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「鑑定しかできない無能」と追放された俺、実は壊れた才能を直せる唯一の神職でした〜捨てられ聖女と辺境村を修理していたら、勇者より先に国を救ってしまった〜  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第7話 鑑定士のいない勇者パーティー

 結界を直した翌朝、リベル村は少しだけ騒がしかった。


 井戸の水を汲む音。

 水車がぎしぎしと回る音。

 畑へ水を引くために、男たちが水路の泥を掻き出す音。

 治療所代わりの空き家へ、布や桶を運び込む女たちの声。


 どれも、まだ頼りない。


 井戸は完全に安定したわけではないし、水車も応急修理だ。防衛結界にいたっては、最低限の魔物避けが戻っただけで、いつまた不具合を起こすか分からない。


 けれど、村人たちは動いていた。


 昨日まで「どうせ駄目だ」と言っていた人たちが、今日は「次はどこを直す」と話している。


 それだけで、村というものは少し変わるらしい。


「レオン殿、こっちの鍬も見てもらえんか」


「柄が割れてるだけです。金具は使えます。新しい柄を付ければ大丈夫です」


「おお、捨てなくていいのか」


「はい。ただ、このまま使うと折れます」


「昨日の俺の腰みたいだな」


「腰は俺じゃなくてセリアに診てもらってください」


「若い娘に腰を診てもらうのは気が引けるなあ」


「じゃあ無理せず座っていてください」


「それはそれで妻に怒られる」


 そんなやり取りをしながら、俺は作業台代わりの古い樽の上で農具を見ていた。


 村人たちが次々に物を持ち込んでくる。


 欠けた鎌。

 歪んだ鍋。

 動かなくなった手押し車。

 火のつきにくい古い魔道灯。

 水漏れする桶。

 刃こぼれした短剣。


 勇者パーティーにいた頃は、装備品の状態確認ばかりだった。だが、村の道具はもっと生活に近い。派手な魔力も、聖剣の輝きもない。けれど、鍬が一本戻れば畑を耕せる。鍋が直れば、家族の食事が作れる。


 それは戦場の勝利とは違う形で、人の命に関わっていた。


「レオンさん」


 治療所の方からセリアが顔を出した。


 昨日より少し顔色は戻っている。けれど、まだ疲れは残っているようだった。


「休んでいる約束では?」


「休んでいます。今は、休みながら様子を見に来ただけです」


「それは休んでいると言いますかね」


「レオンさんも、昨日は休むと言ったのに、朝からずっと農具を見ています」


「俺は座っています」


「座って働くのは休みじゃありません」


 痛いところを突かれた。


 近くで作業していたトマが、にやにや笑う。


「言われてるぞ、先生」


「先生はやめてください」


「昨日から皆そう呼んでる。諦めろ」


「俺は鑑定士です」


「ただの鑑定士は井戸を戻したり結界を直したりしないだろ」


 それを言われると返せない。


 セリアも少し笑っていた。


「でも、先生という呼び方は分かる気がします」


「セリアまで」


「だって、レオンさんがいると、皆が次に何をすればいいか分かるんです」


 その言葉は、思ったより胸に残った。


 勇者パーティーでは、俺はいつも邪魔にならないように動いていた。

 前に出ず、怒らせず、戦いの流れを止めず、誰かが困る前に不具合を片づける。


 必要とされたいと思いながら、必要だと言われることはなかった。


 この村では、違う。


 俺が指さした場所に、人が動く。

 俺が「直せる」と言うと、誰かの顔が明るくなる。


 それが嬉しいと思う自分に、少し戸惑った。


「先生、これも頼む」


 トマが古い弓を持ってきた。


「だから先生は」


「いいから見てくれ。昨日、魔狼相手に使おうと思ったら弦が切れかけてた」


 受け取って鑑定する。


《村弓》

《状態:弓幹乾燥/弦劣化》

《使用危険》

《修復可能》


「弦は交換。弓幹は油を染み込ませればまだ使えます。ただ、今の状態で引いたら折れます」


「やっぱりか。昨日引かなくてよかった」


「村に弓は何本ありますか」


「まともなのは二本。まともじゃないのが五本」


「全部見ます。防衛に使えるものは整えておいた方がいい」


 トマの表情が引き締まった。


「また魔物が来ると思うか」


「来ない方がおかしいと思います。結界の誘引反応は下がりましたが、完全には消えていない。向こうがこの村を覚えている可能性もあります」


「だよな」


 トマは短く頷いた。


「なら、弓を集めてくる。ついでに矢もだ」


「お願いします」


 セリアが少し不安そうに森の方を見た。


「まだ、危ないんですね」


「はい。でも、昨日よりはましです」


「昨日よりまし」


 彼女はその言葉を繰り返してから、小さく頷いた。


「それなら、明日は今日よりましにできますね」


 俺は少し驚いてセリアを見た。


 彼女は自分で言ってから、恥ずかしそうに目を伏せた。


「すみません。偉そうなことを」


「いえ」


 俺は首を横に振った。


「いい言葉だと思います」


 その言葉に、セリアはほんの少しだけ頬を赤くした。


 昼前、村に商人が来た。


 昨日、俺と同じ馬車に乗っていた中年の商人だった。荷馬車に少量の塩、布、針、油、安い薬草などを積んでいる。


「おお、鑑定士さん。まだいたのか」


「はい。しばらくこの村に」


「そりゃいい。聞いたぞ。井戸を戻したんだって?」


 商人の声は大きい。近くにいた村人たちが一斉にこちらを見る。


「大げさに言わないでください。完全に戻したわけじゃありません」


「でも水は出てるじゃないか。昨日まで枯れかけてた井戸から水が出るようになったなら、商人から見りゃ十分奇跡だ」


「奇跡じゃなくて修復です」


「その方が余計にすごく聞こえるぞ」


 商人は笑った。


 それから、荷馬車の車輪を指さす。


「実は頼みがある。道中で車輪が嫌な音を立て始めてな。見てもらえないか」


「車輪ですか」


「ああ。もちろん金は払う」


「まず見ます」


 車輪に手を当てる。


《荷馬車車輪》

《状態:車軸摩耗/固定具緩み》

《走行継続危険》

《修復可能》


「このまま走ると、たぶん半日以内に外れます」


「本当か」


「固定具が緩んでいます。あと車軸が削れている。応急ならできますが、王都まで行くなら本格修理が必要です」


「いや、助かった。峠道で外れてたら荷も馬も駄目になるところだった」


 商人は顔色を変えた。


 村人から古い金具と油を借り、車輪を応急修理する。大した作業ではない。けれど、商人は作業が終わると深々と頭を下げた。


「噂は本当だったな」


「噂?」


「昨日のうちに、御者連中の間で話になってたんだ。リベル村に、壊れたものを見れば直し方が分かる若い鑑定士がいるって」


「昨日の今日で?」


「商人と御者の噂は足が速い。水より速いぞ」


 嫌なような、ありがたいような。


「できれば、あまり大げさに広めないでもらえると」


「無理だな」


「即答ですか」


「井戸が戻った村の話なんて、黙っていろって方が無理だ。しかも追放された聖女様が癒やしを使えるようになったって話もある」


 隣にいたセリアが、びくりとした。


 商人はしまったという顔をする。


「ああ、すまん。怖がらせるつもりはない。ただ、そういう話は人が聞きたがる」


 セリアは少し戸惑った後、静かに答えた。


「……私は、まだ聖女と呼ばれるような者ではありません」


「でも、昨日怪我人を治したんだろ?」


「レオンさんが助けてくれたからです」


「それでも、治したのはあんただ」


 商人はあっさり言った。


「商売柄、いろんな神官や治療師を見てきたが、救われた側からすりゃ、肩書きなんてどうでもいい。痛みが引いた。熱が下がった。立てるようになった。それが全部だ」


 セリアは何も言わなかった。


 けれど、その言葉を胸の中で受け止めているのが分かった。


 商人は俺に小さな袋を差し出した。


「修理代だ」


「多すぎます」


「命拾い代込みだ。それと、少し仕入れを増やしてまた来る。水が戻ったなら、この村も前より商売になるからな」


 村長がそれを聞いて目を丸くした。


「また来てくれるのか」


「当たり前だ。水がある村は休憩地になる。水車が回るなら粉も挽ける。魔物が減れば、なおさらだ」


 商人は荷馬車に乗りながら笑った。


「鑑定士さん、あんたが村にいるなら、次は壊れた魔道具も持ってくる。よろしくな」


「できる範囲で」


「その言い方をする奴ほど信用できる」


 商人は手を振って村を出ていった。


 その背中を見送りながら、村長がぽつりと言った。


「噂が広がるな」


「すみません」


「なぜ謝る。村に人が来るのは悪いことではない」


「でも、面倒も呼ぶかもしれません」


 村長は俺を見た。


 その目は、年寄りらしい静かなものだった。


「レオン殿。水がなければ村は終わっていた。魔物を呼ぶ結界に気づかねば、いずれ誰かが死んでいた。面倒が来る前に、すでに終わりかけていたのだ」


「……」


「ならば、今は前へ進む面倒を選ぶだけだ」


 その言葉は強かった。


 俺は何も言えず、ただ頷いた。


 一方、その頃。


 勇者パーティーは王都へ戻っていた。


 正確には、戻らざるを得なかった。


 前線攻略は成功したものの、消耗が大きすぎた。聖剣の亀裂、エレナの杖の不調、ガレスの鎧の破損、補給品の不足。次の任務へ進める状態ではない。


 王都の冒険者ギルドでは、受付の職員が報告書を見ながら眉をひそめていた。


「魔狼の巣の討伐に、予定の倍の消耗ですか」


 カイルの表情が険しくなる。


「魔狼が変異種だった」


「事前報告では通常種とありましたが」


「現場で変異していたんだ」


 職員はマリウスの方を見る。


「鑑定士の方は?」


 その一言で、空気が止まった。


 マリウスが眼鏡を押し上げる。


「今は同行していない」


「レオン・アスター様は、今回不参加ということでしょうか」


「追放した」


 カイルが苛立った声で言った。


 受付職員の手が止まる。


「追放、ですか」


「不要だったからだ」


 ギルドのカウンター周辺にいた冒険者たちが、ちらりとこちらを見る。


 勇者パーティーが鑑定士を追放した。

 それは、すぐに周囲の耳に届いた。


 職員は感情を抑えた声で言う。


「では、今後の魔物分類、罠の確認、素材判定、装備状態の事前記録はどなたが担当されますか」


「そんなもの、賢者の俺が見ればいい」


 マリウスが答える。


 しかし職員は表情を変えない。


「賢者様の知識が優れていることは承知しています。ただ、現場鑑定は専門性が異なります。特に魔物の変異判定と装備劣化記録は、継続観察が必要です」


 マリウスの口元が歪む。


「鑑定士ひとりに、ずいぶん高い評価をするのだな」


「評価ではなく、業務分類です」


 冷静な言い方だった。


 カイルがカウンターに手を置く。


「もういい。装備の修理を手配しろ。特に聖剣だ」


 受付職員は聖剣を見る。


 布で包まれてはいるが、根元の亀裂は隠しきれていない。


「聖剣の修理となると、神殿鍛冶師の確認が必要です」


「なら呼べ」


「予約は三週間先まで埋まっています」


「勇者の剣だぞ」


「ですので、緊急扱いで明後日になります」


「今すぐだ!」


 カイルの怒声に、ギルド内が静まり返った。


 エレナが小さく息を吐く。


「カイル、やめて。見苦しいわ」


「何だと?」


「怒鳴っても剣は直らない」


 カイルはエレナを睨む。


 エレナも目を逸らさなかった。


 以前なら、ここでレオンが間に入っていた。

 誰かが怒鳴る前に、代替案を出していた。


『聖剣の応急処置なら、神殿の正規修理までの間、補助魔石で負荷を逃がせます。完全ではありませんが、通常戦闘なら二回は持ちます』


 そんな声が、エレナの頭に浮かぶ。


 でも、もういない。


 いなくしたのは、自分たちだ。


 ガレスが低く言った。


「カイル。今日は宿へ戻ろう」


「俺に命令するな」


「命令じゃない。提案だ。この状態で次の任務は無理だ」


「無理だと?」


「無理だ。レオンなら、そう言っていた」


 またその名が出た。


 カイルの顔が赤くなる。


「あいつはもう関係ない!」


 その声は大きかった。


 大きすぎた。


 周囲の冒険者たちが、目を逸らすふりをしながら聞いている。


 マリウスが苦い顔で言った。


「場所を変えよう。ここでする話ではない」


 カイルは荒い足取りでギルドを出た。


 残されたエレナは、受付職員に小さく頭を下げる。


「騒がせてごめんなさい。修理の手配、お願いします」


「承知しました」


 職員は淡々と答えた。


 だが、その目はもう以前のような憧れではなかった。


 勇者パーティー。


 それは王国の希望の象徴だったはずだ。


 なのに今、その背中はどこか頼りなく見えた。


 王都の宿に戻ったあとも、空気は重かった。


 カイルは聖剣を机の上に置き、じっと見つめている。


 亀裂は消えない。

 当然だ。


 マリウスはレオンの残した記録帳の写しを読み返していた。ページをめくる手が、だんだん遅くなる。


「……何だ、これは」


 エレナが顔を上げる。


「どうしたの」


「この記録。魔狼の巣の位置、変異の可能性、炎耐性の兆候まで書いてある」


「いつの記録?」


「三日前だ」


 沈黙が落ちる。


 三日前。

 つまり、レオンは追放される前から気づいていた。


 エレナは目を伏せた。


「私たち、聞いてなかったわね」


「報告がなかった」


 マリウスは反射的に言った。


 しかし、すぐに自分で記録帳の端を見た。


 そこには、小さくこう書かれている。


《報告済:カイル、マリウス》

《回答:後で確認する》


 マリウスの指が止まる。


 エレナは乾いた笑いを漏らした。


「聞かなかったのね、私たちが」


「……忙しかったのだ」


「そうね。忙しかった。レオンを見下すのに」


 マリウスがエレナを睨む。


「君も同じだっただろう」


「ええ。同じよ」


 エレナは否定しなかった。


「だから気分が悪いの」


 ガレスは壁際に座ったまま、外した肩当てを見ている。内側には、レオンが以前付けた補強具があった。傷だらけだが、最後まで鎧を支えていた。


「俺は、あいつに礼を言ったことがあったか」


 ガレスがぽつりと言った。


 誰も答えない。


 礼を言うどころか、当たり前のように受け取っていた。


 カイルが机を叩いた。


「やめろ」


 全員が彼を見る。


「あいつがいなくても、俺たちは勇者パーティーだ。たかが鑑定士ひとり抜けたくらいで、何だ」


 声は強い。


 だが、そこには以前の確信がない。


「次の任務で結果を出す。そうすれば、くだらない不安も消える」


 エレナが言った。


「その聖剣で?」


「明後日、修理する」


「完全に直る保証は?」


「直る」


「根拠は?」


 カイルは答えなかった。


 エレナはそれ以上言わなかった。

 言えば決定的に壊れる気がしたからだ。


 ただ、誰もが薄々分かっていた。


 壊れているのは、聖剣だけではない。


 このパーティーそのものが、少しずつ軋み始めている。


 リベル村では、その日の夕方、商人から買った油で水車の軸を調整していた。


 商人が置いていった油は質が良く、水車の音が少しだけ滑らかになった。


「ぎしぎし、が、ぎし、くらいになりましたね」


 セリアが真面目な顔で言う。


「分かりにくいようで、意外と分かりやすい表現ですね」


「褒められていますか?」


「褒めています」


「なら、よかったです」


 セリアは少し笑う。


 その横で、トマが村の弓を並べていた。


「弓五本のうち、二本は駄目だな」


「一本は部品取りにできます。もう一本は、子供の練習用なら」


「子供に折れる弓を持たせるなよ」


「だから練習用に直します。引ききれないように弱くして」


「なるほどな」


 トマは感心したように頷いた。


「本当に何でも見るんだな」


「見るだけです」


「その見るだけが、俺たちにはできない」


 セリアがふと、こちらを見る。


 その表情は穏やかだったが、どこか考え込んでいるようでもあった。


「レオンさん」


「はい」


「勇者パーティーでも、こういうふうに皆の道具を見ていたんですか」


「まあ、そうですね」


「皆さん、助かっていたでしょうね」


 返事に困った。


 助かっていた。

 たぶん、それは間違いない。


 でも、そう言われたことはほとんどなかった。


「どうでしょう。気づいていなかったと思います」


「……そうですか」


「俺も、気づかれないようにやっていたところがありますし」


 セリアは不思議そうに首を傾げる。


「どうしてですか」


「目立つと怒られることもあったので」


 言ってから、少し笑った。


「いや、変ですね。役に立つためにいたのに、役に立っていることを隠していた」


 セリアはすぐには笑わなかった。


 ただ、静かに言った。


「それは、悲しいです」


 短い言葉だった。


 でも、胸の奥にまっすぐ刺さった。


「……そうですね」


 俺は手元の弓に視線を落とす。


「たぶん、悲しかったんだと思います」


 認めてしまうと、思ったより痛かった。


 追放された時、怒りよりも先に空っぽになったのは、きっとそういうことなのだろう。


 ずっと悲しかった。

 でも、悲しいと言う場所がなかった。


 セリアはそれ以上踏み込まなかった。


 ただ、少しだけ近くに立った。


 それだけで十分だった。


 日が落ちる頃、村長が俺のところへやって来た。


「レオン殿。今日はもう休め」


「あと少しだけ」


「そのあと少しが長い者の顔をしておる」


 最近、全員に同じようなことを言われている気がする。


「分かりました。これを終えたら休みます」


「今休め」


「……はい」


 村長は満足そうに頷く。


 そして、声を少し低くした。


「商人の話だがな」


「はい」


「噂が広がれば、人が来る。壊れたものを持ってくる者も、助けを求める者も、利用しようとする者も」


「分かっています」


「儂らは弱い村だ。だが、昨日よりは少し強くなった」


 村長は水車を見た。


「レオン殿。あんたがここにいる間、儂らもできることを増やす。全部をあんたに背負わせるつもりはない」


 その言葉に、俺は思わず村長を見た。


「どうして、そこまで」


「井戸を戻してくれたからでも、結界を直してくれたからでもある。だが、それだけではない」


 村長は少し笑った。


「あんたは、この村に『まだ終わっていない』と思わせてくれた。年寄りには、それだけで十分すぎるほどありがたい」


 俺は何も言えなかった。


 ただ、頭を下げた。


 夜。


 空き家に戻ると、机の上に小さな籠が置かれていた。中には黒パンと干し肉、それから水の入った小瓶。


 紙切れが添えてある。


『先生へ。ちゃんと食べて休んでください。村の子供たちより』


 先生、の文字が少し曲がっている。


 俺は苦笑して、籠を手に取った。


「先生じゃないんだけどな」


 そう呟いても、嫌な気はしなかった。


 水を一口飲む。


 リベルの井戸水は、昨日よりさらに澄んでいた。


 机に向かい、今日の記録をつける。


 弓、修復途中。

 農具、五点修理。

 商人の荷馬車、応急修理。

 セリア、魔力安定傾向。

 結界、誘引反応低下継続。

 ただし中枢未確認。


 最後に、勇者パーティーのことを思い出す。


 聖剣は大丈夫だろうか。

 エレナの杖は。

 ガレスの鎧は。

 マリウスは記録帳を読んだだろうか。


 心配する義理はない。


 そう思う。


 けれど、完全に切り捨てるほど、俺は器用ではなかった。


 その時、窓の外で水車の音がした。


 ぎし、ぎし、と。

 不器用に、でも止まらずに回っている。


 俺は息を吐き、羊皮紙に一文を足した。


 ――明日、北の祠を確認する。


 井戸を塞いでいた結界石。

 壊れた防衛結界。

 消えた中枢。


 リベル村がただの辺境村ではないのなら、その手がかりは北の森にある。


 そして、俺はまだ知らなかった。


 その北の祠で見つかるものが、リベル村の過去だけではなく、俺自身の《修復鑑定士》という職業の秘密にも繋がっていることを。

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