4-5:魔法、解禁
「総理、天音氏の承諾を得ました」
執務室に、報告が届く。
九条恒一は、静かに頷いた。
「これで、準備が整ったな」
「はい。あとは、正式な発表の段取りのみです」
この半年、慎重に進めてきた案件だった。
魔法という現象の存在。
それを、いつ、どのように、国民に公表するか。
急ぎすぎれば、混乱を招く。
だが、遅らせすぎれば、不信を招く。
その、絶妙な均衡点を、この国は、ずっと探ってきた。
「三カ国との調整は」
「アメリカ、イギリス、韓国、それぞれ同時期での発表に合意しています。各国とも、自国内で発現例が出始めており、これ以上の情報管理は、限界に近づいているとの判断です」
「他の国々は」
「カナダ、ドイツ、フランス、イタリア、ブラジルにも、事前に情報を共有済みです。それぞれ、自国の状況に応じた発表を、追って行う予定と聞いています」
九条は、資料に目を通した。
半年前、天音の魔法発現を知った時の、あの緊張感を思い出す。
あの時は、まだ、何も分からなかった。
だが今は、安全な訓練体制、経過観察の仕組み、そして、指導者となる人材まで、揃っている。
「発表内容の骨子を、確認したい」
「はい」
職員が、資料を広げる。
「まず、魔素という現象が、生物に特殊な能力の発現をもたらす可能性があることを、正式に公表します。次に、これまでの研究成果と、安全な訓練方法について」
「天音くんの紹介は」
「指導役として、正式にお披露目します。本人の意向も確認済みです。無理のない範囲で、配信を通じた解説も行っていただく予定です」
「訓練対象者の選定については」
「はい。ここは、慎重に線を引いています」
職員が、資料をめくる。
「まだ、発現条件そのものが、科学的に解明されていません。誰もが等しく魔法を扱えるようになる、というわけではない以上、希望者を無制限に受け入れることは、混乱と失望を招くだけです」
「では、対象は」
「二つに絞っています。一つは、これまでの経過観察で、魔素への高い感応性が既に確認されている探索者。もう一つは」
「もう一つは」
「今回、天音氏の解説配信が公開された後、視聴者の中から、実際に何らかの発現の兆候を見せた者。この二群に限定して、正式な訓練プログラムへの参加を案内する方針です」
「希望すれば誰でも、というわけにはいかない、ということだな」
「はい。天音氏本人からも、その点は強く求められています。『できない人に、できるはずだと期待だけを持たせるのは、一番残酷なことです』と」
九条は、静かに頷いた。
「賢明な線引きだ。安全とは、時に、丁寧に線を引くことでもある」
性急にならず、しかし、確実に。
これまでこの国が貫いてきた姿勢を、ここでも崩すつもりはなかった。
「探索者全体への影響については、どう見ている」
「有識者委員会からは、前向きな見解が出ています」
職員が続ける。
「魔法という新たな手段が加わることで、探索者全体の対応力が、大きく底上げされる可能性があります。特に、これまで身体能力面で不利だった探索者にも、新たな道が開ける、と」
「良いことだな」
「はい。ただし」
「懸念もあるのだろうな」
「はい。急激な戦力向上が、逆に、慢心や無謀な行動を招く恐れもあります。その点については、天音氏からも、繰り返し慎重な運用を求められています」
九条は、小さく笑った。
「あの子らしいな」
「はい」
「安全第一。その姿勢を、崩させるな。天音くんの言葉は、我々が最も重んじるべきものだ」
「かしこまりました」
資料を閉じ、九条は、窓の外を見た。
あの門が開いてから、一年以上。
この国は、幾つもの前例のない決断を、積み重ねてきた。
ダンジョンの開放。
探索者制度の確立。
継刃という刀の発見。
そして今、人類が、魔法という力を、正式に手にする瞬間を迎えようとしている。
「発表は、いつにする」
「一週間後を予定しています」
「よし」
九条は、はっきりと頷いた。
「準備を、怠るな。世界が、注目している」
「承知しました」
職員が退室した後、九条は一人、静かに、資料の最後のページを見つめていた。
天音澪の、簡単な経歴と写真。
あの日、鬼の前で震えていた少女は、今、人類の新しい可能性を導く、確かな指導者になろうとしている。
(半年前は、想像もできなかったな)
あの神崎という青年もそうだ。
この国の若者たちは、次々と、想像を超えていく。
「......頼もしいことだ」
小さく呟き、九条は、静かに立ち上がった。
窓の外、夕暮れの空が、静かに広がっていた。
新しい時代への、また一つの扉が、開かれようとしていた。




