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「鑑定しかできない無能」と追放された俺、実は壊れた才能を直せる唯一の神職でした〜捨てられ聖女と辺境村を修理していたら、勇者より先に国を救ってしまった〜  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第17話 辺境村、報告書に怯える

 査察官たちが去った翌朝、リベル村はいつも通りに見えた。


 井戸の水は澄んでいる。

 水車は、ぎし、ぎし、と低い音を立てて回っている。

 外周結界は朝日に溶けるような薄い光をまとい、村の境を静かに守っていた。


 けれど、村人たちの声は少しだけ小さかった。


「王都に報告書が行くんだよな」


「また誰か来るのかね」


「先生、連れていかれたりしないよね」


 そんな声が、井戸端や水車小屋のあたりでぽつぽつ聞こえる。


 俺は旧倉庫の前で、羊皮紙を広げていた。


 月次報告書。


 ミリア監査員が置いていった書式には、日付、設備名、状態、異常、対応、担当者を書く欄がある。王都の書類らしく、きっちりしていて、少し息苦しい。


「先生、これでいいか?」


 トマが弓の記録板を持ってきた。


 文字は大きく、ところどころ曲がっている。だが、読みやすい。


『弓五本。使える三本。練習用一本。だめ一本。

弦、二本交換。

南の見張りで一回使用。異常なし。』


「十分です。むしろ分かりやすい」


「本当か?」


「はい。記録は格好よく書くより、後で読んで分かる方が大事です」


 トマは少しだけ照れた顔をした。


「なら、明日も書く」


「お願いします」


「でも、字の練習は面倒だな」


「村を守る武器だと思ってください」


「字が武器かよ」


「王都相手には、たぶん弓より効きます」


 トマは笑いかけて、途中で真顔になった。


「冗談に聞こえねえな」


「半分は本気です」


「残り半分は?」


「かなり本気です」


「全部じゃねえか」


 そんなやり取りをしていると、治療所の方からセリアが歩いてきた。


 手には小さな板を持っている。

 昨日から始めた、本人意思の記録だ。


「レオンさん、これ……見てもらえますか」


「もちろん」


 板を受け取る。


 そこには、丁寧な字でこう書かれていた。


『私は今日も、リベル村に残ることを自分で選びました。

朝、井戸水を使って二人の傷を洗いました。

魔力は暴走していません。

怖い気持ちはまだあります。でも、治療所にいると落ち着きます。

私はここで、自分の力を学び直したいです。』


 最後の一文で、筆圧が少し強くなっていた。


「いい記録です」


 俺が言うと、セリアはほっとした顔をした。


「変じゃありませんか?」


「変じゃありません。セリア自身の言葉です」


「王都の人が見ても、大丈夫でしょうか」


「むしろ、こういう記録が大事です」


 セリアは胸元に手を当てる。


「自分の意思を記録するって、不思議ですね。書くと、本当に自分で選んでいる気がします」


「それは、たぶん本当に選んでいるからです」


 セリアは少しだけ笑った。


「レオンさんも書きましたか?」


「個人記録ですか」


「はい」


「書きました」


「見せてください」


「え」


 思わず声が裏返りかけた。


 トマが横でにやりと笑う。


「いいじゃねえか、先生。セリアは見せたんだし」


「いや、俺のは設備記録ではなくてですね」


「私のも設備記録ではありません」


 セリアが真面目に言う。


 それはそうだ。


「……では、一文だけ」


 俺は自分の板を取り出し、昨日書いた最後の部分だけ見せた。


『俺は、今のところリベル村に残りたい。

ここで直すべきものがある。

そして、俺自身もまだ直りきっていない。』


 セリアは黙って読んだ。


 それから、柔らかく微笑んだ。


「いい記録です」


「同じ返しですね」


「本心です」


 トマは少し離れた場所で、わざとらしく空を見上げている。


「いやあ、朝からいいもん見たな」


「トマさん」


「俺は何も見てねえぞ」


 完全に見ている顔だった。


 村長の家では、ニコルが王都向けの報告書の写しを作っていた。


 ニコルは元々、村の中では字が得意な方だったらしい。だが王都式の書式にはかなり緊張している。


「レオンさん、この“異常の有無”って、どこまで書けばいいんですか?」


「小さな変化も書いてください。ただし、判断は分けましょう。事実と推測を混ぜない方がいいです」


「事実と推測……」


「たとえば、“水車の音が昨日より大きい”は事実。“壊れそう”は推測です」


「なるほど」


 ニコルは真剣に頷き、書き直す。


 村長はその様子を見て、満足そうに髭を撫でていた。


「記録係が板についてきたな、ニコル」


「やめてくださいよ、村長。手が震えます」


「震えても字は書ける」


「無茶言わないでください」


 村長は俺を見る。


「レオン殿。王都に出す報告は、これで足りるか」


「最初としては十分です。井戸、水車、結界、治療所、魔物記録。それぞれに担当者名を入れましょう」


「担当者名も必要か」


「はい。村全体で管理していることを示せます」


 村長は深く頷いた。


「なるほど。レオン殿だけに依存しておらん、と」


「そうです」


「だが実際には、まだあんたに頼る部分が大きい」


「だから、少しずつ分けます」


 俺は机の上の記録を見た。


 井戸は村長とニコル。

 水車はトマと水路組。

 治療所はセリアと村の女性たち。

 結界は俺とトマ、巡回担当。

 地下工房は、まだ俺だけ。


 いずれ、地下工房についても信頼できる人に少しずつ教える必要があるだろう。


 抱え込めば、また同じことになる。


 自分を安く扱いすぎるな。

 けれど、ひとりで背負いすぎてもいけない。


 ラウル査察官の言葉が、まだ胸に残っている。


「レオン殿」


 村長が静かに言った。


「あんた、また難しい顔をしておるぞ」


「最近、皆に言われます」


「皆が見ておる証拠だ」


 村長は少し笑った。


「悪いことではない」


 その頃、王都では、ラウル査察官の報告書が防衛局の会議室に置かれていた。


 長い机の周りに、数人の上級官僚が座っている。


 壁には王国の地図。

 その端に、小さくリベル村の位置が示されていた。


「辺境村リベルにて、古代防衛結界の一部再稼働を確認」


 局長補佐の男が、報告書を読み上げる。


「治療補助者セリア・ルミナス、低位浄化を安定行使。鑑定士レオン・アスター、復旧作業において中心的役割を果たす……」


 別の官僚が指を組む。


「レオン・アスター。たしか勇者パーティーから外された鑑定士だったな」


「追放されたと聞いている」


「勇者パーティーは、なぜこの男を手放した?」


 誰もすぐには答えなかった。


 資料上の肩書きは、ただの鑑定士。

 しかし報告書の内容は、その言葉で片づけるには奇妙すぎた。


「古代結界を扱える鑑定士か」


「本人は通常鑑定士を名乗っている」


「本人がそう名乗っているだけだろう」


 室内の空気が変わる。


 価値ある人材を見つけた時の、王都特有の匂い。


 ラウル査察官は会議室の端に立ち、黙っていた。


「ラウル。現地で見た印象は?」


 問われて、彼は答える。


「村の復旧は事実です。井戸、水車、外周結界。どれも不完全ながら機能しています。レオン・アスターは中心人物ですが、村人たちへの分担を進めている」


「有能か」


「有能です」


 ラウルは短く言った。


「ただし、王都へ召喚すればリベル村の復旧は滞ります。現時点では現地に置くべきです」


 官僚の一人が鼻を鳴らす。


「辺境村一つの復旧と、王国防衛全体を比べるのか」


「その辺境村は、魔物誘導の疑いがある地域です。古代結界も稼働しています。軽視すべきではありません」


「魔物誘導は、あくまで現地鑑定士の報告だろう」


「現物の呪印片が後日提出される予定です」


「ならば、それを待つか」


 会議は一旦保留となった。


 だが、レオン・アスターの名は、防衛局の記録に確実に残った。


 一方、神殿の記録室でも、別の問題が起きていた。


 セリア・ルミナスの名が記された古い帳簿。

 そこには、聖女候補試験、魔力暴走、隔離処置、神殿離脱の記録が並んでいる。


 だが、肝心の処置記録だけが抜けていた。


「おかしいですね」


 若い神官が呟く。


「封印処置を行ったなら、術者名と許可印があるはずです」


 隣にいた年配の神官が、顔をしかめる。


「記録漏れではないのか」


「いえ。番号が飛んでいます。意図的に抜かれたように見えます」


 棚の奥から、さらに古い控えが出てくる。


 そこには、薄く消された文字があった。


『セリア・ルミナス

魔力回路調整処置

担当――』


 担当者名の部分だけが、削られている。


 若い神官は息を呑んだ。


「誰が、こんなことを……」


 答えは、まだ出ない。


 けれど、神殿の中でも小さな亀裂が走り始めていた。


 王都の勇者パーティー宿舎では、エレナが杖の調整をしていた。


 レオンが応急修理したおかげで、魔力の通りは以前よりずっと安定している。だが、完全ではない。


 彼女は杖を見つめながら、リベル村での戦いを思い出していた。


『三発まで。大火力は避けてください』


 以前なら、そんな指示を受ければ腹を立てていた。


 今は違う。


 あの時、三発に絞ったから杖は壊れなかった。

 火力ではなく、使いどころ。

 力任せではなく、戦場全体を見ること。


 それを教えたのは、勇者ではなく、追放された鑑定士だった。


「エレナ」


 部屋にガレスが入ってきた。


「カイルは?」


「訓練場。代用魔剣に慣れると言っていた」


「聖剣が戻るまで無理しなければいいけど」


「無理するだろうな」


 ガレスは苦い顔で言った。


「カイルは、レオンに必要だと言った。だが、まだ謝れていない」


「ええ」


「俺たちも、まだ足りない」


 エレナは杖を置いた。


「リベル村に行って、初めて分かったわ。レオンは、私たちの後ろでずっと村みたいなものを支えていたのね」


「村みたいなもの?」


「装備、記録、体調、進路、魔物の情報。私たちは戦うだけだった。彼が後ろで全部整えてくれていた」


 ガレスは深く頷いた。


「失ってから気づくとはな」


「気づけただけ、まだましよ」


 エレナは窓の外を見る。


「問題は、カイルが本当に気づけるかどうか」


 訓練場では、カイルが代用魔剣を振っていた。


 重さが違う。

 魔力の通りが違う。

 聖剣なら切れたはずの距離で、刃が届かない。


「くそっ!」


 彼は木人を斬りつける。


 魔剣の刃が木に食い込み、少し欠けた。


 その瞬間、レオンの声が頭に蘇る。


『その魔剣、もう使わない方がいいです』


『強敵相手に無理をしないでください』


「分かっている……!」


 誰もいない訓練場で、カイルはそう吐き捨てた。


 分かっている。


 だが、分かっていることと、受け入れることは違う。


 勇者である自分が、剣を選び、戦い方を抑え、鑑定士の指示を思い返している。


 それが、どうしようもなく腹立たしかった。


 そして同時に、恐ろしかった。


 レオンがいないと、うまくいかない。


 その事実が、少しずつ自分の中に沈んでいく。


 リベル村では、午後から村人向けの記録講習が始まった。


 講習、と言うと大げさだが、実際は井戸端に集まって、俺とニコルが板に書き方を示すだけだ。


「日付、場所、見たこと、やったこと。この四つを書けば大丈夫です」


 俺が言うと、村の老人が手を上げた。


「字が下手でもよいか」


「読めれば大丈夫です」


「自分でも読めん時がある」


「それは少し練習しましょう」


 笑いが起こる。


 トマも真面目に板へ字を書いている。


『南木柵、ひび二つ。なおした。たぶん大丈夫。』


「トマさん、“たぶん”は推測なので、別にしましょう」


「細けえな、先生」


「王都に見せる記録です」


「ちっ。じゃあ、“ひび二つ。なおした。様子を見る”でどうだ」


「いいです」


「俺、字の才能あるかもしれん」


「あります」


「即答されると照れるな」


 セリアは治療所の前で、子供たちに清潔な布の畳み方を教えていた。


「傷を拭く布は、地面に置かないでください」


「なんで?」


「汚れがつくからです。汚れた布で拭くと、傷が悪くなることがあります」


「魔法で治せばいいじゃん」


「魔法を使わなくていい傷は、使わない方がいいんです」


 セリアの言葉に、俺は少し驚いた。


 以前の彼女なら、治癒魔法を使えることを証明したがったかもしれない。

 でも今は、使わない判断もできるようになっている。


 力を持つことと、力に振り回されることは違う。


 セリアはそれを学んでいる。


 夕方、地下工房の中枢室で、俺は村全体の状態を確認した。


《中央井戸:安定》

《東水車:低速稼働》

《外周結界第一層:安定率五十八%》

《治療所支援:低位稼働》

《第二層結界:待機》

《修復炉:停止》


 少しずつ良くなっている。


 だが、同時に新しい表示も出ていた。


《外部関心度:上昇》

《推奨:記録保全/証拠保管/管理者追加》


「外部関心度まで出るのか」


 思わず呟く。


 工房は、ただ設備を見るだけではない。

 村が置かれた状況全体を、修復対象として見ているのかもしれない。


 管理者追加。


 これも重要だ。


 俺一人が中枢室を扱う状態は危うい。

 セリアは聖女補佐として登録された。では、村長やトマにも何らかの権限を持たせられるのか。


 調べようとした時、入口から声がした。


「レオンさん、いますか」


 セリアだった。


「います」


「村長さんが呼んでいます。王都から、追加の知らせではないんですが……商人さんが来ました」


「商人?」


「はい。前に車輪を直した方です」


 地上へ上がると、あの中年商人が荷馬車と共に来ていた。


「鑑定士さん、いや、先生って呼ばれてるんだったか」


「やめてください」


「はは、村じゃもう定着してるぞ」


 商人は笑ったが、すぐに声を潜めた。


「王都で、あんたの村の話が出回り始めてる」


 村長とトマの顔が引き締まる。


「どんな話ですか」


「半分は良い話だ。枯れ井戸が戻った、結界が光った、捨てられ聖女が治療してる。辺境復興の美談だな」


「半分は?」


 商人は肩をすくめた。


「怪しい鑑定士が古代遺産を独占してる。神殿から逃げた聖女を匿ってる。勇者パーティーから追放された男が、辺境で妙な力を使っている。そんな話もある」


 やはり来た。


 噂は、水より速い。


 そして、綺麗な水だけが流れるわけではない。


「それと、もう一つ」


 商人の顔が少し険しくなる。


「王都の大商会が、この村に興味を持ってる。古代結界があるなら、金になると思ったんだろうな」


「商会の名前は?」


「グランベル商会。表向きはまともだが、貴族との繋がりが深い」


 村長が低く言った。


「支援を持ちかけてくるか」


「たぶんな」


 商人は俺を見た。


「契約書には気をつけろよ。王都の商人は、笑顔で井戸の水まで売り物にする」


 トマが嫌そうな顔をする。


「井戸の水は売らねえぞ」


「そう言える村は強い。でも、金に困ってる村は言えなくなる」


 商人の言葉は現実的だった。


 リベル村には金がない。

 魔石も足りない。

 修復炉を再点火するには素材が必要だ。


 そこへ支援を持ちかけられたら、完全には無視できない。


「情報、ありがとうございます」


 俺が言うと、商人は荷台から小さな袋を下ろした。


「礼はいらん。前に車輪を直してもらった借りだ。それと、安い魔石を少し持ってきた。質は中の下だが、魔道灯くらいには使える」


「買います」


「半値でいい」


「それは悪いです」


「投資だよ」


 商人は笑った。


「この村が持ち直せば、俺の商売場所が増える。損じゃない」


 村長は深く頭を下げた。


「助かる」


「その代わり、井戸水を一杯くれ。王都まで戻るには、いい水がいる」


 トマが笑う。


「それならたっぷり飲んでけ」


 井戸のそばで、商人が水を飲む。


「うまいな」


 彼はしみじみと言った。


「本当に、いい村になるかもしれん」


 その言葉に、村人たちの顔が少し明るくなった。


 だが俺は、商人の警告を忘れられなかった。


 王都の噂。

 大商会。

 貴族との繋がり。


 次の波は、もう近づいている。


 夜、俺は個人記録にこう書いた。


『王都でリベル村の噂が広がり始めた。

良い噂と悪い噂がある。

大商会が関心を持っているらしい。

村を守るには、記録と契約への備えが必要。

俺は、自分を安く扱わない。

この村も、安く売らせない。』


 最後の一文を書いた時、少し手が止まった。


 この村も、安く売らせない。


 いつの間にか、俺はそんなことを考えるようになっていた。


 勇者パーティーを追放された時、俺は自分の行き場すら分からなかった。

 今は、守りたい村がある。


 水車の音が夜に響く。


 ぎし、ぎし、と不器用に。


 それでも確かに、前へ回っている。

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