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「鑑定しかできない無能」と追放された俺、実は壊れた才能を直せる唯一の神職でした〜捨てられ聖女と辺境村を修理していたら、勇者より先に国を救ってしまった〜  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第9話 地下工房は、鑑定士を待っていた

 旧倉庫の床は、思っていたより頑丈だった。


 村の中央にあるその建物は、外から見るとただの古い倉庫にしか見えない。壁板は日に焼け、屋根の端は少し歪んでいる。中には保存食、壊れた農具、予備の布、子供たちを避難させるために急いで運び込まれた毛布が積まれていた。


 だが、足を踏み入れた瞬間に分かった。


 ここだけ、空気が違う。


 井戸とも、水車とも、結界柱とも違う。

 もっと奥深くで、何かが眠っている。


「本当にこの下か?」


 トマが荷物を外へ運び出しながら聞いてくる。


「たぶん」


「たぶんって顔じゃないな」


「どういう顔ですか」


「何か見えてる顔だ」


 最近、村人たちに俺の表情を読まれることが増えた気がする。


 俺は床板に手を当てた。


《旧倉庫床面》

《偽装構造》

《地下入口封印:稼働停止》

《認証待機中》

《上位権限:修復鑑定士》


 やはり、ここだ。


「床下に入口があります。ただ、普通に板を剥がしても開かないと思います」


「壊すか?」


「できれば壊したくないです。仕組みまで壊れるかもしれない」


「じゃあ、どうする」


 俺は床に刻まれた細い溝を指でなぞる。埃と泥に隠れているが、円形の文様がある。魔法陣、というより職人の印に近い。井戸や結界柱にも似た古い意匠があった。


 セリアが横にしゃがみ込む。


「これ、祈りの文様に似ています」


「神殿の?」


「はい。でも、少し違います。神様に捧げるというより……物を起こすための祈りみたいな」


「物を起こす祈り」


 いい表現だと思った。


 この床下にあるものは、たぶん死んでいない。

 壊れて、眠っている。


「セリア、少しだけ魔力を流せますか」


「はい。弱く、ですね」


「そうです。起こすくらいで」


「水車の時みたいに」


「はい」


 セリアはもう、こちらが細かく言う前に力の加減を考え始めている。

 最初に出会った時のように、魔力に怯えて押し殺すだけではない。


 それが少し嬉しかった。


 彼女が両手を床へかざす。淡い光が文様へ染み込んでいく。


 俺はその流れを鑑定で追った。


 文様の一部が光り、すぐに消える。

 途切れている箇所がある。三箇所。いや、四箇所か。


《認証回路:破損》

《封印機構:摩耗》

《修復可能》


「ここを繋ぎます」


 俺は短剣の先で埃を払い、溝の欠けた部分に指を置いた。自分の魔力を薄く流す。鑑定ではなく、修復するために。


 かちり、と床下で音がした。


 トマが身構える。


「動いたぞ」


「まだです」


 もう一箇所。

 次に、セリアの光を少し誘導する。


 途切れた文様が繋がるたび、床全体が低く震える。


 最後の欠けを修復した瞬間、床に刻まれた円形文様が淡い青に光った。


《認証開始》

《職業照合》

《修復鑑定士:確認》

《聖女補佐:仮登録》

《地下工房入口:開放》


 低い音と共に、倉庫の床板が左右へずれた。


 村人たちがどよめく。


 床下には、石造りの階段が続いていた。

 下から、冷たい空気が上がってくる。


 古い鉄と乾いた石、それから微かな薬草の匂い。


「本当にあったのか……」


 村長が杖を握りしめる。


 その顔には驚きだけでなく、どこか悔しさもあった。

 自分たちの足元にこんなものがあったのに、何年も気づけなかった。そう思っているのかもしれない。


「村長」


「分かっておる。過去を悔やむより、今見るべきじゃな」


 村長は小さく息を吐いた。


「行くのは、レオン殿、セリア、トマ。儂は上で待つ。何かあればすぐ村人を動かす」


「ありがとうございます」


「気をつけろ。古いものは、宝にも罠にもなる」


 その言葉を胸に、俺たちは階段を下りた。


 地下は暗かったが、完全な闇ではなかった。


 壁に埋め込まれた小さな魔石が、俺たちの足音に反応するようにぼんやり光る。青白い光が一つ、また一つと灯っていく。


 階段を下りきると、広い空間に出た。


 そこは、工房だった。


 石造りの壁。

 中央に置かれた大きな作業台。

 左右には棚が並び、古い工具、魔道具の部品、割れた結界石、金属板、透明な瓶が整然と置かれている。


 埃は積もっている。

 けれど、荒らされた様子はない。


 長い間、ただ眠っていた場所。


「すげえ……」


 トマが素直に呟いた。


「王都の職人工房でも、ここまで揃ってる場所はそうないぞ」


「使い方は分かりますか」


「道具の半分は分かる。もう半分は、触るのが怖いな」


「触らないでください」


「分かってる」


 セリアは作業台の前で立ち止まっていた。


「ここ、嫌な感じがしません」


「祠とは違いますか」


「はい。静かです。眠っていた場所みたいな……」


 俺も同じことを感じていた。


 壊れているが、腐ってはいない。

 待っていたわけではないにしても、まだ役目を失っていない。


 作業台に近づくと、表面に文字が浮かび上がった。


《リベル修復工房》

《稼働状態:休眠》

《管理者不在期間:百八十七年》

《中枢機能:破損》

《外部結界:不安定》

《上位権限者確認:修復鑑定士》


 百八十七年。


 村長の祖父どころか、その前の世代から眠っていたことになる。


「この村は、何だったんだ……?」


 俺の呟きに、誰も答えられない。


 作業台の奥に、石板が立てかけてあった。

 古い文字が刻まれている。


 俺が触れると、鑑定結果が文字を補った。


《リベル工房記録》

《本工房は、辺境防衛区画における修復拠点として設置》

《担当職:修復師、結界技師、聖女補佐》

《最終責任職:修復鑑定士》

《役割:戦闘職の破損補助、結界維持、魔力回路の調整、才能回路の修復》


 才能回路の修復。


 その言葉に、セリアが息を呑んだ。


「才能も、直せるんですか」


「少なくとも、この工房ではそう考えられていたようです」


「じゃあ、私の力も……」


「はい」


 俺は頷いた。


「壊れて終わりじゃない。直すための技術が、昔はあった」


 セリアは胸元に手を当てる。


 彼女の中には、まだ封印痕が二つ残っている。

 それは神殿が施したものかもしれない。けれど、この工房には、それを解く手がかりがあるかもしれない。


 トマが棚の一つを覗き込んだ。


「おい、これ見ろ」


 棚には、古い結界石がいくつか収められていた。完全なものではない。だが、今の村で使われている破損石よりずっと状態がいい。


《予備結界石》

《状態:劣化軽度》

《使用可能:調整後》


「これがあれば、外周柱の修理が進みます」


「本当か!」


「はい。特に東柱は仮固定なので、これを使えば安定します」


 トマの顔が明るくなった。


「村がまた一歩ましになるな」


「明日は今日より、ですね」


 俺が言うと、セリアが少し照れたように笑った。


 工房の奥には、さらに小さな部屋があった。


 扉は閉じている。表面には鍵穴がなく、代わりに円形の紋章が刻まれていた。


《中枢室》

《状態:封印》

《開放条件:工房主認証/結界安定率五十%以上》

《現在結界安定率:二十八%》


「ここはまだ開きません」


「中枢室ってことは、一番大事な場所か」


 トマが扉を見上げる。


「おそらく。村全体の結界や井戸、水車を管理する中心でしょう」


「なら、まず外側を直せってことか」


「そういうことだと思います」


 壊れたものを直す順番。


 それを間違えるなと、工房そのものが言っている気がした。


 俺は作業台へ戻り、棚の記録板をいくつか確認した。


 そこには、職業に関する古い説明が残っていた。


《修復鑑定士》

《対象の価値ではなく、破損原因と修復経路を見抜く職》

《戦闘力を持たぬこと多し》

《ただし、戦闘職・聖職・結界職・魔道具職の破損回復において代替不能》

《注意:権力者による囲い込み、軍事利用を避けること》


 最後の一文で、俺は指を止めた。


 権力者による囲い込み。


 まるで、今の俺への警告のようだった。


 勇者パーティーでの扱いを思い出す。


 あの時は、ただ便利な裏方だった。

 けれど、この力の価値が知られれば、便利どころでは済まない。


 王国、神殿、軍、貴族。

 誰もが欲しがる可能性がある。


「レオンさん?」


 セリアが心配そうに声をかける。


「大丈夫ですか」


「はい。ただ、この力は隠した方がいいかもしれません」


「どうしてですか」


「この記録に、囲い込みや軍事利用を避けろとあります。昔から、そういう危険があったんでしょう」


 トマが真顔になる。


「つまり、王都に知られると面倒ってことか」


「たぶん」


「もう商人が噂を持っていったぞ」


「はい」


 三人で沈黙する。


 遅かったかもしれない。


 けれど、完全に広がる前に、村の防衛を整える必要がある。


 セリアが静かに言った。


「でも、隠してばかりでは、助けられない人もいます」


「……そうですね」


「私は、レオンさんの力に救われました。この工房があるなら、私みたいに壊された人を、他にも助けられるかもしれません」


 その言葉に、胸が重くなる。


 救える人がいる。

 でも、力を見せれば狙われる。


 答えは簡単ではない。


「まず、この村を守れる状態にしましょう」


 俺は言った。


「その上で、誰を助けるか、どう助けるかを考えます」


 セリアは頷いた。


「はい」


 トマも斧の柄を肩に乗せて笑った。


「なら、村の連中にも働いてもらわねえとな。先生ひとりに背負わせたら、またセリアに怒られるぞ」


「トマさんにも怒られそうです」


「俺は怒る前に酒を飲ませる」


「休ませる気ありますか?」


「気絶すりゃ休みだ」


「それは違います」


 セリアが真面目に突っ込んだので、トマが腹を抱えて笑った。


 工房を出る時、俺は作業台に残された古い工具を一つ手に取った。


 細い銀色の針のような道具。

 魔力回路や結界線の微細な調整に使うものらしい。


《修復針》

《状態:使用可能》

《適性:修復鑑定士》


 手に馴染んだ。


 初めて持つはずなのに、昔から自分の道具だったような感覚がある。


 少し怖かった。


 それでも、手放す気にはなれなかった。


 地上へ戻ると、村人たちが倉庫の周りに集まっていた。


 村長がこちらへ歩み寄る。


「どうだった」


「地下に工房がありました。古い修復施設です。井戸、水車、結界の管理に関わっているようです」


 村人たちがざわめく。


「この村の下に、そんなものが……」


「宝があるのか?」


「危ないものじゃないのか?」


 不安と期待が入り混じる。


 俺はなるべく落ち着いた声で言った。


「宝というより、修理道具と結界設備です。すぐに全部使えるわけではありません。でも、村を直す助けになります」


 村長が頷いた。


「では、明日からどうする」


「まず外周結界の安定です。地下工房に予備の結界石がありました。それを使えば、東柱と南側の補強ができます」


「人手は」


「必要です」


 トマがすぐに言う。


「俺が集める。石運び、木柵補強、水路組。分けた方がいいな」


「治療所も、作業中の怪我人に備えます」


 セリアが言った。


 村の女性たちが頷く。


「布と水は用意してあるよ」


「薬草も商人から買った分がある」


「セリア、後で使い方を教えておくれ」


 セリアは少し驚いた顔をして、それから嬉しそうに頷いた。


「はい」


 村が動いている。


 俺が指示するだけではない。

 それぞれが、自分にできることを見つけ始めている。


 その光景を見て、胸の奥が熱くなった。


 この村は、まだ小さい。

 貧しい。

 壊れている場所も多い。


 でも、もう終わりかけの村ではない。


 その頃、王都の馬車停留所では、ガレスが御者に話を聞いていた。


「若い鑑定士? ああ、乗せたよ」


 御者は馬に干し草をやりながら答えた。


「行き先は?」


「リベル村だ。南の辺境の」


 ガレスの眉が動く。


「リベル村……」


「何だ、知り合いか?」


「元仲間だ」


「元、ねえ」


 御者はちらりとガレスを見た。


「なら、会いに行く時は言葉を選べよ」


「どういう意味だ」


「あの兄ちゃん、ずいぶん疲れた顔をしてたからな。捨てられた犬みたいな顔だった」


 ガレスは黙った。


 御者は続ける。


「でも、悪い奴じゃなかった。馬車の中で子供の熱も見てくれたし、商人の荷も手伝ってた。辺境で少しは落ち着いてるといいが」


「……そうか」


 ガレスは礼を言って戻った。


 宿で待っていたカイルたちに、リベル村の名を伝える。


「リベル村だと?」


 マリウスが地図を広げる。


「王都から南東。辺境の小村だ。魔物被害が多い地域だな」


 エレナが不安そうに言う。


「そんなところに、ひとりで……」


「ひとりで行かせたのは俺たちだ」


 ガレスの声は重かった。


 カイルは腕を組んだまま黙っている。


 やがて、短く言った。


「明日出る」


「全員で?」


「当然だ。あいつを連れ戻す」


 エレナが静かに問い返す。


「連れ戻す、だけ?」


 カイルは彼女を睨む。


「何が言いたい」


「謝る気はあるのかって聞いてるの」


 部屋の空気が張り詰めた。


 マリウスが口を挟む。


「今は感情論をしている場合ではない。レオンの能力が必要だ。それで十分だろう」


「十分じゃないわ」


 エレナははっきりと言った。


「私たちは、あの人を傷つけたのよ」


 カイルの拳が震える。


「……俺は勇者だ」


「だから?」


「勇者が頭を下げる必要はない」


 エレナは目を閉じた。


「そう。なら、戻ってきてくれないかもしれないわね」


「戻る。戻らせる」


「それがもう間違っているのよ」


 誰も言葉を続けられなかった。


 翌朝、勇者パーティーはリベル村へ向かうことになる。


 そのことを、レオンはまだ知らない。


 リベル村では、夕方までに地下工房から運び出した予備結界石が、倉庫の前に並べられていた。


 石は古びているが、まだ光を宿している。


 村人たちは、それを見て口々に言った。


「これで結界が直るのか」


「魔物が減るならありがたい」


「畑の方も見てもらえるかもしれないな」


「水車も、もっとちゃんと回るようになるかも」


 期待の声が増えている。


 怖いくらいだった。


 期待は力になる。

 けれど、応えられなければ失望にもなる。


 俺が少し黙っていると、セリアが隣に来た。


「また難しい顔をしています」


「期待されるのは、慣れていなくて」


「私もです」


「セリアも?」


「はい。ありがとうと言われるたびに、次は失敗したらどうしようと思います」


 それは意外だった。


 彼女は少し笑う。


「でも、だからって逃げるのは、もっと嫌です」


「強くなりましたね」


「レオンさんのおかげです」


「俺は何も」


「壊れている場所を見つけてくれました」


 セリアは自分の胸に手を当てる。


「でも、直していくのは私自身なんだと思います」


 その言葉に、俺はゆっくり頷いた。


「そうですね」


 たぶん、それは俺にも言える。


 壊れた場所は見える。

 直し方も、少しずつ分かってきた。


 でも、最終的に直っていくのは、その人自身であり、その村自身なのだ。


 俺はきっかけを作るだけ。


 それでも、十分意味があるのだと思いたかった。


 夜、村長の家で明日の作業予定を決めた。


 外周結界の補強。

 東柱の本修理。

 南東柱と南西柱の調整。

 治療所の整備。

 地下工房の安全確認。


 やることは山積みだ。


 だが、村長は最後にこう言った。


「焦るな。壊れたものを急に動かすと壊れるのだろう?」


 水車の時の話を覚えていたらしい。


「はい」


「なら、村も同じだ。一つずつでいい」


 俺は頷いた。


「一つずつ、直しましょう」


 その夜、空き家に戻る前に、俺は倉庫の入口で足を止めた。


 地下への扉は閉じられている。

 だが、その下には修復工房が眠っている。


 作業台。

 修復針。

 中枢室。

 そして、《修復鑑定士》の名。


 俺は腰に下げた修復針に触れた。


 勇者パーティーを追放された時、俺には何も残っていないと思っていた。


 でも今は、少し違う。


 俺には、直せるものがある。


 守りたい人がいる。


 そして、知らなければならない自分の力がある。


 遠くで、水車が回っている。


 ぎし、ぎし、と。


 まだ不格好なその音が、今は妙に心強く聞こえた。

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