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オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
第一章:ダンジョンについての有識者会議
15/88

1−15:白羽の矢

「本日、政府として新たな方針を発表いたします」


 九条恒一は、昨日とは違う顔で壇上に立っていた。


 緊張ではない。


 どこか、吹っ切れたような表情だった。


「これまで政府は、未知の構造物および内部生物について、物理学・生物学・工学など、既存の学術分野の専門家を中心に調査を進めてまいりました」


 一拍。


「本日より、これに加え、新たな分野の有識者を招聘いたします」


 記者たちが顔を上げる。


「小説家。漫画家。ゲームデザイナー。テーブルトークRPG関係者」


 会場が、明らかにざわついた。


「以上の方々に、有識者会議への参加を正式に依頼いたしました」


「......総理」


 一人の記者が、戸惑いながら手を挙げる。


「失礼ながら、それはエンターテインメントの分野かと思いますが」


「その通りです」


 九条は、はっきりと頷いた。


「現実に、この現象の前例はありません。ですが、この国には、未知の脅威を何十年も想像し、物語という形で積み上げてきた人々がいます」


 一言ずつ、区切るように。


「創作とは、人類が想像しうる危険を、繰り返しシミュレーションしてきた記録でもある。私はそう考えています」


 しん、と会場が静まった。


「学術的な知見と同じ重みで、彼らの知見を扱います。これは冗談でも、話題作りでもありません」


 九条は、まっすぐにカメラを見た。


「本気の要請です」


     ◆


「......え?」


 都内のマンション。


 ラノベ作家・九十九 蒼は、届いたメールを二度見した。


 差出人、内閣府。


 件名、『有識者会議 委員就任のご依頼について』。


「いたずら......だよな?」


 開く。


 本文を読む。


 もう一度読む。


「......マジ?」


 声が裏返った。


 十年、異世界ものを書いてきた。


 編集には何度も「もっと売れる路線で」と言われてきた。


 好きなものを、好きなように書き続けてきただけだ。


 それが、まさか。


「国から......呼ばれるの......?」


 画面の向こうで、テレビが同じニュースを流していた。


 総理の会見。


 その中で、はっきりと言われた言葉。


 ――創作とは、人類のシミュレーション記録。


「......泣きそう」


 誰に、というわけでもなく呟く。


 今まで書いてきたものは、無駄じゃなかった。


 そう言われた気がした。


     ◆


「うそやろ」


 大阪の仕事場。


 漫画家の東雲 環は、電話口で固まっていた。


「いや、担当さん、これマジですか」


『マジです。政府から直接、正式な依頼が来てます』


「僕、ダンジョン漫画描いてただけですよ?」


『その実績が評価されたそうです』


「......」


 十五年、モンスターと武器と冒険を描き続けてきた。


 資料集めのために、実在の武具を何百と調べた。


 剣の重さ。


 鎧の可動域。


 迷宮建築の構造すら、自分なりに考えて描いてきた。


 趣味の延長だと、家族には笑われた。


「......これ、今まで描いてきたやつ全部、参考資料として提出していいですかね」


『喜ばれると思いますよ』


 電話を切った後、東雲はしばらく天井を見上げていた。


「......よっしゃ」


 拳を握る。


 声が震えていた。


     ◆


「マジかよ......」


 TRPGサークルの主催であり、ゲームマスター歴二十年の黒沢 玲は、スマホの画面を見たまま立ち尽くしていた。


 週末、狭い部屋に集まる十人足らずの仲間たち。


 そこで積み上げてきた、無数の「もしこうなったら」。


 ダンジョンの罠設計。


 モンスターとの遭遇バランス。


 探索者たちの生存率をどう保つか。


 誰の役にも立たないと思っていた。


 趣味だから。


 それでよかったはずだった。


「......呼ぶのそこ?」


 思わず笑いが漏れる。


 嬉しさと、戸惑いと。


 あと少しだけ、誇らしさ。


「今度こそ、本気で考えないとな」


 誰に言うでもなく呟いて、黒沢は使い込んだルールブックを本棚から取り出した。


     ◆


「これ......ちゃんと読んでます?僕のゲーム」


 ゲームスタジオの一室。


 ダンジョン探索ゲームで知られる開発者・南 一颯は、送られてきた資料に目を通しながら苦笑していた。


 資源管理。


 パーティ編成。


 装備劣化と修理の概念。


 全部、自分たちが十年かけて設計してきたシステムだ。


「読んでますね。かなり細かく」


 同僚が資料を覗き込む。


「これ、うちのゲームの死亡率調整の話まで引用されてますよ」


「マジで?」


 笑うしかなかった。


 ゲームの中でしか使わないと思っていた知識が。


 現実の、誰かの命を守るために求められている。


 その事実の重さに、笑いながらも背筋が伸びる。


「......本気でやるか」


 南は、静かにパソコンへ向き直った。


     ◆


 その夜。


 全国の、いや世界中の"好きなことを続けてきた人々"のもとに。


 同じような驚きと、同じような興奮が広がっていた。


 誰も。


 自分の趣味が、こんな形で世界の役に立つ日が来るとは思っていなかった。


 そして、その一報は。


 彼らだけでなく。


 同じものを愛する、無数のファンたちのもとにも、間もなく届くことになる。

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