、金属製のケースが二つ並んでいた。


「早速ですが、こちらをご覧ください」


 江藤が手袋をはめる。


 ケースを開ける。


 その瞬間。


「......っ」


 息が止まった。


 青い結晶。


 映像で何度も見たあの色。


 だが。


 実物は、想像していたものと桁違いだった。


「触っても?」


「どうぞ、手袋を」


 差し出された手袋をつけ、そっと持ち上げる。


 軽い。


 いや、思ったより重い。


 ......両方だ。


 見た目より軽く感じるのに、手にした瞬間ずしりと質量を感じる。


「密度が普通の鉱物と違うんです。見た目のわりに、重い」


 江藤が説明する。


 言われなくても分かる。


 これは、地球の常識で測れるものじゃない。


「劈開面、やっぱり綺麗ですね」


 断面を光にかざす。


 層が見える。


 結晶構造がはっきり見て取れた。


「金属じゃない。これは間違いなく鉱物です」


 思わず口にする。


「私たちも同じ結論です。ただ――」


 江藤が別のケースを開ける。


 もう一つの塊。


 こちらは、色が違った。


 深い、黒に近い紫。


「こちらは、少し性質が違う個体です」


「......これも構造物内部で?」


「はい。奥まった区画で発見されました。まだ詳しい分析は途中ですが」


 こちらを手に取る。


 ずっしりと重い。


 だが、表面の質感がまるで違う。


 まるで、金属のような。


 いや、金属とも違う。


「これ、熱伝導は?」


「調べています。今のところ、普通の金属より緩やかです」


「炭素は含まれてます?」


「痕跡程度ですが、確認されています」


 ......熱くなる。


 頭の中が、勝手に回転を始める。


 もしこれが。


 炭素を含んだ、金属に近い性質を持つ鉱石だとしたら。


 精錬の仕方次第で。


「あの、」


 江藤が笑いながら言葉を挟む。


「もう、すごい顔をされてますよ」


「......すみません」


「いえ、その反応が見たかったので」


 江藤は、二つのケースを見比べる。


「政府の分析班は優秀ですが、どうしても『どう解析するか』が中心になります。神崎さんの視点は、それとは違う。『どう使うか』から逆算している」


「使うことしか考えてないので......」


「それが貴重なんです」


 真剣な声だった。


「今日、お呼びしたのは、これをお渡ししたかったからです」


 江藤が、小さな密閉容器を二つ取り出す。


 中には、それぞれの鉱石の欠片が入っていた。


 手のひらに乗るほどの、小さな破片。


「......え。」


「サンプルです。正式な研究提供という形で、政府にも報告済みです。心配しないでください」


「これ、いただいていいんですか」


「あなたの考察には、それだけの価値があります。もちろん、研究目的での使用が前提ですが」


 容器を受け取る手が、震えていた。


 軽い。


 小さい。


 なのに。


 ずっしりと重い何かが、胸の奥に落ちてきた。


 子供の頃から。


 ずっと。


 この手で、いつか異世界の金属を打ってみたいと思っていた。


 夢物語だと分かっていた。


 現実にはあり得ないと、どこかで諦めていた。


 それが。


 今。


 手のひらの中にある。


「......ありがとうございます。」


 声が、少しだけ震えた。


「大事に、します。」


「期待していますよ、神崎さん」


 江藤が微笑む。


 研究室を出て、外の空気を吸う。


 夕方の風が、少し冷たい。


 だが、寒さなんて感じなかった。


 ポケットの中の容器を、そっと握りしめる。


「......問題は。」


 これを打てる場所が、どこにもないことだった。


 炉もない。


 道具もない。


 技術も、まだ足りていない。


 でも。


 もう、逃げ場はなかった。


 本気で、動き出す時が来た。


 スマホを取り出し、あるアカウントにメッセージを打つ。


『師匠、お願いがあります』


 送信ボタンを押す指に、迷いは一つもなかった。

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