間章-28:閉じられた研究室
ロシアも入れていくよ。
モスクワ、クレムリン。
大統領・ヴィクトル・ソコロフは、国防省と科学アカデミーの合同報告を、寒々とした執務室で受けていた。
「歪みの管理状況は」
「全て、国防省及び科学アカデミーの直轄施設内で、封鎖・管理しています。民間人の立ち入りは、一切許可していません」
国防担当の高官が答える。
「国内で確認されている歪みは、現在十一箇所。うち、シベリア地方の三箇所については、極寒環境という特性上、特殊な観測体制を敷いています」
「それでいい」
ソコロフは、静かに頷いた。
「未知の資源、未知のエネルギー。これらは、国家の戦略的資産として、厳格に管理すべきものだ。歴史を振り返れば、この国は、常に、力を静かに蓄えることで、生き延びてきた」
「各国の動向についても、報告を」
「日本をはじめとする多くの国が、民間人への開放を進めています。中には、配信という形で、探索の様子を公開している国もあります」
「......理解しがたいな」
ソコロフは、小さく首を振った。
「国家の資産となり得るものを、娯楽として、無防備に公開するとは。戦略的な観点から見れば、あまりに脇が甘い」
「ただし、閣下」
科学アカデミーの代表が、慎重に発言する。
「その公開性ゆえに、彼らは、我々よりも遥かに速いペースで、データと知見を蓄積しています。特に、日本の探索者が発見した、武具の特性蓄積現象――継刃の一件は、看過できない事例です」
「詳しく」
「斬った相手の力を、武具そのものが吸収し、成長する。この現象を、我々の研究機関でも、独自に検証する価値があると考えます」
ソコロフは、資料に目を通した。
炎を纏う、東洋の青年の写真。
その姿を、しばらく、無言で見つめる。
「......面白い事例だ」
「はい」
「我が国の兵器開発局にも、この現象の分析を命じろ。ただし、あくまで内部での検証に留め、外部への情報流出は、厳重に管理しろ」
「かしこまりました。既に、シベリア地方の観測施設に、専門チームを派遣する準備を進めています」
「なぜ、シベリアだ」
「あの地域の歪みで確認されている個体の中に、特異な耐寒性を持つものが複数報告されています。もし、継刃のような現象が我が国でも再現できるなら、極寒環境に特化した装備の開発に、直結する可能性があります」
「良い着眼点だ」
ソコロフは、頷いた。
「魔素とやらの、人体への影響については」
「他国からの限定的な情報共有により、一部把握しています。知覚や身体能力に、特殊な変化をもたらす可能性がある、とのことです」
「軍事的応用の可能性は」
「検討に値します。ただし、まだ制御方法が確立されていないため、現時点では、研究段階に留めるべきかと」
「発現例は、我が国にはあるのか」
「非公式な報告が、一件あります。北方領土に近い観測施設に勤務する軍属の一人が、寒冷地における知覚の鋭敏化を訴えています。ただ、正式な確認には至っていません」
「注視しろ。もし発現するなら、その者を、慎重に、しかし確実に、国家の管理下に置け」
「承知しました」
ソコロフは、しばらく、資料を見つめたまま黙っていた。
「各国の中には、我々と近い方針を取っている国もあると聞いたが」
「はい。中国が、同様に、国家による一元管理の方針を取っています」
「あの国とは、この分野に関して、情報交換の余地があるか」
「非公式なルートでの接触は、既に始まっています。双方とも、慎重な姿勢ですが」
「進めておけ。無理に急ぐ必要はないが、閉じた者同士、学べることもあるだろう」
「かしこまりました」
「よし」
ソコロフは、資料を閉じた。
「引き続き、閉鎖的かつ、徹底した管理体制の下で、この未知の領域を研究しろ。この国の力は、こういう時にこそ、静かに、しかし確実に、蓄えるものだ」
「承知しました」
窓の外、モスクワの冷たい空気を見つめながら、ソコロフは、静かに、次の一手を思案していた。
各国が、それぞれのやり方で、この新しい時代に向き合っている。
開かれた道を選ぶ国。
閉じた道を選ぶ国。
この国は、この国なりの、閉じた扉の向こうで、静かに力を蓄えようとしていた。
(あの、炎を纏う青年か)
ソコロフは、資料の写真を、もう一度見つめた。
いつか、この国の閉じた扉の向こうからも、あれほどの現象が生まれる日が来るのか。
それとも、来ないのか。
答えは、まだ、誰にも分からなかった。
政治的な主義主張は入っていないです。
少なくともそういった意図はないので悪しからず




