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オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
第四章:師匠
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4-23:振るえない刃

振り下ろされる爪を紙一重で躱す。


地面が抉れる。


破片が頬を掠めた。


「――っ」


息をつく間もなく次の一撃が来る。


速い。


これまで戦ってきたどのモンスターとも桁が違う。


継刃で受け止めようとした瞬間。


腕全体に鈍い衝撃が走った。


押し負ける。


二ヶ月かけて鍛えた体幹が軋む音を立てて崩れる。


「くっ......!」


辛うじて後退する。


なんとか体勢を立て直す。


継刃と結刃を構え直す。


だが手が震えていた。


恐怖からではない。


迷いからだった。


(斬れない)


目の前で牙を剥く獣の姿に、あの優しい笑顔が重なる。


毒舌を吐きながらも酒を美味そうに飲む横顔。


悔しがる自分を見て満足そうに笑う目。


地上の話を聞くたび子供のように目を輝かせていた姿。


あの全部が今、目の前で咆哮を上げているこの化け物の中に確かにあるのだと思うと剣先が鈍る。


その一瞬の迷いを酒呑童子は見逃さなかった。


「――ぐあっ」


払われた爪が脇腹を掠める。


防具越しでも鋭い痛みが走った。


『刀オタクさん!』


『逃げて、お願い!』


コメント欄の悲鳴が視界の端に流れていく。


だが逃げるという選択肢は、なぜか頭に浮かばなかった。


逃げたら。


この場から離れたら。


夜桜がそのまま外へ向かい多くの人を傷つけることになる。


それだけは絶対に避けなければならない。


(でも斬れない)


矛盾した二つの想いが体の中でぶつかり合う。


守りたい。


でも斬りたくない。


その狭間で動きがどうしても鈍る。


酒呑童子の拳が再び迫る。


結刃で受け流すが衝撃を殺しきれず体が宙を舞った。


地面に叩きつけられる。


「がはっ......」


肺の空気が一気に押し出された。


視界が一瞬白く霞む。


立ち上がろうとするが体が思うように動かない。


あの二ヶ月、稽古の中で何度も投げ飛ばされてきた。


だが今のこれはまるで質が違う。


手加減など微塵もない純粋な殺意の塊だった。


『やばい、立てない......』


『誰か助けに......いや誰も入れないのか』


視聴者たちの絶望的な声。


だがこの広間に自分以外の誰も入ることはできない。


助けは来ない。


なんとか膝をつく。


継刃を杖のようにして体を支える。


「はぁ......はぁ......」


息が上がる。


このままではいずれ致命的な一撃を受けることになる。


頭では分かっていた。


斬るしかない。


彼女が言った通りそれが唯一の道だと。


でも。


(無理だ)


あの優しかった師匠を。


あの悔しさをくれた師匠を。


自分の手で終わらせるなんて。


考えるだけで体の芯が冷たくなる。


脳裏に、初めて出会った日のことが蘇る。


桜の花びらが舞う広間で、飄々とした様子でこちらの刀を覗き込んできた彼女。


あの日から今日まで、積み重ねてきた時間の全てが、まるで走馬灯のように流れていく。


酒を美味そうに飲む姿。


技を教える時の厳しい目。


そして時折見せた、どこか遠くを見つめるような、寂しげな横顔。


あの寂しさの理由が今、ようやく分かった。


平安の昔から、たった一人で、この暗い場所に囚われ続けてきた孤独。


誰にも語れず、誰にも頼れず、ただ静かに、桜の下で酒を酌み交わした記憶だけを支えに、生き続けてきた時間。


その果てに、また同じことが起きようとしている。


(俺が今、彼女を止めなかったら)


あの日、大原安綱という刀匠が背負った覚悟を、自分は、まだ、背負いきれずにいる。


酒呑童子が再び間合いを詰めてくる。


その動きに辛うじて反応する。


だが迎撃ではなくただの防御だった。


攻める余裕などどこにもない。


押されるだけ。


削られるだけ。


視界の端で、体力ゲージのように、自分の限界が近づいているのを感じる。


このままでは。


(俺は何のために、ここへ来た)


夜桜を助けたかったはずだった。


なのに今、目の前にいるのは、助けを求める師匠ではなく、ただ、命を刈り取ろうとする獣だった。


その落差に、心が、追いついていかない。


迫る爪を両刀で辛うじて受け止める。


衝撃に膝がまた崩れかけた。


歯を食いしばり、なんとか踏みとどまる。


だが、これ以上は長く保たない。


自分でも、それが分かっていた。


斬れば終わる。


斬らなければ、いずれ自分が斬られる。


あるいは、彼女がこのまま外へ向かい、もっと多くの誰かを傷つける。


答えは、頭では、とっくに出ている。


なのに、腕が動かない。


覚悟は、まだ、どこにも、なかった。


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