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第41話 王都の制度は、笑顔より冷たい

 王都行政庁から届いた予備通知は、リベル村の朝を少しだけ重くした。


 魔物の足音はない。

 商人の馬車もない。

 ローゼン家の紋章も、神殿の聖印も見えない。


 それでも、机の上に置かれた一枚の文書だけで、村の空気は変わった。


「辺境安全管理委員会……名前だけ聞くと、村を守ってくれそうなんだけどな」


 トマが腕を組んで言った。


 村長宅の机には、王都行政庁の文書が広げられている。

 村長、俺、セリア、リーゼ、トマ、ニコルが集まっていた。


「守る、という名目はあるんでしょう」


 俺は文面を見ながら答えた。


「ただ、問題は誰が何を管理するかです」


 リーゼが低く言う。


「管理という言葉は便利だ。守るためにも使えるし、奪うためにも使える」


 その言葉に、セリアが小さく頷いた。


「神殿でも、保護という言葉がありました」


 部屋が静かになる。


 保護。

 管理。

 支援。

 確認。


 どれも綺麗な言葉だ。


 だが、本人の意思を無視すれば、ただの首輪になる。


 ニコルが筆を構えた。


「返答文、どう書きますか」


 村長は少し考え、ゆっくり言った。


「まず、村は安全管理を拒まぬ、と書く」


 トマが驚いた顔をする。


「拒まねえのか?」


「拒めば、危険を隠していると言われる」


 村長は続けた。


「だが、外部だけで管理されることは拒む。リベル村代表、防衛局、冒険者ギルドの立ち会いを条件とする。ローゼン家単独の関与は受け入れぬ」


「なるほど」


 俺は頷いた。


「“安全管理には協力するが、共同管理権の移譲ではない”と明記しましょう」


 ニコルが必死に書き取る。


「安全管理には協力するが、共同管理権の移譲ではない……」


「あと、治療所と地下設備への立ち入りは許可制のままです」


 セリアが少し緊張した声で言った。


「治療所は、勝手に入られたくありません」


「書きましょう」


 俺は言った。


「治療所は医療区画であり、患者と治療補助者の安全を優先する、と」


 リーゼも口を開く。


「防衛訓練についても書け。村は危険な武装集団ではなく、魔物被害に備えた自衛体制を整えているだけだ」


「はい」


 トマが唸る。


「言い方ひとつで、全然違うんだな」


「王都では、その違いが命取りになります」


 リーゼが答えた。


 その声には、王都を知る者の苦さがあった。


 昼過ぎまでかけて、返答文の下書きができた。


 ニコルは手を振っている。


「指が痛いです」


「よく書いた」


 村長が労う。


 トマが笑った。


「記録係にも休憩が必要だな」


「はい。ものすごく必要です」


 少し笑いが起きた。


 その時、外から子供の声がした。


「レオン先生ー! 水車のとこに変なおじさん来てる!」


 全員が顔を上げた。


「変なおじさん?」


 トマがすぐに立ち上がる。


「まさか、もう王都からか?」


 俺たちは外へ出た。


 水車小屋の前にいたのは、見知らぬ中年男だった。


 旅装は古い。

 王都の役人には見えない。

 背中に大きな工具箱を背負い、髭は伸び放題。だが、目だけは妙に鋭かった。


 男は水車を眺めながら、ぶつぶつ言っている。


「軸は悪くねえ。だが流路がまだ狭い。誰だ、こんな半端な戻し方したのは」


 トマが眉を吊り上げる。


「おい。勝手に水車に近づくなって木札に書いてあるだろ」


 男は振り返った。


「読んだ。だから触ってねえ。見てただけだ」


「見てるのも怪しい」


「怪しいのは認める」


 即答だった。


 俺は男を鑑定する。


《対象:ダリオ・ガンツ》

《職業:放浪魔道技師》

《状態:疲労/空腹》

《技能:水路設計/魔道炉補修/結界補助具加工》

《危険術式反応:なし》

《備考:王都技師組合除名歴あり》


 放浪魔道技師。


 王都技師組合除名歴。


 いきなり濃い人物が来た。


「あなたは?」


 俺が尋ねると、男は工具箱を下ろした。


「ダリオ・ガンツ。元王都技師組合の魔道技師だ。噂を聞いた。古代結界を動かした変な村があるってな」


 リーゼが警戒を強める。


「誰の差し金だ」


「俺自身の腹の差し金だ」


 男は真顔で言った。


「仕事が欲しい。飯も欲しい。あと、古代設備を見たい」


 トマが小声で言う。


「正直すぎて逆に怪しいな」


「同感です」


 俺は答えた。


 セリアが少し困ったように言う。


「怪我はありませんか?」


「ある。腹が減って胃が痛い」


「それは怪我では……」


「本人は痛い」


 村長が杖をついて前へ出た。


「ダリオ殿。リベル村では、来訪者は村長宅へ来てもらう。発言は記録される」


 ダリオは木札を見た。


「ああ、見た。いい木札だ。特に契約書にその場で署名しないってのがいい。王都の連中は紙で人を縛るからな」


 リーゼの目が少し変わった。


「王都技師組合を除名されたと言ったな」


「言ってねえ。顔に書いてあったか?」


「だいたいな」


 俺は咳払いした。


「鑑定で見えました」


「なるほど。あんたが噂の鑑定士か」


 ダリオはにやりと笑った。


「なら話が早い。俺を見ろ。危険な術式はあるか?」


「ありません」


「借金は?」


「そこまでは見ません」


「よかった。見えたら気まずい」


 トマが吹き出した。


 空気が少し緩む。


 けれど、村長は慎重だった。


「仕事が欲しいと言ったな。何ができる」


「水路、炉、魔道具、結界補助具。王都の机上技師よりは役に立つ」


「なぜ組合を除名された」


 ダリオは肩をすくめた。


「貴族の屋敷の結界炉が欠陥品だと正直に言った。相手が悪かった」


「どこの貴族だ」


「ローゼン侯爵家」


 その名が出た瞬間、全員の表情が変わった。


 ダリオは周囲を見回す。


「おっと。ここでも嫌われてるのか」


「かなり」


 リーゼが短く答えた。


 ダリオは少しだけ真顔になった。


「なら、なおさら雇え。俺はあの家が嫌いだ」


 村長はすぐには答えなかった。


「雇うかどうかは、記録と確認の後じゃ。まず飯を食え」


 トマが笑う。


「出た、村長の飯判定」


 ダリオは目を輝かせた。


「飯が出るのか?」


「働くかどうかは別として、空腹の者を放り出す村ではない」


 村長が言うと、ダリオは深く頭を下げた。


「ありがたい。なら、まず飯を食ってから疑われる」


「順番が変だな」


 リーゼが言った。


 こうして、リベル村にまた一人、厄介そうな来訪者が増えた。


 夜。


 俺は中枢室で記録を書いた。


『王都行政庁より辺境安全管理委員会設置の予備通知。

制度による介入の可能性あり。

返答文作成中。

同日、放浪魔道技師ダリオ・ガンツ来訪。王都技師組合除名歴あり。ローゼン侯爵家と因縁あり。危険術式反応なし。水路・炉・結界補助に技能あり。要観察。』


 最後に書く。


『捨てられた者が、また一人来た。』


 炉の火が低く揺れる。


 リベル村は、本当にそういう場所になり始めているらしい。

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