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オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
第四章:師匠
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4-9:指導者の壁

「――はい、そこで意識を、指先じゃなくて、水そのものに移してみてください」


訓練施設の一室。


天音澪は、モニター越しに、参加者の一人に声をかけた。


画面の向こうで、緊張した面持ちの中年男性が、コップの水に、そっと手をかざしている。


「......あ」


水面が、微かに震えた。


「今、少し動きました」


「え、本当ですか!?」


「はい。焦らず、その感覚を、忘れないでください」


モニターの向こうで、男性が、興奮した様子で何度も頷く。


この一ヶ月で、天音の指導を受けた人数は、既に百人を超えていた。


全員が発現に成功するわけではない。


だが、素質のあった者たちは、着実に、水と、あるいは他の属性と向き合えるようになってきている。


「今日の指導は、ここまでとします。お疲れ様でした」


配信を終え、機材を片付けながら、小さく息を吐く。


指導者としての仕事は、順調だった。


いや、順調すぎるくらいだった。


自分でも、水の扱いには、随分と慣れてきた自覚がある。


球体、刃、薄い膜。


思い描いた形に、水を変えることは、もう、造作もない。


だが。


「......今日も、駄目だった」


訓練施設を出て、久しぶりに、探索へ向かった帰り道。


小さく、独り言が漏れた。


三層での、ごく軽微な戦闘。


いつものように、水を操ろうとした。


だが、その瞬間、目の前の個体が、動きを止めなかった。


「集中しないと、思うように動かない」


それが、天音が抱える、最大の壁だった。


訓練施設での、静かな環境。


時間をかけて、意識を研ぎ澄ませられる状況。


そこでなら、水は、自在に操れる。


だが、実戦では、そんな余裕はない。


目の前で敵が動き、味方が声を上げ、状況が刻一刻と変わる中で。


水に、意識を集中させる時間など、どこにもない。


結局、今日も、いつも通り、剣で対処した。


水は、ほとんど、役に立たなかった。


「探索者として、これでいいのか......」


思わず、弱音が漏れる。


指導者としては、誰よりも先を行っている。


だが、実戦の現場では、いまだに、あの日――鬼と対峙した時と、大差ない状態だった。


あの日、無力に膝をついたまま、庇われるしかなかった自分。


あれから、確かに、力は得た。


でも、それを、まだ、戦いの中で活かせていない。


(このままじゃ、駄目だ)


誰かに教えることは、できる。


でも、自分自身が、この力を、本当の意味で「使いこなせて」いるとは、到底言えなかった。


スマホを取り出し、研究班からの連絡を確認する。


次回の訓練プログラムの日程。


新たな発現例の報告。


どれも、順調な進捗を示す文字ばかりだった。


だが、天音自身の実戦データだけが、ずっと、足踏みしたままだった。


「......考え方を、変えないと」


小さく、決意のような呟きが漏れる。


集中しなければ動かせない、というのなら。


その集中を、瞬時に行えるようにするしかない。


あるいは、そもそも、集中の仕方そのものを、見直す必要があるのかもしれない。


誰に教わるでもなく、自分自身で、その壁を、乗り越えなければならない。


(一番進んでる人間だからこそ、参考にできる前例が、どこにもない)


それは、孤独な道だった。


でも、不思議と、恐怖はなかった。


あの日、初めて水を浮かせた時と、同じ気持ちだった。


未知に対して、恐れるより先に、確かめたいという気持ちの方が、強い。


「......よし」


夜空を見上げながら、小さく拳を握る。


指導者としての日々は、これからも続く。


だが、それとは別に。


探索者・天音澪として、次の一歩を踏み出す時が、来ていた。


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