↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
第四章:師匠
116/134

4-11:言葉が力になるまで

「――水球」


小さく呟き、手のひらをかざす。


目の前の水桶で、水が、わずかに揺れた。


だが、形にはならない。


「......まだ、だめか」


天音澪は、小さく息を吐いた。


あの助言をもらってから、もう二週間が経つ。


毎日、時間を見つけては、同じことを繰り返していた。


まず、深く集中し、丁寧に水球を作る。


その完成形を、脳裏に、はっきりと焼きつける。


そして、その状態で、「水球」という言葉を、繰り返し唱える。


言葉と、術式の完成形。


その二つを、何度も何度も、結びつける作業。


最初の数日は、正直、手応えがまるでなかった。


言葉を唱えても、水は、いつも通り、深い集中がなければ動かない。


まるで、意味のない儀式を、繰り返しているだけのようだった。


だが。


「――水球」


もう一度、試す。


今度は、少しだけ、水面が反応した。


「......おっ」


完全な球体には、まだ、程遠い。


だが、明らかに、これまでより、反応が早い。


これまでは、意識を練り上げるまでに、数秒はかかっていた。


今は、言葉を口にした瞬間、体の奥で、何かが、すぐに応じようとする感覚がある。


(積み重なってきてる)


小さな手応えに、胸が高鳴った。


その日から、練習の密度を、さらに上げた。


水球だけでなく、水刃、水の膜。


それぞれに割り当てた言葉を、繰り返し、体に刻み込んでいく。


配信の合間にも、休憩時間にも、気づけば、小さく言葉を唱えている自分がいた。


『天音さん、独り言増えました?』


視聴者に指摘されて、思わず苦笑したこともある。


「実は、特訓中なんです」


そう答えると、コメント欄が、応援の言葉で埋め尽くされた。


その声援が、地道な繰り返しを、支えてくれた。


三週間が過ぎた頃には、明らかな変化があった。


「――水球」


言葉と同時に、水が、綺麗な球体を描いて、宙に浮かぶ。


所要時間は、瞬き二回分ほど。


これまでとは、比較にならない速さだった。


「......できた」


思わず、声が漏れる。


完璧な集中を必要としていたあの頃とは、明らかに違う感覚だった。


まるで、体の一部が、少しずつ、水と繋がっていくような。


そして、四週間目。


久しぶりに、三層へ、実地検証に向かった。


小型の個体が、通路の先に現れる。


これまでなら、迷わず剣で対処していた場面だった。


だが、今日は、違う。


「――水刃」


短く、口にする。


水筒の水が、瞬時に、鋭い刃の形へと変わった。


剣を抜くよりも、速い。


その刃が、正確に、個体の急所を捉える。


「......っ」


一撃で、仕留めた。


これまで、実戦では、ほとんど役に立たなかった、あの力。


それが今、確かに、戦いの中で、機能した。


「......やった」


思わず、拳を握りしめる。


小さな成功だった。


だが、その小ささが、これまで積み重ねてきた地道な努力の重みを、何よりも物語っていた。


あの日、四人の有識者委員から、助言をもらった。


それを、ただ聞くだけでなく、実際に、繰り返し、繰り返し、自分の体に刻み込んできた。


その先に、ようやく、この一歩があった。


(まだ、完璧じゃない)


瞬き二回分の時間は、まだ、決して速いとは言えない。


複雑な形を、瞬時に作ることも、まだできない。


でも、確かに、前に進んでいる。


地上への帰路、夕暮れの空を見上げながら、天音は、静かに、その手応えを噛み締めていた。


「......次は」


小さく、呟く。


もっと多くの形を、もっと速く。


いつか、意識すらせずに、水を操れる日が来るまで。


この積み重ねを、止めるつもりはなかった。


自分だけの道を、自分自身の手で、切り開いていく。


その確かな実感が、天音の胸に、静かに、しかし熱く、宿っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。