1−14:かっこいい爺ちゃん
「以上をもちまして、本日未明に実施した有人調査について、政府からの報告とさせていただきます」
九条恒一は、壇上でそう締めくくった。
午前の記者会見。
内容は昨夜のうちに固めてあった。
構造物内部への突入に成功したこと。
未知の鉱石を採取したこと。
そして――
「なお、内部において、生物と見られる存在を確認しました」
会場が大きくどよめく。
想定内の反応だった。
「これは危険な生物なのですか」
「現時点で、攻撃性は確認されていません」
「では安全だと」
「そうは申し上げていません。分かっていないことの方が多い、というのが正確です」
誠実に。
慎重に。
だが、隠さない。
それが、この数週間で九条が固めた方針だった。
会見は一時間近く続き、九条は控室に戻った。
どっと疲れが出る。
ソファに腰を下ろした瞬間、スマホが震えた。
孫からのメッセージだった。
『じいちゃん、会見見たよ!』
『生物いるとか震えた』
『でもちゃんと発表するのすごいと思う』
思わず頬が緩む。
こういう時、孫の言葉は素直に嬉しい。
総理大臣としての自分ではなく、ただの祖父として見てくれる相手は貴重だ。
返信を打つ。
『心配かけてすまないな』
『無事に終わってよかった』
すぐに既読がつく。
『それよりさ』
『これから探索者制度とか作るんでしょ?』
その一言に、九条の指が止まる。
......まだどこにも発表していないはずだが。
『なんで知ってる』
『え、そりゃ考えるでしょ普通』
『ダンジョンあるなら誰かが管理しないとだし』
『じいちゃんそういうの得意じゃん』
得意、と言われると照れくさい。
だが、孫の言う通りだった。
昨日から、内々にその検討は始まっている。
問題は、その先だった。
『でもさ』
続けてメッセージが届く。
『役人だけで考えて大丈夫?』
『は?』
『いや、悪い意味じゃなくて』
孫らしい、遠慮のない物言い。
『現実にダンジョンの前例なんて無いじゃん』
『でも日本、ダンジョンの話ってめちゃくちゃあるよね』
『ラノベも漫画もゲームも』
『あれ、全部誰かが「もしこうなったら」って真剣に考えた結果でしょ』
九条の手が止まる。
画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
(......そうか)
前例がない。
誰もが、そう言っていた。
科学者も。
官僚も。
自分自身も。
だが、それは正しくない。
現実の前例はなくても。
この国には。
何千冊、何万冊という「もしダンジョンが現れたら」を想定した記録がある。
どんな罠がある。
どんな魔物がいる。
どんな制度が必要になる。
どんな失敗が起きる。
それを何十年もかけて、繰り返し繰り返し、物語という形でシミュレーションしてきた人々がいる。
(創作は、記録なんだ)
人類が想像できる危険を、何度も何度も先回りして描いてきた記録。
それを、ただの娯楽だと切り捨てていいはずがない。
『じいちゃん?』
『既読ついたまま止まってるけど』
我に返る。
『......いや』
『いいこと聞いた』
『え、なんか役に立った?』
『大いに』
『よくわからないけどよかった!』
微笑ましいやり取りに、少しだけ気が緩む。
だが頭の中は、もう次のことを考え始めていた。
九条は立ち上がり、秘書官を呼んだ。
「明日、追加の会見を入れてくれ」
「明日ですか。予定には」
「入れてくれ」
有無を言わさぬ声だった。
「議題は」
九条は、少しだけ間を置いた。
これまでなら、絶対に口にできなかった言葉。
だが、もう隠す必要はない。
「有識者会議への、新たな専門家の招集について、だ」
「新たな、と申しますと」
「小説家」
「......は」
「漫画家。ゲームデザイナー。それと、卓上ゲーム関係の識者も入れてくれ」
秘書官は、一瞬、聞き間違いかと思ったような顔をした。
「......理由をお伺いしても」
「彼らは何十年も、この国で誰よりも真剣に『未知の脅威』を想定してきた専門家だ」
九条ははっきりと言った。
「学者だけに任せる時代は終わった。今回は、堂々と発表する」
「堂々と、ですか」
「隠す理由がない。むしろ誇っていい」
この国には、そういう文化がある。
それを守ってきた人たちがいる。
今こそ、その価値を国として認める時だ。
「かしこまりました」
秘書官が一礼して部屋を出ていく。
一人残った九条は、もう一度スマホを見た。
孫からのメッセージが続いている。
『じいちゃん最近ちょっとカッコいいよ』
『前はもっと堅かったのに』
「......堅くて悪かったな」
小さく笑いながら呟く。
窓の外では、夕方のニュースが早くも今日の会見を取り上げ始めていた。
だが、誰もまだ知らない。
明日、この国が。
世界のどこも選ばなかった道を、正式に選び取ることになるということを。




