表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/173

第46話 水は畑へ、文書は王都へ

 旧水路に水を通す朝、村人たちは畑側に集まっていた。


 畑、と呼ぶにはまだ荒れている。

 雑草が伸び、土は硬く、ところどころ石が顔を出している。長く水が来なかった場所特有の、乾いた匂いがした。


 それでも村人たちは、そこを畑と呼んだ。


 呼び続けていれば、戻せる気がしたのだろう。


「今日は、ここまで水が来るんだな」


 トマが鍬を肩に担いで言った。


「予定では」


 俺が答えると、隣でダリオが鼻を鳴らした。


「予定ってのは裏切るためにある。だから確認する」


「嫌な言い方ですね」


「技師は予定を信じない。現場を信じる」


 リーゼが畑の外周を見回す。


「魔物の気配はない。だが、皆が水路に集中している。警戒は続ける」


「お願いします」


 セリアは浄化水の入った籠を持っていた。


「畑側にも呪印があると思いますか」


「可能性はあります」


 俺は水路の先を鑑定する。


《旧水路・畑側》

《状態:閉塞解除寸前》

《土質:乾燥》

《残存呪印反応:微弱》

《推奨:低水量通水》


「強い反応はありません。ただ、最初は少量で」


「水路は焦らない」


 リーゼが先に言った。


 トマが笑う。


「もう村の合言葉だな」


 ダリオが水量調整板の前に立つ。


「開けるぞ。いいか、最初は細く流す。畑に水が届いても騒いで走るな。土が崩れる」


「走るなよ!」


 トマが子供たちへ叫ぶ。


「分かってるー!」


 絶対に分かっていない返事だった。


 ダリオが板を少しだけ開けた。


 水が動く。


 上流から中央部へ。

 昨日補強した石組みを通り、細く、慎重に、畑側へ進んでいく。


 皆が黙った。


 水音だけが聞こえた。


 やがて、乾いた畑の端に、小さな水筋が現れた。


「来た」


 誰かが呟いた。


 水はまだ細い。

 畑を潤すには足りない。


 でも、確かに届いた。


 セリアが口元を押さえた。


「……水が、来ました」


 村長が静かに頷く。


「戻ったな」


 トマが拳を握る。


「畑、戻せるぞ」


 子供たちが歓声を上げかけ、リーゼに睨まれて口を閉じた。

 それから、小声で「やった」と言った。


 ダリオは水の流れを見ながら言う。


「喜ぶのはいい。だが、今日はここまでだ」


「ええー!」


 子供たちが一斉に不満を漏らす。


「水は来たじゃん!」


「来たから止める」


 ダリオは真顔だった。


「土が水を思い出す時間がいる。明日は少し増やす。明後日も少し。畑を起こすのはその後だ」


 村人の一人が頷いた。


「人間の病み上がりみたいなもんか」


「そうだ。寝込んでた奴にいきなり畑仕事させたら倒れるだろ」


 セリアが深く頷いた。


「とても分かりやすいです」


「治療補助者に褒められると自信がつくな」


「先生ではありません」


「先生とは言ってねえ」


 ダリオが笑った。


 その日の昼、村長宅では管理委員会への正式返答を作っていた。


 外では畑に水が届いた祝いで、村人たちが少し浮かれている。

 中では、紙と格闘していた。


 ニコルが疲れた顔で筆を持つ。


「題名はどうしますか」


 俺は考えてから答えた。


「辺境安全管理委員会暫定設置に対するリベル村意見書」


「長い」


 トマが呟く。


「王都向けなので」


 最近、この説明でだいたい通るようになってきた。


 内容は三つ。


 一つ目。

 リベル村は安全管理に協力する。


 二つ目。

 ただし、井戸・水車・治療所は村の生活設備および医療区画であり、外部管理対象にはしない。


 三つ目。

 古代設備調査には、リベル村代表、防衛局、冒険者ギルドの第三者立ち会いを必須とする。商会代表および貴族家推薦技師の単独調査は認めない。


 ダリオが横から言う。


「あと、設備台帳の写しを添付しろ。旧水路の通水記録もだ」


「今日の分も?」


「当然だ。村が自分で水路を管理できてる証拠だ」


 リーゼが頷く。


「水が畑へ届いたことは、ただの農作業ではない。村の管理能力の証明になる」


 セリアも言う。


「治療所の薬草畑予定も書いていいですか」


「はい。治療所の物資安定化計画として」


 ニコルが目を回しそうになっている。


「薬草畑予定……治療所物資安定化計画……」


 トマが肩を叩く。


「頑張れ、紙の盾職人」


「その呼び方、かっこいいのか悪いのか分かりません」


「俺も分からん」


 少し笑いが起きた。


 夕方、返答文は完成した。


 村長が読み上げる。


『リベル村は、周辺住民保護および危険設備の安全管理に協力する意思を有する。

ただし、リベル村内の井戸、水車、治療所は住民生活維持に不可欠な生活設備および医療区画であり、外部管理権の対象外とする。

古代設備に関する調査は、リベル村代表、防衛局、冒険者ギルドの第三者立ち会いを必須条件とする。

商会代表および貴族家推薦技師による単独調査、無断接触、設備操作は認めない。

リベル村は、設備台帳を作成し、井戸・水車・旧水路・外周結界について定期管理を開始している。

旧水路については、封鎖呪印片を確認・浄化し、段階的復旧を実施中。本日、畑側への低水量通水に成功した。』


 読み終えると、部屋は静かになった。


 トマがぽつりと言う。


「なんか、強いな」


「強い文です」


 俺は頷いた。


「拒否だけではなく、こちらが管理している証拠を出しています」


 ダリオも満足そうだった。


「悪くない。王都の机野郎どもが嫌がる文だ」


「それは褒めていますか」


 セリアが聞く。


「最高に褒めてる」


 リーゼは少し笑った。


「分かりにくい褒め方が多い村だ」


 その夜、旧水路のそばに新しい木札が立てられた。


『旧水路・畑側

低水量通水成功

段階復旧中

無断接触禁止』


 子供たちはそれを見て、声をそろえた。


「また禁止!」


 トマが答える。


「禁止があるから明日も水が見られるんだ」


 子供たちは不満そうだったが、少し考え、納得したように頷いた。


 夜更け、俺は中枢室で個人記録を書いた。


『旧水路、畑側への低水量通水に成功。

水は細いが、畑へ届いた。

管理委員会への正式返答文を作成。

設備台帳と旧水路復旧記録を添付予定。

リベル村は、管理される対象ではなく、自ら管理する村であることを示し始めた。』


 最後に、畑で見た水筋を思い出しながら書く。


『乾いた土に水が届いた時、村人たちは未来の話をした。

それが何よりの復旧かもしれない。』


 炉の火は低く、安定していた。


 外では、水車の音と、旧水路の細い水音が重なっている。


 リベル村は、少しずつ流れを取り戻していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ