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オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
第四章:師匠
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4-2:二十層の女

二十層への挑戦は、佐伯に告げた通り、一人で行った。


配信もつけていない。


誰かに見せるためでも、記録を残すためでもない。


ただ、自分自身と、この刀たちと、静かに向き合いたかった。


封鎖区域を抜け、一人、通路を進む。


層を経るごとに、空気が変わっていくのが分かる。


湿り気を帯びた重い空気から、次第に、乾いた、静かな冷たさへ。


二十層に足を踏み入れた瞬間、思わず、足が止まった。


「......なんだ、ここ。」


これまでの層とは、明らかに違う光景が広がっていた。


薄暗い洞窟のはずなのに、視界の端で、何か淡いピンク色のものが、ふわりと舞っている。


まるで、桜の花びらのような。


地面にも、うっすらと、同じ色の花びらが積もっていた。


植物など、育つはずのない場所で。


「......綺麗だな」


思わず、声が漏れた。


しばらく、その光景に見とれていた。


その時だった。


「――ほう」


涼やかな、女性の声。


咄嗟に、継刃の柄に手をかける。


振り返ると、洞窟の岩陰に、一人の女性が立っていた。


着物を、動きやすいように、あえて少し着崩している。


だが、その着こなしには、不思議なほどの美しさと、隙のなさがあった。


長身で、艶やかな黒髪を、緩く結い上げている。


年齢は、正確には読めない。


二十代のようにも、もっと上のようにも見えた。


「......誰、ですか」


警戒しながら、距離を保つ。


女性は、答えず、ただ、こちらをじっと見つめていた。


いや――正確には、自分の腰の刀を、見ている。


「その刀」


女性が、静かに口を開いた。


「面白い気配を纏っておるな」


「......分かるんですか」


「見れば、分かる」


女性は、目を細めて、刀身を見つめたまま続けた。


「斬った者の性質を、内側に抱え込んでおる。それも、一度や二度ではないな」


その言葉に、思わず息を呑んだ。


これまで、誰かにこの現象を伝える時は、いつも配信や、報告書の話から入っていた。


だが、目の前の女性は、そんなものを一切介さず、ただ、刀そのものを見ただけで、その性質を言い当てている。


「あなたも、探索者、なんですか」


「さて、な」


はぐらかすような答え。


だが、佇まいは、明らかに只者ではない。


「わらわは、夜桜と呼ばれておる」


「夜桜さん......この層に、いつも?」


「昔から、ずっとな」


女性――夜桜は、ゆったりと微笑んだ。


「お主、名は」


「あ、神崎です。神崎錬司」


「錬司、か」


夜桜は、その名を、確かめるように、静かに繰り返した。


「して、お主。刀を二本、腰に差しておるな」


「あ、はい」


継刃と結刃を、それぞれ見せる。


「一本は、既に育っておる。だが、もう一本は」


夜桜の視線が、結刃に移る。


「まだ、眠っておるな」


「......それも、分かるんですか」


「見れば分かる、と言うたであろう」


夜桜は、興味深そうに、こちらを見つめた。


「なぜ、眠ったままなのか、知りたいか」


「......はい」


思わず、身を乗り出していた。


「それは」


だが、夜桜は、そこで、言葉を切った。


「今日は、これくらいにしておこうか」


「え」


「初対面で、あまり多くを語るのも、無粋というものじゃ」


夜桜は、悪戯っぽく、目を細めた。


「その刀のこと、知りたければ、また、ここへ来るがよい」


「......また、会えますか」


「わらわは、いつも、ここにおる」


それだけ言い残し、彼女は、桜の花びらが舞う暗がりの奥へと、静かに姿を消した。


「......なんだったんだ、今の」


一人残された洞窟で、思わず呟く。


正体不明の、謎めいた女性。


聞きたいことは、山ほどあった。


だが、なぜか、無理に追いかける気にはなれなかった。


彼女の言葉には、どこか、急いてはいけない気配があった。


「......また、来るか」


腰の二振りに、そっと手を添える。


継刃と、結刃。


その謎に、少しだけ近づけたようで、それでいて、まだ何も分かっていない。


二十層に、静かに舞い続ける、桜の花びら。


その光景を、目に焼き付けながら、自分は、静かに、地上への帰路についた。

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