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「鑑定しかできない無能」と追放された俺、実は壊れた才能を直せる唯一の神職でした〜捨てられ聖女と辺境村を修理していたら、勇者より先に国を救ってしまった〜  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第14話 王都からの査察通知

 その知らせが届いたのは、翌朝のことだった。


 村の入口に、見慣れない馬が一頭止まった。

 乗っていたのは、王都の伝令服を着た若い男だった。泥ひとつない外套に、磨かれた革靴。リベル村の土道に立つと、そこだけ少し浮いて見えた。


「こちらがリベル村で間違いないか」


 伝令は、硬い声でそう言った。


 村の見張りをしていたトマが、眉を上げる。


「間違いないが、何の用だ」


「王国防衛局および冒険者ギルドからの通達だ。村長に渡す」


「防衛局?」


 トマの声に、近くにいた村人たちがざわついた。


 王都の役所の名が、こんな辺境で出ることは滅多にない。


 伝令は周囲を見回し、目を細めた。


 補強された木柵。

 淡く光る外周結界。

 井戸の周りに並ぶ桶。

 回り始めた水車。


 それらを見て、明らかに驚いている。


 だが伝令は何も言わず、封蝋のついた文書を差し出した。


「至急確認されたし。後日、査察官が到着する」


「査察官だと?」


 トマの声が一段低くなる。


「俺に言われても困る。私は伝令だ」


 伝令はそう言って、馬に乗り直した。


「王都より正式な命令である。拒否はできない」


 その一言を残して、馬は来た道を戻っていった。


 村の入口に、重い沈黙が残る。


 俺が駆けつけた時には、村長が文書を手にしていた。

 白髭の奥の顔は、険しい。


「何と書いてありますか」


 尋ねると、村長は文書を広げたまま、ゆっくり読み上げた。


「辺境村リベルにおける古代防衛結界の再稼働、未登録聖女候補の活動、ならびに元勇者パーティー所属鑑定士レオン・アスターの現地滞在について、事実確認を行う……とある」


 村人たちがざわめく。


「未登録聖女候補って、セリアのことか」


「元勇者パーティーって、先生のことだろ」


「王都が来るのか」


 セリアは治療所の前で立ち尽くしていた。

 顔が青い。


「神殿も、来るんでしょうか」


 小さな声だった。


 俺は答えに詰まった。


 文書には、王国防衛局と冒険者ギルドの名がある。神殿の名はない。だが、未登録聖女候補という言葉がある以上、神殿に情報が回る可能性は高い。


 セリアはそれを分かっている。


「今すぐではないと思います」


 俺は言葉を選んだ。


「でも、いずれ神殿が関心を持つ可能性はあります」


 嘘をついて安心させることはできなかった。


 セリアは胸元の聖印を握る。


「私……連れ戻されるんでしょうか」


「させません」


 自分でも驚くほど、即答だった。


 セリアが目を見開く。


 村長がこちらを見る。


 トマも、周囲の村人たちも。


 俺は一度息を吸った。


「少なくとも、セリアの意思を無視して連れて行かせることはしません」


「でも、王都の命令なら」


「王都の命令でも、人を物のように扱っていい理由にはならない」


 その言葉は、セリアに向けたものでもあり、過去の自分に向けたものでもあった。


 勇者パーティーに戻れ。

 必要だから戻れ。

 お前の立場を分かれ。


 そう言われた時、俺はやっと気づいた。

 人は、役割だけで生きているわけではない。


 セリアは聖女候補である前に、セリアだ。


 俺は鑑定士である前に、レオン・アスターだ。


「レオン殿」


 村長が文書を畳む。


「査察を拒めば、村は不利になるな」


「はい。拒否すれば、隠していると判断されます」


「受け入れれば、あんたの力も、セリアの力も見られる」


「それも危険です」


 トマが腕を組む。


「詰んでないか、それ」


「詰んではいません」


 俺は首を横に振った。


「見せるものと、見せないものを分けます」


「どうやって」


「古代結界の一部復旧は隠せません。井戸も水車も見れば分かる。セリアが治療していることも、村人が知っている以上隠せない」


「じゃあ何を隠す」


「地下工房の中枢室と、俺の《修復鑑定士》の詳細。それから、セリアの封印痕を修復し始めたことです」


 セリアが静かに頷いた。


「私の封印は、見せない方がいいんですね」


「はい。神殿が関わっている可能性があります。下手に見せれば、セリアの方が問題扱いされるかもしれない」


 村長の表情がさらに険しくなる。


「問題を起こしたのは神殿かもしれんのに、か」


「証拠が足りません」


 そこが厄介だった。


 俺には見える。

 封印痕も、呪印も、壊された痕跡も。


 だが、王都の役人や神殿関係者に「見えるからそうです」と言って通じるとは限らない。


 証拠を集める必要がある。

 北の祠の呪印。

 中枢室の記録。

 セリアの魔力回路に残る封印痕。

 それらを、どう見せるか。


「つまり、村が普通に復旧しているように見せるんだな」


 トマが言った。


「普通って言えるか?」


 別の村人が突っ込む。


「井戸が光って、水車が回って、結界が光ってる村だぞ」


「以前がひどかっただけで、昔はそうだった可能性があります」


 俺は答えた。


「村に古い結界があり、それを修理した。セリアは治癒の補助をしている。俺は鑑定士として状態確認をした。まずはその範囲で説明します」


「修復鑑定士とは言わない?」


「言いません」


 即答した。


「鑑定士として、古い設備の破損箇所を見つけた。村人たちと協力して応急修理をした。それなら、まだ説明できます」


 村長は少し考え込む。


「嘘は言わず、全部は言わん、ということか」


「はい」


「悪くない」


 村長は頷いた。


「年寄りの寄合でもよくある手だ」


 トマが苦笑する。


「王都相手に寄合の技を使うのかよ」


「人の世は、だいたい寄合の延長じゃ」


 村長は真面目な顔で言った。


 少しだけ場の空気が緩んだ。


 だが、セリアの顔はまだ硬い。


「私、査察官の前で治療することになりますか」


「求められるかもしれません」


「もし、また失敗したら」


「その時は止めます」


「でも」


「セリア」


 俺は彼女の名を呼んだ。


「無理に証明する必要はありません。治療を見せるなら、小さな傷の洗浄や痛み止め程度にしましょう。大きな魔法は使わない」


「でも、聖女ならもっとできるはずだと言われたら」


「聖女ではなく、治療補助をしているだけだと言えばいい」


 セリアは少し驚いた顔をした。


「聖女じゃない、と?」


「少なくとも、王都に勝手に決めさせる必要はありません。セリアが自分で名乗りたい時に名乗ればいい」


 彼女は胸元の聖印を握ったまま、ゆっくり息を吐いた。


「私が、決める」


「はい」


「私の力は、私のもの」


「はい」


 セリアは目を閉じた。


 その言葉を、胸の中で確かめているようだった。


「分かりました」


 彼女は目を開ける。


「怖いです。でも、逃げません」


「逃げないことと、無理をすることは違います」


「はい。分かっています」


「本当に?」


「本当です」


 少しだけ、いつものやり取りが戻った。


 村長は文書を机に置いた。


「査察官が来るまで、何日ある」


「伝令の早さから見て、二日か三日でしょう」


「短いな」


「はい」


「では、準備を始めよう」


 村長の声に、村人たちの表情が引き締まる。


 この村は、また一つ新しい段階に入った。


 魔物と戦う準備ではない。

 王都に見られる準備だ。


 そして、それはある意味、魔物より厄介かもしれなかった。


 その日の午前中、村では役割分担が行われた。


 井戸周りを整える組。

 水車の運用記録を作る組。

 結界柱に危険な箇所がないか確認する組。

 治療所を片づける組。

 地下工房の入口を隠すのではなく、「倉庫修理中」として自然に見せる組。


 完全に隠すと、見つかった時にまずい。

 だから、地下入口周辺は工具や木材を置き、倉庫補修の作業場に見せる。床下の扉には布と箱を置き、必要がない限り開けない。


 嘘はつかない。

 ただ、見せる順番をこちらで決める。


 それが村長の言う“寄合の技”らしい。


「先生、これでいいか?」


 トマが水車の横で木札を見せてきた。


 そこには、今日の水量、回転時間、軸の状態が簡単に書かれている。


「いいですね。毎日記録すれば、異常が出た時に分かりやすいです」


「王都の役人に見せる用でもあるがな」


「それも大事です。数字があると説明しやすい」


「俺、字はあんまり得意じゃねえんだよ」


「読めますよ」


「子供の字みたいだろ」


「読みやすい字です」


 トマは照れくさそうに鼻をこすった。


「変な褒め方だな」


「本心です」


「そういうところ、先生らしいよな」


 最近はもう、訂正する気力も薄れてきた。


 治療所では、セリアが村の女性たちと一緒に布を整理していた。


 棚には、井戸の浄化水、薬草、包帯代わりの布、簡単な記録板が並ぶ。


「セリア、これはどう書けばいい?」


「傷を洗った回数と、熱が下がったかどうかだけで大丈夫です。難しく書かなくていいです」


「王都の人が見たら、もっと立派な記録じゃないと駄目って言わないかね」


「分かりやすい方がいいと思います」


 セリアは少し考えて、付け加えた。


「私も、難しい言葉で説明されるより、ちゃんと見てくれる方が安心します」


 女性たちは顔を見合わせ、それから頷いた。


「じゃあ、そうしよう」


「セリア先生が言うなら」


「先生は……」


 セリアが小さく抗議する声が聞こえた。


 俺は少し笑ってしまった。


 午後、村長の家で王都向けの説明を整理した。


 村長、トマ、セリア、俺。

 そして、読み書きができる村の青年が一人。名前はニコルという。普段は畑仕事をしているが、昔少しだけ王都の商会で働いていたらしい。


 ニコルは緊張した顔で羊皮紙を広げている。


「ええと、説明は三つに分けるんですよね」


「はい」


 俺は頷いた。


「一つ目は井戸と水車。これは生活基盤の復旧です。古い設備が詰まっていたので、村人たちと清掃・補修した」


「先生の力は?」


「鑑定士として破損箇所を見つけた、で」


 ニコルが書き留める。


「二つ目は結界。外周の結界柱が劣化していたので、地下にあった古い予備石を使った……地下は書きますか?」


「地下工房とは書かない方がいいです。旧倉庫に保管されていた古い結界石、で」


「それは嘘になりません?」


「地下も旧倉庫の一部と言えなくはないです」


 トマが苦笑した。


「寄合の技だな」


 村長は真顔で頷く。


「使いどころじゃ」


 ニコルは少し戸惑いながらも書いた。


「三つ目は治療所。セリアさんは……」


 そこで筆が止まる。


 皆がセリアを見る。


 セリアは少し背筋を伸ばした。


「私は、神殿所属の聖女ではありません。リベル村で治療補助をしている者です」


「治療補助者、ですか」


「はい。そう書いてください」


 声は小さかったが、はっきりしていた。


 ニコルが頷き、書き込む。


「リベル村治療補助者、セリア・ルミナス」


 その文字を見て、セリアは少しだけ目を潤ませた。


 神殿の失敗作ではない。

 災厄の聖女でもない。

 リベル村の治療補助者。


 名前の前に置く言葉が変わるだけで、人の立つ場所は変わるのかもしれない。


 その夜、俺は一人で地下工房へ降りた。


 もちろん、こっそりではない。

 村長とセリアに「少しだけ確認する」と伝えてある。セリアには「本当に少しだけですよ」と念を押された。


 中枢室の結晶柱は、静かに光っていた。


《査察対応推奨項目》

《外部閲覧可能:井戸復旧記録/水車稼働記録/外周結界第一層》

《秘匿推奨:修復炉/中枢室詳細/才能回路修復/封印痕解析》


「工房まで、査察対応を提案してくるのか」


 思わず苦笑した。


 だが、助かる。


 工房の記録は、過去の修復鑑定士たちも同じような問題に直面していたことを示している。力をどう見せるか。誰にどこまで知らせるか。何を守るか。


 修復の技術は、ただ直すだけではない。

 直した後、それを守ることまで含んでいる。


 俺は中枢室の記録を確認していく。


《修復鑑定士心得》

《一、破損を見て、罪人を急ぎ決めるな》

《二、原因を見極め、再破損を防げ》

《三、修復対象の意思を軽んじるな》

《四、権力者の命令より、修復対象の生命を優先せよ》


 最後の一文で、手が止まった。


 修復対象の意思を軽んじるな。


 それは、セリアのことだ。

 そして、俺自身のことでもある。


 勇者パーティーに戻るかどうか。

 王都に力を見せるかどうか。

 この村に残るかどうか。


 全部、誰かが決めることではない。


 俺が決めなければならない。


「レオンさん」


 入口から声がした。


 振り返ると、セリアが立っていた。

 小さな灯りを持っている。


「少しだけと言いましたよね」


「まだ少しです」


「少しの定義が広すぎます」


 彼女は呆れたように言いながら、中へ入ってきた。


「何を見ていたんですか」


「修復鑑定士の心得です」


「心得?」


「修復対象の意思を軽んじるな、と」


 セリアは少し目を見開いた。


 それから、静かに微笑んだ。


「いい心得ですね」


「はい」


「レオンさんは、ちゃんと守っています」


「そうでしょうか」


「少なくとも、私には聞いてくれました。登録するか、封印を緩めるか、どうしたいか」


 セリアは結晶柱に視線を向ける。


「それが、嬉しかったです」


 俺は何も言えなかった。


 嬉しかった、と言われることに、まだ慣れていない。


「査察、怖いです」


 セリアは正直に言った。


「王都の人も、神殿の人も、まだ怖いです。でも、今はひとりじゃないから」


「はい」


「リベル村の治療補助者として、ちゃんと立ちます」


 その横顔は、初めて会った頃とは別人のようだった。


 いや、別人になったのではない。


 本来の彼女が、少しずつ戻ってきているのだ。


「俺も、鑑定士として立ちます」


「修復鑑定士ではなく?」


「今は、ただの鑑定士として」


「嘘は言わず、全部は言わない」


「寄合の技です」


 セリアがくすりと笑った。


 地下工房の静かな光の中で、その笑い声は小さく響いた。


 翌朝、村の入口に簡単な看板が立てられた。


『リベル村

井戸復旧作業中

水車低速稼働中

外周結界補修中

治療所あり』


 トマが腕を組んで看板を見上げる。


「なんか、急に立派な村っぽいな」


「ぽい、ではなく立派な村になっていくんです」


 俺が言うと、彼は照れたように笑った。


「そうだな。昨日よりましだ」


 セリアが治療所の入口に布をかける。

 村長は王都向けの説明文書を確認する。

 ニコルは緊張しながら記録板を抱えている。


 村全体が、査察に向けて動いていた。


 そして昼前。


 見張り台の少年が、街道の先を指さした。


「馬車が来た!」


 村人たちの手が止まる。


 俺は村の入口へ向かった。


 街道の向こうから、二台の馬車が近づいてくる。

 一台は王国防衛局の紋章付き。

 もう一台は冒険者ギルドの紋章付き。


 いよいよ来た。


 王都の目が、この村へ向けられる。


 俺は隣に立つセリアを見た。


「大丈夫ですか」


「怖いです」


 彼女はそう答えた。


 けれど、逃げなかった。


「でも、大丈夫です」


 俺も頷いた。


「俺も怖いです」


「レオンさんも?」


「はい」


「じゃあ、一緒に怖がりながら立ちましょう」


「それはいいですね」


 水車が、ぎし、と鳴った。


 井戸の水が、朝の光を受けて静かに揺れている。

 結界は薄く村を包み、治療所には白い布がかかっている。


 壊れた村は、査察官を迎える準備を終えていた。

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