第49話 見せるもの、見せないもの
オルブライト行政官たちが去った翌朝、リベル村では臨時の寄合が開かれた。
場所は村長宅ではなく、広場だった。
井戸、水車、治療所、旧水路。
村の生活を支えるものが見える場所で話したい、と村長が言ったからだ。
「古代設備の外縁部確認を受けるかどうか」
村長は杖をつき、集まった村人たちを見回した。
「今日はそれを決める」
トマが腕を組んだ。
「正直、見せたくねえな」
すぐに村人の何人かが頷いた。
「王都の連中に見せたら、また管理するとか言い出すんじゃないか」
「地下のことまで知られたら怖い」
「でも、全部拒んだら怪しまれるんだろ?」
声がいくつも上がる。
そのどれも、間違っていない。
俺は一歩前に出た。
「全部見せる必要はありません。ただ、全部隠すと“危険なものを抱えている”と言われる可能性があります」
ダリオが続ける。
「王都の役人は、見えないものを怖がる。怖がった役人は、余計な紙を増やす」
「また紙か」
トマが嫌そうに言う。
「だから、見せる紙と見せる場所をこっちで決める」
ダリオは地面に棒で円を描いた。
「ここまで。ここから先は駄目。理由はこれ。危険時の手順はこれ。そう先に決める」
リーゼが頷いた。
「戦場でも同じだ。守る線を自分で決めなければ、相手に踏み込まれる」
セリアは治療所の方を見た。
「治療所は、見せないままでいいですか」
「いいです」
俺は即答した。
「治療所は古代設備ではなく医療区画です。検査が必要なら、患者情報を伏せた運用記録だけで十分です」
セリアはほっとしたように頷いた。
ニコルは記録板を抱え、発言を必死に書き取っている。
「ええと……見せる範囲、見せない範囲、理由、手順……」
「ゆっくりでいい」
村長が言う。
「今日決めるのは、村の境目じゃ」
その言葉で、広場が少し静かになった。
村の境目。
木柵のことではない。
どこまで踏み込ませるか。
何を守るか。
誰の意思を確認するか。
それを決める境目だ。
話し合いの結果、見せる範囲は三つに絞られた。
一つ目。外周結界柱の外側。
二つ目。地下工房へ続く外部補助線の一部。
三つ目。修復炉の存在を示す間接記録。
地下工房本体、中枢室、証拠保管棚、登録者情報は非公開。
セリアが確認する。
「私やリーゼさんの登録情報も?」
「非公開です」
俺が答える。
「本人の能力情報です。管理委員会の確認対象ではありません」
リーゼは静かに息を吐いた。
「それでいい」
トマが少し首を傾げる。
「修復炉の存在は、言うのか?」
「正確には“低出力の補助機能が稼働中”とだけ」
ダリオが説明した。
「炉という言葉を出すと、王都の技師が食いつく。だが、補助機能を完全に隠すと、結界や水路の改善理由が不自然になる」
「言い方で守るんだな」
「そうだ。言葉は蓋にも鍵にもなる」
村長が頷いた。
「では、外縁部確認は条件付きで受ける。第三者立ち会い。触れる前に村側鑑定。記録係同席。範囲外への立ち入り禁止」
ニコルが書きながら言う。
「範囲外立ち入り禁止……強いですね」
「必要じゃ」
村長は穏やかに言った。
「優しい村になるには、強い境目が要る」
その言葉に、セリアが小さく頷いた。
午後、外縁部確認用の案内路を整えた。
村人たちは木杭を打ち、縄を張る。
その縄の内側が、確認可能区域。
それより先は立ち入り禁止。
トマが木札を書いた。
『管理委員会確認区域
この先、村長許可なく立ち入り禁止
発言・作業は記録される』
ダリオが木札を見て笑った。
「いいな。だんだん王都の嫌がる村になってきた」
「それ、褒めてるんだよな?」
トマが聞く。
「最高に褒めてる」
リーゼが縄の位置を見て、少し修正する。
「ここは少し下げろ。相手が足を滑らせたと言い訳して踏み込める」
「そんなことするか?」
「王都の人間は、言い訳を作ってから足を滑らせる」
トマは嫌そうな顔をした。
「怖えな、王都」
「怖いぞ」
リーゼは真顔で答えた。
セリアは確認区域の近くに、治療用の簡易席を置こうとしていた。
「万が一、誰かが気分を悪くした時用です」
「治療所へ入れずに、ここで対応するんですね」
俺が言うと、セリアは頷いた。
「はい。治療所は守ります。でも、怪我人を放っておくわけではありません」
「いい判断です」
セリアは少し照れたように笑った。
「境目、ですね」
「はい」
夕方には、外縁部確認の受入条件書が完成した。
ニコルが読み上げる。
『リベル村は、古代設備外縁部の確認を条件付きで受け入れる。
確認範囲は、村側が指定した外周結界柱外側および外部補助線の一部に限定する。
地下設備内部、中枢管理部、証拠保管部、登録者情報、治療所内部は確認対象外とする。
確認にはリベル村代表、防衛局、冒険者ギルドの立ち会いを必須とする。
器具の使用および設備接触は、事前にリベル村側鑑定を経る。
発言、作業、接触箇所はすべて記録する。』
読み終えると、トマが腕を組んだ。
「強い」
「強いですが、拒否だけではありません」
俺は言った。
「見せる範囲はこちらが決める。これが大事です」
村長は満足そうに頷いた。
「よし。これを返答として送る」
その夜、俺は中枢室で今日の記録を書いた。
『村内寄合にて、古代設備外縁部確認を条件付き受け入れと決定。
見せるもの:外周結界柱外側、外部補助線一部、補助機能の間接記録。
見せないもの:地下工房内部、中枢室、証拠保管棚、登録者情報、治療所内部。
境目を決めることは、拒絶ではなく保護である。』
最後に、村長の言葉を残す。
『優しい村になるには、強い境目が要る。』
炉の火が静かに揺れている。
明日、また王都へ文書が向かう。
水路は少しずつ畑へ流れ、村は少しずつ外へ開いていく。
けれど、開くためには閉じる場所も必要だ。
リベル村は、それを覚え始めていた。




