第36話 第三者立ち会いを求めて
王都へ向かった手紙の返事は、思ったより早く戻ってきた。
最初に届いたのは、神殿からだった。
封蝋を見た瞬間、セリアの顔が強張った。けれど、今度は逃げなかった。村長宅の机の前に座り、俺とリーゼ、村長、ニコルが同席する中で、自分の手で封を切った。
文面は丁寧だった。
丁寧すぎるほどに。
『セリア・ルミナス殿の意思を尊重し、神殿への即時帰還は求めない。ただし、治癒魔力の安定確認は必要であるため、神殿検査官をリベル村へ派遣する。検査にはリベル村村長の立ち会いを認める。防衛局または冒険者ギルドの第三者立ち会いについては、神殿内で協議中』
セリアは最後まで読み、静かに息を吐いた。
「即時帰還では、ないんですね」
「はい」
俺は頷いた。
「でも、第三者立ち会いはまだ認めていません」
リーゼが腕を組む。
「“協議中”は、引き延ばす時によく使う言葉だ」
「そうですね」
村長は文書を見つめた。
「こちらも返答じゃな。第三者立ち会いが確定するまで、検査日程は決めぬ、と」
セリアは少し迷ったあと、はっきり頷いた。
「はい。私は、神殿の人だけで検査されるのは嫌です」
「そのまま書きましょう」
ニコルが記録板に書き始める。
「本人意思により、第三者立ち会いを条件とする……」
セリアはその文字をじっと見ていた。
少し前の彼女なら、「嫌です」と言うことさえ難しかった。今は、その嫌だという感覚を、村の正式な記録にできる。
それだけで、彼女はもう神殿にいた頃とは違っていた。
次に届いたのは、冒険者ギルドのミリア監査員からだった。
『神殿検査官派遣の件、把握した。ギルド監査員として立ち会い可能。防衛局にも共有済み。検査具、契約書、魔力測定具については、使用前にリベル村側の鑑定確認を行うことを推奨する』
トマがそれを聞いて、ほっとしたように肩を落とした。
「ミリアって人、話が分かるな」
「実務の人ですから」
「実務の人は強いな」
「強いです」
村長も頷いた。
「では、神殿への返答に加えよう。ギルド監査員ミリア・ロイ殿の立ち会いを正式に求める、と」
セリアの顔に、少しだけ安心が戻った。
だが、安心だけでは終わらなかった。
三通目は、防衛局からだった。
ラウル査察官の署名がある。
『リベル村に関する悪意ある噂が王都内で確認されている。現時点で防衛局は、リベル村から提出された記録を正式資料として保管している。今後、リベル村への不当な介入があった場合、記録および証拠をもって判断する』
リーゼが目を細めた。
「不当な介入、か」
「防衛局も警戒してくれています」
俺が言うと、村長は静かに頷いた。
「ありがたいが、頼りきるなということでもある」
「はい」
噂はもう広がっている。
公式文書は盾になる。
けれど盾は、持って立つ者がいなければ意味がない。
リベル村は、自分たちで立たなければならない。
そして四通目。
それは、カイルからだった。
俺宛ての封書を見て、セリアが少し心配そうにこちらを見る。リーゼは黙って腕を組んでいる。トマは、妙にそわそわしていた。
「開けます」
俺は封を切った。
『レオンへ。
返事を読んだ。
お前が今、リベル村を優先したいという意思は分かった。戻れとは言わない。
ただ、王都の噂はさらに広がっている。俺たちも、直接見て判断したい。
エレナとガレスも同じ考えだ。
迷惑でなければ、リベル村を訪ねたい。
勇者としてではなく、客人として行く。
それが難しければ、断ってくれ。
カイル』
俺は手紙を読み終え、少し黙った。
戻れとは言わない。
客人として行く。
以前のカイルなら、まず書かなかった言葉だ。
「何て?」
トマが我慢できずに聞いた。
「勇者パーティーが、客人としてリベル村を訪ねたいと」
「勇者が客人……」
トマは顔をしかめた。
「似合わねえな」
リーゼが静かに言う。
「だが、戻れと言わなかったのは前進だ」
「はい」
セリアは少しだけ不安そうだった。
「レオンさんは、会いたいですか」
その問いに、すぐ答えられなかった。
会いたいのか。
会いたくないのか。
どちらも違う気がした。
会う必要がある。
それが一番近かった。
「会って話す必要はあると思います」
俺は答えた。
「でも、リベル村の安全が優先です。来るなら、村の規則に従ってもらいます」
村長が頷いた。
「当然じゃ。勇者であろうと、来訪者記録の対象じゃ」
トマが少し笑った。
「勇者も記録されるのか」
「されます」
ニコルが真面目に言った。
その妙な真剣さに、少しだけ空気が緩んだ。
だが、その日の午後には、さらに厄介な話が入ってきた。
王都帰りの商人が、村へ駆け込んできたのだ。
「噂が増えてる」
商人は井戸水を一杯飲むなり、そう言った。
「前より悪い?」
トマが聞く。
「ああ。リベル村は危険な連中を集めてる、って話になってる。捨てられ聖女、逃亡剣士、追放鑑定士。言い方が悪い」
セリアの顔が曇る。
リーゼは目を細めた。
「逃亡剣士、か」
「俺はそんな話信じちゃいないが、王都じゃ面白がって喋る奴がいる。あと、勇者パーティーがリベル村へ向かうかもしれないって話も出てる」
「それも噂に?」
「勇者が危険な村を調べに行く、って言い方をされてる」
俺は手紙を握る手に力が入るのを感じた。
カイルがどういう意思で来るかとは別に、周囲は勝手に意味をつける。
勇者が来る。
それだけで、村は危険視されるかもしれない。
村長は静かに言った。
「ならば、先に記録を作る」
「記録?」
商人が聞き返す。
「勇者パーティーが客人として来訪を希望していること。村は来訪を許可するが、調査や命令ではなく、話し合いとして扱うこと。これを文書にして、返事として送る」
俺は頷いた。
「はい。カイルにも、はっきり条件を書きます」
その場で返答文を作った。
『カイルへ。
来訪を受け入れる。
ただし、リベル村では来訪者として記録を行う。
村の設備、治療所、地下設備への立ち入りは許可制。
セリア、リーゼ、村人への質問は本人意思を尊重すること。
勇者としての命令ではなく、客人としての話し合いであることを確認したい。
それでよければ来てほしい。』
書き終えると、リーゼが言った。
「良い。相手の逃げ道も残している」
「逃げ道?」
セリアが聞く。
「もしカイルが本気で客人として来るなら、受け入れられる。もし命令するつもりなら、この条件で来にくくなる」
「なるほど」
トマが腕を組む。
「字って怖いな」
最近、そればかり言っている。
神殿への返答、勇者への返答、ギルドへの確認、すべてをまとめて商人に託した。
商人は封書を受け取り、重そうに笑った。
「最近、この村から出る荷物は紙ばっかりだな」
「紙が村を守るので」
ニコルが言うと、商人は笑った。
「いいこと言うじゃないか」
ニコルは照れて、記録板で顔を隠した。
その夜、地下工房では中枢室が静かに光っていた。
《外部圧力:上昇》
《神殿検査官:接近予定》
《勇者パーティー:来訪可能性》
《噂拡散:継続》
《推奨:応対手順整備》
「全部まとめて来ますね」
セリアが苦笑に近い顔をする。
「一つずつ来てほしいものです」
俺が言うと、リーゼが肩をすくめた。
「敵は待ってくれない」
「敵と決めるにはまだ早いです」
「神殿も勇者も、か?」
「少なくとも、全員同じではありません」
リーゼは少し考え、頷いた。
「そうだな。ローゼンと同じにしたら、見誤る」
俺は中枢室の表示を記録した。
その横で、セリアも自分の記録を書いている。
『神殿検査官が来るかもしれません。
私は怖いです。
でも、第三者立ち会いがあるなら、自分の状態を見てもらうことを考えます。
神殿に戻るためではなく、私が私の力を知るために。』
リーゼも書いた。
『王都では私を逃亡剣士と呼ぶ噂があるらしい。
腹が立つ。
だが、私は逃げてここにいるのではない。
自分の剣を取り戻すため、そしてこの村を守るためにいる。
噂に剣を振っても斬れない。なら記録に残す。』
俺も個人記録を書いた。
『神殿、勇者パーティー、王都の噂。
同時に動き始めた。
こちらは条件を明確に返答。
本人意思、第三者立ち会い、来訪者記録。
リベル村は拒むだけではなく、受け入れ方を選ぶ段階に入った。』
書き終えたところで、トマが地下工房の入口から顔を出した。
「先生、上に来てくれ。見張り台から灯りが見える」
「灯り?」
「街道だ。王都方面から、馬車の灯りが二つ」
全員が顔を上げた。
「早すぎる」
リーゼが言った。
「神殿か、勇者か、別の何かか」
セリアの顔が強張る。
俺は中枢室に手を当てる。
《外部接近反応:あり》
《距離:中》
《到達予測:翌朝》
《反応:聖印一/冒険者ギルド紋一》
「聖印と、ギルド紋」
俺は表示を読み上げた。
「神殿検査官と、ギルドの立ち会いかもしれません」
セリアは目を閉じて、深く息を吸った。
それから目を開けた。
「なら、準備します」
声は震えている。
でも、逃げてはいない。
リーゼが彼女の隣に立つ。
「一緒に怖がるんだったな」
「はい」
トマが弓を肩にかけ直した。
「俺は見張りだな」
ニコルが記録板を抱える。
「僕は記録です」
村長が杖を鳴らした。
「儂は村長じゃ」
それぞれが、自分の場所へ戻る。
明日、また新しい来訪者が来る。
リベル村は、そのたびに試される。
だが、もう最初の頃の村ではない。
井戸は澄み、水車は回り、結界は光る。
治療所にはセリアがいて、防衛役にはリーゼがいる。
トマが見張り、ニコルが記録し、村長が立つ。
そして俺は、壊れたものを見る。
直せるものを探す。
ただし、もう一人ではない。




