1−15:白羽の矢
「本日、政府として新たな方針を発表いたします」
九条恒一は、昨日とは違う顔で壇上に立っていた。
緊張ではない。
どこか、吹っ切れたような表情だった。
「これまで政府は、未知の構造物および内部生物について、物理学・生物学・工学など、既存の学術分野の専門家を中心に調査を進めてまいりました」
一拍。
「本日より、これに加え、新たな分野の有識者を招聘いたします」
記者たちが顔を上げる。
「小説家。漫画家。ゲームデザイナー。テーブルトークRPG関係者」
会場が、明らかにざわついた。
「以上の方々に、有識者会議への参加を正式に依頼いたしました」
「......総理」
一人の記者が、戸惑いながら手を挙げる。
「失礼ながら、それはエンターテインメントの分野かと思いますが」
「その通りです」
九条は、はっきりと頷いた。
「現実に、この現象の前例はありません。ですが、この国には、未知の脅威を何十年も想像し、物語という形で積み上げてきた人々がいます」
一言ずつ、区切るように。
「創作とは、人類が想像しうる危険を、繰り返しシミュレーションしてきた記録でもある。私はそう考えています」
しん、と会場が静まった。
「学術的な知見と同じ重みで、彼らの知見を扱います。これは冗談でも、話題作りでもありません」
九条は、まっすぐにカメラを見た。
「本気の要請です」
◆
「......え?」
都内のマンション。
ラノベ作家・九十九 蒼は、届いたメールを二度見した。
差出人、内閣府。
件名、『有識者会議 委員就任のご依頼について』。
「いたずら......だよな?」
開く。
本文を読む。
もう一度読む。
「......マジ?」
声が裏返った。
十年、異世界ものを書いてきた。
編集には何度も「もっと売れる路線で」と言われてきた。
好きなものを、好きなように書き続けてきただけだ。
それが、まさか。
「国から......呼ばれるの......?」
画面の向こうで、テレビが同じニュースを流していた。
総理の会見。
その中で、はっきりと言われた言葉。
――創作とは、人類のシミュレーション記録。
「......泣きそう」
誰に、というわけでもなく呟く。
今まで書いてきたものは、無駄じゃなかった。
そう言われた気がした。
◆
「うそやろ」
大阪の仕事場。
漫画家の東雲 環は、電話口で固まっていた。
「いや、担当さん、これマジですか」
『マジです。政府から直接、正式な依頼が来てます』
「僕、ダンジョン漫画描いてただけですよ?」
『その実績が評価されたそうです』
「......」
十五年、モンスターと武器と冒険を描き続けてきた。
資料集めのために、実在の武具を何百と調べた。
剣の重さ。
鎧の可動域。
迷宮建築の構造すら、自分なりに考えて描いてきた。
趣味の延長だと、家族には笑われた。
「......これ、今まで描いてきたやつ全部、参考資料として提出していいですかね」
『喜ばれると思いますよ』
電話を切った後、東雲はしばらく天井を見上げていた。
「......よっしゃ」
拳を握る。
声が震えていた。
◆
「マジかよ......」
TRPGサークルの主催であり、ゲームマスター歴二十年の黒沢 玲は、スマホの画面を見たまま立ち尽くしていた。
週末、狭い部屋に集まる十人足らずの仲間たち。
そこで積み上げてきた、無数の「もしこうなったら」。
ダンジョンの罠設計。
モンスターとの遭遇バランス。
探索者たちの生存率をどう保つか。
誰の役にも立たないと思っていた。
趣味だから。
それでよかったはずだった。
「......呼ぶのそこ?」
思わず笑いが漏れる。
嬉しさと、戸惑いと。
あと少しだけ、誇らしさ。
「今度こそ、本気で考えないとな」
誰に言うでもなく呟いて、黒沢は使い込んだルールブックを本棚から取り出した。
◆
「これ......ちゃんと読んでます?僕のゲーム」
ゲームスタジオの一室。
ダンジョン探索ゲームで知られる開発者・南 一颯は、送られてきた資料に目を通しながら苦笑していた。
資源管理。
パーティ編成。
装備劣化と修理の概念。
全部、自分たちが十年かけて設計してきたシステムだ。
「読んでますね。かなり細かく」
同僚が資料を覗き込む。
「これ、うちのゲームの死亡率調整の話まで引用されてますよ」
「マジで?」
笑うしかなかった。
ゲームの中でしか使わないと思っていた知識が。
現実の、誰かの命を守るために求められている。
その事実の重さに、笑いながらも背筋が伸びる。
「......本気でやるか」
南は、静かにパソコンへ向き直った。
◆
その夜。
全国の、いや世界中の"好きなことを続けてきた人々"のもとに。
同じような驚きと、同じような興奮が広がっていた。
誰も。
自分の趣味が、こんな形で世界の役に立つ日が来るとは思っていなかった。
そして、その一報は。
彼らだけでなく。
同じものを愛する、無数のファンたちのもとにも、間もなく届くことになる。




