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オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
第一章:ダンジョンについての有識者会議
23/94

1−23:初めて槌を持った日

岐阜県、関市。


 刀の街、と呼ばれる場所へ来るのは初めてだった。


 駅を降りると、空気からして違う気がした。


 ......気のせいだとは思う。


 思うけど、そう感じてしまうくらいには浮かれていた。


 地図アプリを頼りに、山際の一軒へ向かう。


 瓦屋根の、古い平屋。


 庭の奥から、規則正しい金属音が響いていた。


 カン。


 カン。


 カン。


 その音だけで、鳥肌が立った。


「......すみません」


 声をかけると、音が止まる。


 引き戸が開いて、白髪の老人が顔を出した。


 動画で何百回も見た顔。


 本物は、思っていたよりずっと小柄だった。


「お主が、神崎か」


「は、はい! 神崎錬司です!」


 勢いよく頭を下げる。


 角度をつけすぎて、額をぶつけそうになった。


「......元気なやつじゃな」


 老人が、くつくつと笑う。


「わしは佐伯じゃ。まぁ、入れ」


 招かれるまま、鍛冶場へ足を踏み入れる。


 その瞬間、息を呑んだ。


 炉の熱。


 鉄の匂い。


 壁に並んだ槌と鏨。


 水を張った焼き入れの桶。


 全部、動画で見た通りで。


 なのに、全然違った。


「......すごい」


 思わず声が漏れる。


「動画とは、なんぼでも違うじゃろ」


「はい......全然違います」


「本物っちゅうのは、そういうもんじゃ」


 佐伯が、笑いながら奥の椅子を勧める。


「それで、電話でも言うとったが、鉱石を持ってきたんじゃな?」


「あ、はい」


 ポケットから、江藤に貰った容器を取り出す。


 佐伯の目つきが、一気に変わった。


「......見せてみい」


 容器を受け取り、蓋を開ける。


 青い結晶と、黒紫の欠片。


 佐伯は、手袋もつけずに、指先でそっと触れた。


「......おい、それ、勝手に触っていいんですか」


「わしの指の方が、機械よりよっぽど精度が高い」


 冗談か本気か分からない口調で言いながら、結晶を光にかざす。


「......ほう」


 しばらく、無言だった。


 その沈黙が、逆に緊張を煽る。


「これは、面白いな」


 やがて、そう呟いた。


「精錬すれば、化けるじゃろう。特にこっちの黒いやつ」


「やっぱりそう思います?」


「うむ。ただの勘じゃがな」


 佐伯が結晶を戻す。


「で、お主はこれで何をしたいんじゃ」


「......刀を、打ちたいです」


 迷わず答えた。


「これで打った刀が、どんなものになるのか。この目で見てみたいです」


 佐伯は、しばらく黙って俺を見ていた。


「知識だけは、たいそうなもんじゃな」


「......はい、それは自覚してます」


「じゃが」


 立ち上がり、壁の槌を一本取る。


「知識と、腕は別物じゃ」


 差し出された槌を、受け取る。


 思ったより重い。


「打ったこと、あるか」


「......ないです」


「じゃろうな」


 佐伯は、炉の中から普通の鉄の棒を取り出した。


 真っ赤に焼けている。


 貴重なあの鉱石じゃない。


 まずは、これで試せということらしい。


「小手調べじゃ。好きに打ってみい」


「......はい」


 鉄の棒が、金床の上に置かれる。


 深呼吸。


 これまで何百本と動画で見てきた、鍛冶師たちの動き。


 頭の中にはある。


 あるはずだ。


 槌を振り上げる。


 振り下ろす。


 カン。


 思ったより、手に伝わる感触が鮮明だった。


「......もう一発」


 もう一度。


 カン。


 もう一度。


 カン。


 佐伯が、腕を組んだまま、じっと見ている。


 その表情が、途中から変わっていることに、俺は気付いていなかった。


「......おい」


「はい?」


「止めてみい」


 言われるまま、槌を止める。


「お主、本当に今日が初めてか」


「はい、生まれて初めてです」


「......」


 佐伯は、金床の上の鉄を見つめたまま、しばらく動かなかった。


「打点が、ほとんどぶれとらん」


「......え?」


「力の加減も、素人にしては異常なくらい安定しとる」


 言われて、初めて自分の手を見た。


 特に、何か意識したわけじゃない。


 ただ、頭の中で思い描いた通りに動かしただけだ。


「動画で覚えた通りに、動かしただけです」


「それが、できる人間はそうそうおらんのじゃ」


 佐伯の声が、少し低くなる。


「わしは、これまで何人も弟子を見てきた。中には、真面目に何年も修行した者もおる」


「......はい」


「じゃが、初日でここまで打点が安定しとった奴は、一人も見たことがない」


 言葉が出なかった。


 嬉しいのか、驚いているのか、自分でもよく分からない。


「......これが、才能ってやつですか」


 冗談めかして言ってみる。


「かもしれんな」


 佐伯は、まっすぐ答えた。


「冗談で言ったのに、真面目に返された。」


「本当のことじゃからな」


 佐伯は槌を受け取り、道具棚を見渡した。


「決めた」


「......何をですか」


「わしの工房、好きに使え」


「......え!?」


「ただし」


 佐伯の目が、少しだけ鋭くなる。


「タダとは言わんぞ。しっかり仕込む。覚悟しとけ」


「......はい!」


 思わず、大きな声で返事をしていた。


 炉の熱が、頬を焼く。


 鉄の匂いが、鼻の奥に染み付いていく。


 子供の頃からずっと。


 この光景を、何度も何度も夢に見てきた。


 それが今、目の前にある。


「......よし。」


 小さく呟いて、槌を握り直す。


 まだ、何も成し遂げていない。


 でも。


 ようやく、スタートラインに立てた気がした。

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