1−21:制度という名の設計図
「本日は、制度の骨子について詰めていきたいと思います」
第三回、材料・環境・種族対応検討分科会。
九条恒一は、今回も末席からその様子を見守っていた。
会議室の空気は、初回とは明らかに違う。
官僚たちの表情に、もう戸惑いはない。
むしろ、前のめりだった。
「まず、探索者の資格についてです」
司会役の職員が資料を開く。
「現状、内部への立ち入りは自衛隊・警察関係者に限定していますが、将来的に民間人へ開放する場合、何らかの基準が必要になります」
「免許制ですよね、普通に考えて」
南一颯が即答する。
「講習を受けて、実技試験をやって、段階的にランク分けする。ゲームでよくある構造ですけど、現実でもこれが一番安全だと思います」
「ランク分け、というのは」
「初心者がいきなり深層に行けないようにする仕組みです。浅い階層から実績を積ませて、段階的に許可範囲を広げる」
黒沢玲が頷く。
「TRPGでも同じ発想がある。いきなり強い敵と当たらせない。GMの基本設計です」
「なるほど......」
職員がメモを取る手が止まらない。
「では、初級・中級・上級の三段階、というイメージでしょうか」
「もっと細かくてもいいと思います」
東雲環が口を挟む。
「一段一段の差が小さい方が、事故のリスクを抑えられる。五段階くらいがちょうどいいかと」
「五段階......承知しました」
九条は、その様子を眺めながら小さく感心していた。
(早い)
これまでの会議では、何週間もかかっていたはずの議論が、あっという間に形になっていく。
「続いて、素材の管理についてです」
議題が進む。
「採取した素材の所有権を、国が一括管理するか、探索者個人に帰属させるかという論点があります」
「両方でいいのでは」
九十九蒼が手を挙げる。
「基本は国が買い取る。ただし、一定の希少度以下の素材は、探索者本人が申請すれば個人利用の許可を取れる、という二段構えにすれば」
「個人利用......例えばどういう用途を想定されていますか」
「研究者への提供とか、職人への譲渡とか」
さらりと言われた言葉に、九条の耳がわずかに反応した。
(職人......)
少し前に見た、あの資料の名前がふと頭をよぎる。
(神崎、じゃったか)
もちろん、今はまだ関係のない話だ。
単なる連想にすぎない。
「続けてください」
「はい」
議論が進む。
「そして、配信規則についてです」
これは、南が中心になって説明した。
「探索の様子を配信したいという声は、間違いなく出てきます。ここを野放しにすると危険です」
「危険、と申しますと」
「視聴数のために無茶をする配信者が必ず出ます。ゲームの世界でもリアルでも、これは変わりません」
冷静な指摘だった。
「なので、配信は許可制にして、内容にも一定の制限をかけるべきです。生死に関わる映像の扱い、位置情報の秘匿、こういったところは最低限」
「勉強になります」
「あと」
黒沢が付け加える。
「これは少し気の早い話ですが」
「どうぞ」
「もし内部の生物が、銃器で有効打を与えにくいタイプだった場合の備えも、今のうちに考えておいた方がいいかと」
「有効打を与えにくい......」
「刃や打撃武器の方が効く可能性です。ファンタジー作品でよくある設定ですが、現実でも似た状況が起きても不思議ではありません」
会議室が、一瞬静まった。
「もしそうなった場合、近接武器の携行が必要になります」
「しかし、それは銃刀法の――」
「はい。だからこそ、今のうちに検討しておくべきかと」
職員が資料に何かを書き込む。
「探索用途に限定した、特例的な帯刀許可、ですか」
「そうなった場合の話です。あくまで可能性の一つとして」
九条は、資料に目を落としたまま、内心でだけ大きく頷いていた。
(......まさか、本当に刀の話が出るとはな)
もちろん、顔には出さない。
絶対に出さない。
だが。
(これは、思っていたより本格的になりそうだ)
会議は四時間を超えた。
終わる頃には、資料の枚数が最初の倍近くに膨れ上がっていた。
「本日はここまでとします。次回、たたき台を事務局側で作成し、皆様にご確認いただく形にしたいと思います」
「お疲れ様でした」
一同が席を立つ中、九条もようやく腰を上げた。
廊下を歩きながら、資料を読み返す。
探索者免許。
素材管理制度。
配信規則。
そして、いずれ必要になるかもしれない、帯刀の特例。
まだ、どれも骨組みにすぎない。
だが。
(形になってきている)
誰も歩いたことのない道を、少しずつ、地図に描き始めている。
その実感が、確かにあった。
窓の外、日が暮れかけていた。
あの門の方角を見やりながら、九条は小さく呟く。
「......一般開放も、そう遠くないかもしれんな」
その言葉の意味を、まだこの時の九条は。
どこか他人事のように感じていた。




