4-6:人類、魔法を知る
8/4は一日忙しいので、明日の分も今日投稿しちゃいます。
記者会見場は、これまでにない緊張感に包まれていた。
九条恒一は、壇上に立つ前、控室で、一度だけ深呼吸をした。
「総理、お時間です」
「分かった」
この半年、慎重に積み上げてきた全てが、今日、この場で明かされる。
壇上に立つと、報道陣の数は、ダンジョンの一般開放を発表したあの日に匹敵していた。
「本日、政府として、重要な発表を行います」
九条の声が、会見場に響く。
「これまで、当局が確認してきた事実として、魔素と呼ばれる未知のエネルギーが、生物に対して、特殊な能力の発現をもたらす可能性があることを、正式に公表いたします」
一瞬の静寂の後、記者たちが、一斉にペンを走らせる音が響いた。
「これは、通称『魔法』と呼ばれる現象です」
その一言に、会場が、明確にどよめいた。
「既に、当局が把握している範囲で、複数の発現例が確認されており、安全性の検証と、訓練体制の構築を進めてまいりました」
「総理」
記者の一人が、すぐさま手を挙げる。
「発現例とは、具体的に」
「探索者の一人、天音澪氏が、水を操る能力を、安定して発現させています」
スクリーンに、映像が映し出される。
水球が、静かに宙に浮かぶ映像。
これまで、機密として扱われてきた記録だった。
会場が、大きくどよめく。
「この映像は」
「半年以上前に撮影されたものです。以来、慎重に、安全性の検証を続けてまいりました」
「なぜ、これまで公表しなかったのですか」
「発現の仕組みが未解明な段階での公表は、無用な混乱と、危険な模倣行為を招く恐れがあったためです」
九条は、はっきりと答えた。
「安全な訓練方法が確立され、指導体制が整った今、正式に公表することが、国民に対する誠実な対応だと判断しました」
「今後、一般国民も、魔法を扱えるようになるのでしょうか」
その質問に、九条は、慎重に言葉を選んだ。
「発現には、個人差があります。魔素への感応性が高いと確認された方、あるいは、本日以降、指導役の解説を通じて発現の兆候を示された方に限り、正式な訓練プログラムへの参加をご案内いたします」
「誰でも、というわけではない」
「はい。過度な期待を抱かせることは、かえって不誠実だと考えております」
会場に、記者たちの真剣な表情が並ぶ。
「指導役は、天音澪氏、ということですね」
「はい。本人の意向により、これより、天音氏本人から、直接ご説明いただきます」
九条が下がり、代わって、天音が壇上に上がる。
緊張した面持ちながら、その目には、確かな覚悟があった。
「天音澪です。よろしくお願いします」
深く、頭を下げる。
「私自身、この力に最初に触れた時は、恐怖の方が大きかったです。でも、丁寧に向き合えば、必ず、道は見えてきます」
その言葉には、実感のこもった重みがあった。
「これから、私の配信を通じて、この力について、できる限り分かりやすくお伝えしていきます。もし、ご自身にその兆候が見られた場合は、決して自己判断で無理をせず、必ず、正規の窓口にご相談ください」
真摯な言葉に、会場の空気が、少しずつ和らいでいく。
九条は、その様子を、静かに見守っていた。
(見事なものだな)
半年前、あの検証施設で、震えながら水を浮かせていた少女の面影は、もう、そこにはなかった。
会見は、二時間近くに及んだ。
終了後、控室に戻った九条は、深く息を吐いた。
「総理、お疲れさまでした」
「天音くんの受け答え、見事だったな」
「はい。国内外の反応も、概ね好意的です」
職員が、届いたばかりの速報をまとめて見せる。
「アメリカ、イギリス、韓国からも、同時刻に同様の発表があったとの報告です」
「予定通りだな」
九条は、小さく頷いた。
窓の外、夕暮れの空を見上げる。
半年前、一人の若い探索者が、水を浮かせた瞬間から始まったこと。
それが今、世界中で、同時に、人類の新しい一章として、刻まれようとしている。
「......さて」
九条は、静かに呟いた。
「この先、どれだけの者が、この力に触れることになるのか」
答えは、まだ、誰にも分からない。
だが、その未知の広がりに、九条は、確かな期待を抱いていた。
窓の外、東京の空は、いつもと変わらず、静かに暮れていった。




