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オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
第四章:師匠
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4-26:届かない声

広間の隅。


佐伯と並んで天音澪はその光景を見守っていた。


距離はある。


声もはっきりとは聞こえない。


だが水域探知で広げた感覚の中に二人の気配は確かに映っていた。


継刃と結刃が獣のような姿の酒呑童子を少しずつ圧倒していく。


あの防戦一方だった動きが嘘のように変わっていく。


「......強い」


思わず声が漏れた。


「ああ」


佐伯が静かに頷く。


「あれが、あの子の積み重ねじゃ」


二ヶ月前、水魔法の実戦投入に苦しんでいた自分と重なる。


あの時感じた焦りと悔しさ。


錬司も同じように、この二ヶ月、何かと戦い続けてきたのだろう。


決着はあっけないほど静かに訪れた。


継刃が酒呑童子の胸を深く貫く。


刀身に亀裂が走るのが遠目にも見えた。


そして獣だった姿が静かに崩れていく。


代わりに見慣れた夜桜の姿が、そこに戻っていた。


「......終わったんですね」


「いや」


佐伯が小さく首を振る。


「まだじゃ」


二人が何かを話している。


水域探知の感覚がその気配の揺らぎを微かに拾う。


言葉までは聞き取れない。


だが錬司の気配が何かを必死に伝えようとしているのが分かった。


そして。


伝わってきた感覚の中に確かに混じっていた。


好き。


初恋。


その言葉を感じ取った瞬間。


胸の奥に鋭い痛みが走った。


「......え」


思わず胸元を手で押さえる。


なぜ。


なぜこんなにも痛いのか。


考えるまでもなく答えはすぐに見つかった。


(......私、錬司さんのこと)


自分でも驚くほど素直にその事実が胸に落ちてきた。


あの日、鬼から庇ってくれたあの瞬間から。


いや、もしかしたら、それよりずっと前から。


自分は彼のことをただの仲間としてではなく。


「天音さん」


佐伯の声に我に返る。


「大丈夫か。顔色が悪いぞ」


「......大丈夫です」


なんとか答える。


だが内心は大丈夫ではなかった。


夜桜が崩れていく姿。


その最期に錬司が伝えた想い。


その想いは届かなかった。


それは分かる。


でも。


(もし届いていたら)


もし夜桜があのまま消えずにいたら。


錬司の心はもう他の誰にも向かなかったかもしれない。


その可能性を考えるだけでまた胸が締め付けられる。


やがて夜桜の姿は完全に消えた。


崩れ落ちた広間に静寂が戻る。


錬司が一人その場に座り込む姿が遠目にも分かった。


「......行こう」


佐伯が静かに歩き出す。


天音もその後に続きながら心の中で自分自身に問いかけていた。


(私は、これから、どうしたいんだろう)


夜桜という存在はもういない。


だが錬司の中に、その存在がどれだけ大きく刻まれているかは、今の光景を見れば痛いほど分かる。


悲しかった。


自分はまだ彼の隣に並び立てるほどの存在ではない。


実戦ではいまだ彼の足元にも及ばない。


心の距離だって今はっきりと思い知らされた。


夜桜という人が彼の中でどれほど特別だったか。


その事実を前に今の自分はあまりにも小さい。


それでも。


(今は、まだ)


天音は静かに拳を握った。


悲しみの奥にそれでも確かな熱が灯っていた。


夜桜のようにはなれない。


彼女の代わりにもなれない。


でも自分は自分のやり方で強くなれる。


魔法というまだ誰も極めていない道を、これからも切り開いていく。


いつか。


いつか必ず。


錬司の隣に胸を張って立てるように。


そしてその時。


彼の心が少しでも自分の方を向いてくれるように。


(焦らない。でも諦めない)


あの日水を初めて浮かせた時と同じ想いだった。


未知に対して恐れるより先に確かめたいという気持ち。


今度はその未知が恋というものに変わっただけだった。


崩れた広間を遠くから見つめながら。


天音は静かに決意を新たにしていた。


この痛みを忘れない。


この痛みをいつか前に進む力に変える。


錬司のもとへ駆け寄る前に。


天音は一度深く息を吸い込んだ。


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