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オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
第一章:ダンジョンについての有識者会議
13/83

1−13:最初の接触

この話からClaude Codeを使用しています。

午前五時。


 まだ空は暗い。


 封鎖区域に設営された前線基地に、二十名の隊員が整列していた。


 迷彩服。


 防弾ベスト。


 小銃。


 腰には警棒。


 隊列の先頭に立つのは、陸上自衛隊の三十代の男、隊長・桐山。


 表情に緊張はあるが、揺らぎはない。


「総員、最終確認」


 短い号令。


 通信機器。


 酸素予備。


 照明。


 一つずつ、隊員たちが復唱していく。


 その様子を、九条恒一はモニター越しに見つめていた。


 官邸の危機管理センター。


 深夜から詰めている職員の顔にも、疲労と緊張が滲んでいる。


「総理」


「ん」


「間もなく突入します」


「......分かった」


 短く答える。


 本当は、もっと何か言いたい。


 気をつけて、とか。


 絶対に無事で帰れ、とか。


 だが総理大臣の言葉には重みがある。


 軽々しく口にはできない。


 だから代わりに、心の中でだけ呟く。


(頼む。何事もなく帰ってきてくれ)


 モニターの中、桐山が門の前に立つ。


 振り返り、部下たちを見る。


「これより、構造物内部への突入を開始する」


 一拍。


「繰り返す。これは訓練ではない」


 誰も声を出さない。


 ただ頷く。


 そして。


 人類で初めて。


 二十名の隊員が、あの門をくぐった。


     ◆


 内部の映像が、リアルタイムで官邸に届き始める。


 石造りの通路。


 ドローンが撮った映像と同じ。


 だが、生の映像は迫力が違った。


「気温、外気より三度低い」


「湿度、安定」


「異常な電磁波は......検出されません」


 隊員たちの声が次々と報告される。


 九条は画面を睨むように見つめる。


 通路を進む。


 広間に出る。


 石柱。


 あの映像で見た光景そのものだった。


「壁面の結晶を採取します」


 研究班の隊員がハンマーで軽く叩く。


 結晶の一部が、思ったよりあっさりと剥がれた。


「採取完了。持ち帰ります」


「よし」


 桐山の声。


 ここまでは、順調すぎるくらい順調だった。


 九条は少しだけ肩の力を抜きかける。


 その時だった。


「隊長」


 通信の向こうで、声のトーンが変わる。


「前方、動くもの確認」


「......」


 官邸の空気が凍る。


 モニターに映るのは、暗い通路の奥。


 小さな、青い影。


 四足。


 犬ほどの大きさ。


 あの日、ドローンが捉えたものと同じ生物だった。


「距離、二十メートル」


「威嚇の様子は」


「ありません。......こちらを見ているだけです」


 九条は身を乗り出す。


 画面の中の生物は、動かない。


 ただ、赤い瞳でこちらをじっと見ている。


 まるで観察するように。


 まるで、値踏みするように。


「隊長、どうしますか」


 部下の問いに、桐山は一瞬だけ黙った。


 そして。


「接触するな。刺激するな」


「ですが」


「今日の任務は調査だ。狩りじゃない」


 短く、しかし迷いのない声だった。


 九条は小さく息を吐く。


(いい判断だ)


 未知の生物。


 もしかしたら知性があるかもしれない。


 もしかしたら、ただの動物かもしれない。


 どちらであっても、今この場で刺激していい理由にはならない。


「ゆっくり後退する。目を離すな」


 隊員たちが、じりじりと後ずさっていく。


 青い生物は、しばらくその場に留まっていた。


 だが。


 やがて興味を失ったように、闇の奥へ姿を消した。


「......消えました」


「引き続き警戒しつつ、調査を継続する」


 桐山の声に、緊張が少しだけ緩む。


 九条もまた、詰めていた息をようやく吐き出した。


     ◆


 突入から二時間後。


 隊は無事に帰還した。


 持ち帰った結晶、記録映像、各種データ。


 どれも、これまでのドローン調査では得られなかった一級の情報だった。


「総理、初回調査、完了しました」


「怪我人は」


「ゼロです」


「そうか」


 九条は、深く息をついた。


 安堵。


 それだけではない。


 もう一つの感情が、胸の奥に湧いている。


(本当に、いるんだな。生き物が)


 空間の歪みは、ただの現象ではなかった。


 誰かが作った建造物であり。


 誰かが、あるいは何かが、そこに生きている。


 これはもう。


 未知の現象などという言葉では片付けられない。


 新しい、世界の始まりだった。


「総理、今後の方針についてですが」


 職員が資料を差し出す。


「継続調査と並行して、今後の制度設計についても検討を始めるべきかと」


「制度」


「はい。もし今後、民間人が関わることになった場合の――」


 九条は資料を受け取りながら、ふと窓の外を見た。


 夜明け前の東京。


 まだ星が見える。


(探索者、制度、か)


 誰にも言えない単語が、また頭の中を過ぎる。


 だが今度は、それを慌てて打ち消しはしなかった。


 もし本当に、この国がこれから未知と付き合っていくのなら。


 参考にできるものは、なんでも参考にすればいい。


 たとえそれが、これまで誰も口にできなかった"あの手の作品"であっても。


 九条はまだ知らない。


 自分がその考えに本格的にたどり着くまで、そう長くはかからないことを。


 そして、そのきっかけを作るのが、他でもない自分の孫であることも。


「......資料、後で目を通す」


「はい」


 短くそう答えて、九条は席を立った。


 朝が来る。


 昨日までとは、少しだけ違う世界の朝が。

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