第48話 予備協議の使者たち
管理委員会の予備協議に向けた使者が来たのは、薬草予定地に最初の腐葉土を入れた日の午後だった。
馬車は二台。
一台には王都行政庁の紋章。
もう一台には防衛局と冒険者ギルドの小さな印が並んでいた。
「今回は混成だな」
トマが村の入口で呟いた。
「ローゼン家の馬車は?」
リーゼが聞く。
「見えねえ。けど、いるかもしれねえ」
「そうだな」
俺は中枢室の反応を確認してから、入口へ向かった。
《外部接近反応》
《行政庁一/防衛局一/ギルド一》
《貴族家紋反応:なし》
《才能封鎖術式反応:なし》
少なくとも、術式反応はない。
それだけで少し楽になった。
馬車から降りてきたのは、痩せた中年の行政官だった。灰色の外套に、手入れの行き届いた革鞄。顔に笑みは少ないが、敵意も薄い。
「王都行政庁、辺境管理課のオルブライトです」
続いて、防衛局の若い役人。ラウル査察官本人ではなかったが、署名入りの委任状を持っていた。
ギルド側からは、ミリア監査員の部下だという女性が降りてくる。
村長が一礼する。
「リベル村へようこそ。村長のバルドです」
オルブライト行政官は、入口の木札を見た。
『発言は記録される。』
「なるほど。噂通り、記録を重んじる村のようですね」
「村を守るためです」
村長が答える。
「結構です。私も記録を残す側の人間ですから、嫌いではありません」
トマが小声で言う。
「嫌味か?」
「半分くらいは相性確認だと思います」
俺は答えた。
村長宅に通すと、ニコルがすでに来訪者記録を開いていた。
オルブライトはその様子を見て、少しだけ眉を上げる。
「若い記録係ですね」
「はい。ニコルです」
「字を見ても?」
ニコルが緊張して俺を見る。
俺は頷いた。
「見せても大丈夫です」
オルブライトは記録板を見て、しばらく黙った。
「……整っています。日付、来訪者、目的、発言、判断、保留事項が分かれている。良い記録です」
ニコルの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます」
トマが小声で「紙の盾職人、褒められたな」と言い、ニコルが耳まで赤くなった。
予備協議は、すぐに始まった。
オルブライトが切り出す。
「まず確認します。行政庁の目的は、リベル村を罰することではありません。古代設備が存在する以上、周辺安全を確認する必要がある。それが建前であり、実務上の理由です」
「建前と言うのですね」
リーゼが静かに言う。
オルブライトは動じなかった。
「建前を隠す行政官は信用されません。建前と実務は違います。問題は、その建前を誰が悪用するかです」
ダリオが隅で鼻を鳴らした。
「王都の役人にしては話が早い」
「あなたがダリオ・ガンツ氏ですね」
「元技師組合の厄介者だ」
「資料にそう書いてあります」
「本当に書いてあるのかよ」
「もう少し丁寧にですが」
少しだけ空気が緩んだ。
オルブライトは鞄から書類を出す。
「リベル村から提出された意見書、設備台帳、旧水路復旧記録は確認しました。率直に言えば、辺境村としては異例です」
「不足はありますか」
俺が尋ねる。
「あります」
即答だった。
部屋が少し緊張する。
「ただし、致命的ではありません。井戸と水車の管理記録は十分。旧水路は復旧中として妥当。外周結界については、詳細を秘匿する理由も理解できます。問題は、管理範囲の線引きです」
オルブライトは地図を広げた。
リベル村と周辺の簡易図。
井戸、水車、旧水路、放棄畑、木柵、そして古代設備推定区域。
「行政庁案では、ここまでが安全管理区域になります」
彼が示した範囲は広かった。
井戸、水車、治療所のすぐ近くまで含まれている。
セリアの表情が硬くなる。
「治療所は入っていますか」
「行政庁案では外縁に触れます」
「認めません」
セリアが即答した。
オルブライトは彼女を見る。
「理由を伺っても?」
「治療所は医療区画です。患者と治療補助者の安全が最優先です。外部管理区域に含まれると、検査や立ち入りの口実になります」
ミリアの部下が記録を取る。
防衛局の役人も頷いた。
オルブライトは静かに言った。
「明確な理由です。では、村側案は?」
俺はニコルに合図した。
ニコルが緊張しながら、村側の地図を出す。
「こちらです」
村側案では、古代設備の安全管理区域は地下工房の推定外縁と、外周結界柱の一部に限定してある。井戸、水車、治療所は別管理。旧水路は生活・農業設備として村管理だ。
オルブライトは地図を見比べた。
「かなり絞っていますね」
「生活設備まで含めれば、管理委員会が村の生活そのものに関与できてしまいます」
俺は言った。
「安全確認は必要です。しかし、それは村の生活権を奪う理由にはなりません」
リーゼが続ける。
「防衛訓練も同じです。村は魔物被害に備えているだけで、武装集団ではありません」
オルブライトはリーゼを見る。
「リーゼ・ヴァルト氏。あなたは防衛役として登録されている、と」
「本人意思で滞在し、防衛役をしている」
「記録も確認しました」
彼は淡々と言った。
「逃亡剣士という噂がありますが」
空気が一瞬冷える。
リーゼは剣に触れなかった。
「噂は噂だ。私はここにいる。本人意思でな」
ニコルの筆が走る。
オルブライトは頷いた。
「本日の発言として記録します」
その返しに、リーゼは少しだけ目を細めた。
「あなたは、噂を信じているのか」
「行政官は噂を信じません。噂が発生した事実は記録します」
ダリオが小さく笑った。
「やっぱり厄介な役人だ」
「褒め言葉として受け取ります」
協議は長く続いた。
こちらは設備台帳を示し、旧水路の復旧現場も案内した。
畑側へ届いた細い水を見て、オルブライトは初めて少し表情を変えた。
「これを村側で?」
「はい」
俺が答える。
「呪印片を確認し、浄化し、補強し、段階通水しました」
セリアが浄化記録を出す。
ダリオが水路補強の手順を説明する。
ニコルが台帳を開く。
オルブライトは、畑の端に立つ木札を見た。
『薬草予定地』
「……なるほど」
「何が、なるほどですか」
セリアが聞く。
「村が安全管理区域ではなく、生活圏を広げようとしていることが分かりました」
その言葉に、少しだけ空気が柔らかくなる。
夕方、オルブライトは村長宅で結論を述べた。
「本日の予備協議として、行政庁案は広すぎると判断します。村側案を基礎に、第三案を作ります」
トマが小さく拳を握った。
オルブライトは続ける。
「ただし、古代設備に関しては、完全非公開では委員会が納得しません。防衛局とギルド立ち会いのもと、外縁部のみ確認する形を提案します」
村長は頷いた。
「検討しましょう。その場での承諾はしません」
「結構です」
オルブライトは淡々と言った。
「その場で署名しない村だと聞いています」
トマがにやりと笑う。
「看板読める役人で助かったな」
オルブライトは少しだけ笑った。
「看板は読むためにあります」
使者たちが帰った後、村には大きな歓声はなかった。
だが、皆が少しだけ息を吐いた。
完全勝利ではない。
管理委員会はなくならない。
古代設備の確認も求められる。
けれど、村側案が基礎になる可能性が出た。
それは大きかった。
夜、俺は中枢室で記録を書く。
『管理委員会予備協議使者、来訪。
行政庁オルブライト。
行政庁案は広すぎると本人が認める。
村側案を基礎に第三案作成へ。
設備台帳、旧水路復旧記録、薬草予定地が村の管理能力証明として機能。
古代設備外縁部の確認要求あり。検討保留。』
最後に一文。
『紙の盾は、今日たしかに一度、王都の線を押し返した。』
炉の火が低く灯る。
外では、旧水路の水音が小さく響いていた。
村が自分で引いた線を、守る戦いはまだ続く。




