4-1:眠ったままの刀
結刃を打ってから、一ヶ月が経っていた。
「――で、結局、何も起きてないのか」
「起きてないです」
学食で友人に聞かれ、素直に頷く。
「炎猴の核まで仕込んだのに?」
「はい」
正直、拍子抜けしていた。
継刃の時のような、明確な現象。
あれが、また起きるものだと、心のどこかで期待していた。
だが、結刃は、これまで何度斬っても、ただの上質な刀のままだった。
「師匠は、なんて言ってた?」
「『焦るな、まだ若い刀じゃ』って」
「刀に対して若いとか言うの、いつ聞いても面白いな」
軽口を叩き合いながらも、内心では、もやもやしたものが、ずっと燻っていた。
あの日から、何度も、色んな敵を斬ってきた。
初めて遭遇する種類も、意識して選んできた。
だが、結刃には、あの時のような感触が、一度も訪れない。
継刃には、確かに何かが宿った。
同じように、素材を選び、同じように、丁寧に鍛えたつもりだった。
なのに、何が違うのか。
その夜、工房で、佐伯に率直な思いをぶつけてみた。
「師匠、俺、何か間違えたんでしょうか」
「間違えた、とは」
「結刃、全然育ってる気配がないんです。継刃の時は、もっと早くに、何か感じたのに」
佐伯は、しばらく黙って、腕を組んでいた。
「......一つ、思うことがある」
「なんですか」
「継刃が最初に力を見せたのは、いつだった」
「......天音さんと、一緒にいた時です」
「その次は」
「共同探索団で、初めての敵を、複数、続けて仕留めた時」
「そして、あの猿のリーダーとの死闘」
「はい」
言われて、ようやく気づく。
「どれも、極限の状況、だったんですね」
「わしも、断定はできんが」
佐伯が、慎重に言葉を選ぶ。
「もしかしたら、あの刀は、ただ斬るだけでは、目を覚まさんのかもしれん。使い手自身が、本気で何かを求めた瞬間にこそ、応えるものなのかもしれんな」
「......つまり、俺が、まだ本気で追い詰められてない、ってことですか」
「そう単純な話でもなかろう。じゃが、可能性の一つとして、頭に入れておいて損はない」
その言葉は、慰めというより、重い宿題のように、胸に残った。
もし、それが本当なら。
今の、安定した探索の日々の中では、結刃は、いつまでも眠ったままかもしれない。
でも、だからといって、わざわざ危険を求めるのは、本末転倒だ。
そんなことは、分かっている。
分かっているのに、もどかしさは、消えなかった。
「......焦っても、仕方ないですよね」
「その通りじゃ」
佐伯が、静かに頷く。
「刀は、急かせば急かすほど、逃げていくものじゃ。お主が、これまで積み重ねてきたことを、信じてやれ」
「はい」
頭では、分かっていた。
でも、心のどこかで、まだ何かが足りない気がしてならない。
自分は、刀鍛冶として、まだ何かを見落としているんじゃないか。
その日から、しばらく、鍛冶の手も、以前ほど乗らなくなった。
配信でも、いつもの早口が、少し鳴りを潜めた。
『刀オタクさん、最近元気なくない?』
『結刃の件、気にしてるのかな』
視聴者にも、その変化は、隠しきれていなかったらしい。
『......ちょっと、スランプかもしれないです』
正直に、そう答えた。
『無理しないで!』
『焦らなくていいと思う』
『継刃だって時間かかったんだし』
温かいコメントに、少しだけ、救われる。
それでも、頭の中では、ずっと同じ問いが、ぐるぐると回り続けていた。
結刃を、どう扱えばいいのか。
自分は、まだ、この刀の何を知らないのか。
答えは、まだ見えない。
だが、答えを探すために、今できることは、一つしかなかった。
もっと深く。
もっと、多くの敵と、多くの環境に触れる。
そうすれば、いつか、何かが見えてくるかもしれない。
「......よし」
週末、佐伯に、思い切って相談した。
「師匠、二十層まで、行ってみたいです」
「二十層か」
佐伯は、少し考えてから、腕を組んだ。
「一人で、か」
「はい。今回は、誰かと一緒じゃなくて、自分一人で、じっくり向き合ってみたいんです」
結刃のことも、継刃のことも。
誰かに気を配りながらでは、見えてこないものがある気がした。
佐伯は、しばらく黙って、こちらを見ていた。
「......分かった。じゃが、無理はするなよ」
「はい」
これまでの、最深記録を更新する挑戦。
答えが見つかるかどうかは、分からない。
でも、立ち止まっているよりは、ずっとましだった。
腰の二振りに、そっと手を添える。
「......お前は、何を待ってるんだ」
結刃に、そっと問いかけるように呟く。
答えは、返ってこなかった。
でも、いつか、きっと。
その日に向けて、また一歩を踏み出す。




