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「鑑定しかできない無能」と追放された俺、実は壊れた才能を直せる唯一の神職でした〜捨てられ聖女と辺境村を修理していたら、勇者より先に国を救ってしまった〜  作者: 御神常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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12/22

第12話 鑑定士の指揮で、戦場が変わる

 魔狼の群れが、結界にぶつかった。


 ばちん、と乾いた音が鳴る。

 淡い青白い光が、村の外周に薄い膜となって広がった。


 以前のリベル村なら、それだけで終わっていたかもしれない。


 壊れた結界は魔物を呼び、木柵は古く、村人たちは武器を取る前に逃げ惑っただろう。

 けれど今は違う。


「弓隊、まだ撃つな!」


 トマの声が飛ぶ。


 村人たちは木柵の内側に並び、修理した弓を握っていた。手は震えている。顔も青い。けれど、誰も勝手に矢を放たない。


 俺は森の影から飛び出す魔狼たちを鑑定する。


《灰角魔狼》

《個体群:十二》

《前列三体:結界衝突による軽度麻痺》

《左側二体:回り込み行動》

《大型個体:後方待機》


「前列、今です! 足元を狙ってください!」


「撃て!」


 トマの号令と同時に、村人たちが矢を放つ。


 矢は綺麗には飛ばない。王都の兵士のような訓練された射撃ではない。

 それでも、狙いは前脚と後脚。俺が示した弱点に集中する。


 結界に弾かれて動きの鈍った魔狼の脚に、矢が刺さった。


 魔狼が悲鳴を上げる。


「効いたぞ!」


「次、左へ回り込む二体! 木柵の南側!」


 俺が叫ぶより早く、トマが走った。


「南だ! 二班、こっち!」


 村人たちが移動する。


 勇者パーティーだけで戦っていた頃なら、俺の声は戦闘の後ろに埋もれていた。

 でも今、村人たちは俺の声を聞いて動いている。


 それだけで、戦場の形が変わる。


「エレナさん、火炎槍は一発だけ! 左の二体の前に落として進路を塞いでください!」


「分かった!」


 エレナが杖を掲げる。


 普段の彼女なら、魔狼そのものを焼き払う火力で撃っただろう。けれど今は違う。杖の宝玉に負荷をかけないよう、魔力を絞っている。


 細い火炎槍が、魔狼の前方の地面に突き刺さった。


 炎が横に広がり、魔狼たちの足が止まる。


「三発までって言ったわね」


 エレナは短く息を吐いた。


「あと二発、大事に使うわ」


「お願いします!」


 南側へ回り込もうとした魔狼は、炎と木柵の間で動きが鈍った。そこへ村人たちの矢が飛ぶ。


 倒しきれない。


 だが、止められる。


 ガレスは門の前で盾を構えていた。


 彼の鎧は完全ではない。肩当ては仮固定のまま。だが、以前より無理な動きをしていない。自分の装備の限界を理解した上で、門を守ることに徹している。


「ガレスさん、右から一体抜けます!」


「任せろ!」


 魔狼が結界の薄い箇所へ体当たりし、わずかに内側へ食い込んだ。

 その瞬間、ガレスの盾が横から叩きつけられる。


 重い音。


 魔狼の体が木柵の外へ押し戻された。


「マリウスさん、拘束を!」


「言われなくとも!」


 マリウスの魔法陣が展開する。

 土の鎖が地面から伸び、魔狼の脚に絡みついた。


 普段の彼なら、もっと大きな魔法で一気に制圧しようとしただろう。だが今は低出力。魔力の無駄遣いを避け、確実に一体ずつ止める。


 不満そうな顔ではある。


 けれど、指示通りに動いている。


「カイル、大型が動きます!」


 大型個体。


 群れの後方にいた灰角魔狼が、低く身を沈めた。普通の魔狼より一回り大きく、額の角も黒く太い。後ろ脚に古傷がある。そこが弱点だ。


 カイルは魔剣を握り直す。


「俺が斬る」


「正面から受けないでください。聖剣じゃない。今の魔剣では角を受けると折れます」


「……分かっている!」


 返事は荒い。


 それでも、彼は正面へ飛び込まなかった。


 大型魔狼が突進する。

 結界にぶつかり、光が激しく揺れる。


 ぎし、と嫌な音がした。


《外周結界:負荷上昇》

《東柱補助石:安定》

《南側結界線:出力低下》


「南側が薄い!」


 俺が叫ぶと、セリアが動いた。


「私が補います!」


 治療所の前にいた彼女が、両手を胸の前で組む。

 白い光が足元から広がり、南側の結界線へ流れていく。


「セリア、強すぎます!」


「はい!」


 彼女はすぐに魔力を抑えた。


 以前なら、焦りがそのまま暴走に繋がっていただろう。

 でも今は違う。


 彼女は自分の魔力を、ゆっくり流している。押し込むのではなく、支えるように。


 南側の結界が、白い光を帯びた。


《聖女補佐:仮同期》

《外周結界:出力安定》

《防衛結界第二層:部分反応》


 第二層が反応した。


 まだ起動ではない。

 だが、セリアの力に応じて眠っていた結界が一瞬だけ目を覚ました。


 大型魔狼の二度目の突進が、結界に弾かれる。


 カイルがその隙を逃さなかった。


「ガレス!」


「分かっている!」


 ガレスが盾で大型魔狼の進路をずらす。

 カイルが横へ回り、魔剣を振る。


 狙いは首ではない。


「後ろ脚!」


 俺の声と同時に、カイルの剣が大型魔狼の右後脚を斬った。


 魔狼が吠える。


 深くはない。

 聖剣なら一撃で断てたかもしれないが、今の魔剣ではそこまで届かない。


 カイルの表情が歪む。


「くそっ、浅い!」


「下がってください!」


「まだだ!」


 大型魔狼が反撃する。黒い角がカイルの胸元へ迫る。


 間に合わない。


「カイル!」


 ガレスが盾を差し込む。

 角と盾がぶつかり、ガレスの体が後ろへ滑った。


「ぐっ……!」


《ガレス鎧肩部:負荷限界接近》


「ガレスさん、肩に負荷が来ています! 右腕で受けないで、左へ流して!」


「分かった!」


 ガレスが盾の角度を変える。

 大型魔狼の力が横へ流れ、地面をえぐった。


 マリウスの拘束魔法が、魔狼の後脚に絡む。


「今だ!」


 トマが叫ぶ。


 村人たちの矢が、一斉に大型魔狼の右後脚へ飛ぶ。


 何本かは外れた。

 だが、三本が刺さった。


 大型魔狼が体勢を崩す。


「エレナさん、二発目! 足元!」


「了解!」


 炎が地面を走る。

 大型魔狼が怯んだ瞬間、カイルが再び踏み込んだ。


 今度は正面ではない。


 横から、低く。


 魔剣が傷口をえぐる。


 大型魔狼が倒れた。


「やった!」


 村人の誰かが叫んだ。


 けれど、まだ終わっていない。


「後列四体、左右に散ります! 結界の薄い場所を探してる!」


 俺は叫び続ける。


 喉が痛い。

 頭も熱い。


 でも止まれない。


 戦場全体の壊れ方が見える。

 どこが薄く、どこが危険で、誰の装備に負荷が来ているか。


 勇者パーティーの戦闘力。

 村人たちの地の利。

 セリアの結界補助。

 工房で修復した外周結界。


 それらを繋げば、勝てる。


「マリウスさん、左二体をまとめて止めないでください! 一体だけでいい!」


「なぜだ!」


「二体止めると魔力が切れます!」


「……ちっ!」


 マリウスは不満そうにしながらも、一体だけを拘束した。

 もう一体はトマたちが矢で牽制する。


「エレナさん、三発目はまだ!」


「分かってる!」


「ガレスさん、門から動かないでください!」


「そっちが危ない!」


「門を抜かれたら終わります!」


 ガレスは歯を食いしばり、門の前に踏みとどまった。


 以前の勇者パーティーなら、各自が力任せに戦っていた。

 カイルは突撃し、エレナは大火力を放ち、マリウスは大規模魔法を使い、ガレスは全部を受けようとした。


 強い。


 でも、壊れやすい。


 今は違う。


 全員が、自分の力を少しずつ抑え、必要な場所へ使っている。


 それだけで、戦場は驚くほど安定した。


 セリアの結界補助が続く。


 外周の薄い膜に、白い光が混じっている。

 魔狼が触れるたび、以前のようにただ弾くだけではなく、動きを鈍らせている。


「セリア、南側から西側へ少し流してください!」


「はい!」


 白い光が地面の結界線を伝って伸びる。


 西側に回り込もうとした魔狼二体が足を止めた。


「今です!」


「撃て!」


 矢が飛ぶ。


 一体が倒れ、もう一体が森へ逃げる。


 群れの勢いが崩れた。


 大型個体を失い、結界を抜けられず、脚を削られた魔狼たちは、徐々に後退し始めた。


「追うな!」


 俺は叫んだ。


「森へ入らないでください!」


 トマがすぐに村人たちを止める。


「先生が追うなって言った! 誰も外に出るな!」


 カイルだけが一歩前へ出ようとした。


「逃がすのか!」


「逃がします!」


 俺は叫び返した。


「目的は討伐じゃない。村を守ることです!」


 カイルは歯を食いしばった。


 それでも、足を止めた。


 森の中へ、残った魔狼たちが消えていく。


 遠吠えが一つ。

 それから、静寂。


 村の外周結界が淡く揺れ、やがて落ち着いた。


 誰もすぐには声を出さなかった。


 村人たちは弓を握ったまま、息を荒げている。

 勇者パーティーも同じだった。

 カイルは魔剣を下ろし、ガレスは盾に体重を預け、エレナは杖を抱えるようにして立っている。マリウスは額の汗を袖で拭っていた。


 セリアは両手を下ろした瞬間、少しふらついた。


「セリア!」


 俺が駆け寄るより早く、村の女性たちが彼女を支えた。


「大丈夫です……少し、疲れただけで」


「その少しは信用しないことにしています」


 俺が言うと、彼女は弱々しく笑った。


「今日は、本当に少しです。前より、ずっと楽でした」


 確かに、魔力の乱れは少ない。

 彼女は暴走していない。


《セリア・ルミナス》

《魔力回路:安定傾向》

《封印痕:残存二》

《聖女補佐同期:初期成功》


 聖女補佐同期。


 工房の中枢室が反応した理由は、やはりセリアにある。


「セリアのおかげで、結界が持ちました」


 俺が言うと、彼女は目を見開いた。


「私の?」


「はい。南側が崩れかけた時、支えたのはセリアです」


 周囲の村人たちが一斉に頷く。


「見えたぞ、白い光」


「あれがなかったら、南側から入られてた」


「助かったよ、セリア」


 口々に声がかかる。


 セリアは戸惑い、照れ、そして泣きそうになった。


「私……ちゃんと、守れましたか」


 トマが弓を肩に担ぎながら言った。


「守った。文句なしだ」


 セリアは両手で顔を覆った。


 村の女性が笑いながら彼女の背を撫でる。


 その光景を、エレナがじっと見ていた。


「捨てられ聖女って聞いていたけど」


 彼女は小さく言った。


「すごい子じゃない」


「はい」


 俺は頷いた。


「セリアはすごいです」


 セリアが顔を赤くする。


「今、そういうことを言わないでください……」


「事実です」


「レオンさんは、時々ずるいです」


「そうですか?」


「そうです」


 そんなやり取りの中で、空気が少し緩んだ。


 だが、カイルだけは険しい顔のままだった。


 彼は倒れた大型魔狼を見て、それから自分の魔剣を見る。


 刃に欠けが入っていた。


《代用魔剣》

《状態:刃こぼれ/魔力伝導乱れ》

《継戦危険》


「その魔剣、もう使わない方がいいです」


 俺が言うと、カイルの眉が動く。


「分かっている」


 短い返事だった。


 以前なら、否定しただろう。

 聖剣ではないとはいえ、自分の武器の不調を認めることは彼にとって屈辱のはずだ。


 だが、今は認めた。


 それだけでも変化ではあった。


 ガレスが盾を下ろし、俺のところへ来た。


「助かった。お前の指示がなければ、門を離れていた」


「ガレスさんが守ってくれたから、村の中へ入られませんでした」


「そう言ってもらえると救われる」


 彼は苦く笑った。


「昔、お前にもそう言ってやればよかった」


 俺はすぐに答えられなかった。


 ガレスは続ける。


「遅いのは分かっている。だが、今言う。レオン、お前がいたから俺たちは戦えていた」


 その言葉は、静かに胸の奥へ落ちた。


 エレナも近づいてくる。


「私も、今日よく分かったわ。あなたが言っていた“火力を抑えろ”って、こういうことだったのね」


「杖が万全なら、もっと撃てます」


「そうじゃないの。撃てばいいってものじゃないって話」


 彼女は杖を見た。


「今まで、私は力で押し切れると思ってた。あなたが止めてくれていたのに、うるさいと思ってた」


「……」


「ごめんなさい」


 今度の謝罪は、広場でのものよりずっと深かった。


 マリウスは少し離れた場所で黙っていた。

 だが、彼もまた、戦闘中に俺の指示を聞いた。


 その事実は残る。


 カイルが口を開いた。


「レオン」


 全員の視線が彼に向く。


「今の戦いを見れば分かるだろう」


「何がですか」


「お前の鑑定は、勇者パーティーに必要だ」


 また、その言い方か。


 そう思ったが、さっきより棘は少なかった。

 彼なりに、認めているのだろう。


 必要だ、と。


 でも。


「必要なのは分かりました」


 俺は答えた。


「だからこそ、俺は今、簡単に戻れません」


 カイルの顔が強張る。


「なぜだ」


「ここにも必要としてくれる人たちがいます。今の戦いで分かったはずです。この村はまだ危ない。結界も完全じゃない。中枢室も開いたばかりです」


「村一つと、王国全体を比べるのか」


「村一つを守れない人に、王国全体は守れないと思います」


 カイルの目が見開かれた。


 村人たちも、勇者パーティーの面々も、息を止める。


 自分で言ってから、言い過ぎたかと思った。


 でも、撤回する気はなかった。


「王国は、王都だけじゃない。勇者パーティーだけでもない。こういう村も含めて王国なんです」


 村長が、静かに目を閉じた。


 トマは小さく「よく言った」と呟いた。


 カイルは何か言おうとして、口を閉じた。


 沈黙。


 水車の音も、今は止まっている。

 代わりに、結界の微かな振動音だけが聞こえた。


 やがて、カイルは低い声で言った。


「では、どうしろと言う」


 初めてだった。


 命令ではない。

 問いだった。


 俺は少しだけ息を吸う。


「まず、勇者パーティーの装備を応急修理します。今日の戦闘で、さらに傷んでいます」


「それで?」


「その後、王都へ戻ってください。聖剣は神殿で正式に修理する。無理に前線へ出ない。次の任務は、装備と連携が整ってから」


 カイルの眉が寄る。


「勇者が休めと?」


「はい」


「魔王軍は待たない」


「壊れた聖剣で突っ込んでも、魔王軍は倒せません」


 カイルの拳が震えた。


 だが、反論は出なかった。


 エレナが静かに言う。


「私は、レオンの案に賛成よ」


 ガレスも頷く。


「俺もだ」


 マリウスは苦い顔で腕を組んだ。


「不愉快だが、合理的ではある」


 カイルは三人を見た。


 かつてなら、全員が自分の決定に従った。

 今は違う。


 それはパーティーが壊れたからなのか。

 それとも、ようやく直り始めたからなのか。


 俺にはまだ分からない。


 しばらくして、カイルは魔剣を鞘に収めた。


「……応急修理を頼む」


 その声は、かすかに苦かった。


「お願いします、ではないんですね」


 エレナが小さく言う。


 カイルは彼女を睨みかけたが、途中で止まった。


 そして、俺を見た。


「……頼む」


 短い言葉だった。


 それでも、確かに頼みだった。


「分かりました」


 俺は頷いた。


「できる範囲で見ます」


 村の広場に、臨時の修理場が作られた。


 地下工房から持ち出した工具と、王都製の装備品。

 勇者パーティーの武器防具を、俺は一つずつ鑑定する。


 エレナの杖は宝玉の過熱を逃がし、魔力伝導の詰まりを応急的に整える。


「これで通常魔法なら使えます。ただし大火力は避けてください」


「分かったわ。ちゃんと守る」


 ガレスの鎧は肩部の負荷が深刻だった。補強具を追加し、右腕で受けすぎないように可動域を少し調整する。


「動きに違和感があるかもしれませんが、負荷は分散できます」


「十分だ。むしろ前より楽かもしれん」


 マリウスの魔導具は、魔力石の接続部がずれていた。


「大規模魔法を連発すると焦げます」


「焦げる?」


「はい。内部が」


「……以後、注意する」


 カイルの代用魔剣は刃こぼれがひどかった。


「これは、本当に応急しか無理です。強敵相手に無理をしないでください」


「分かっている」


「本当に?」


 思わず聞き返す。


 カイルは少しだけ顔をしかめた。


「……分かっている」


 以前の彼なら怒鳴っていた。

 だが、今は怒鳴らなかった。


 修理が終わる頃には、日が傾き始めていた。


 村人たちは戦闘の後片付けをしている。倒した魔狼は素材として使える部分を取り、危険な部位は埋める。トマが中心になって指示を出していた。


 勇者パーティーは、広場の端で装備を確認している。


 俺は少し離れた井戸のそばで、手を洗った。


 冷たい水が指先の汚れを流していく。


 セリアが隣に来る。


「お疲れさまでした」


「セリアも」


「私は、ちゃんと守れましたか」


「はい。今日は本当に、セリアのおかげです」


 彼女は照れたように目を伏せた。


「嬉しいです。でも、少し怖いです」


「怖い?」


「力が安定してくると、逆に分かるんです。まだ私の中に、変な封印が残っていることが」


 俺は頷いた。


「残り二つです」


「やっぱり」


「でも、地下工房と中枢室があれば、手がかりはあります。急がずに直しましょう」


 セリアは静かに頷いた。


「はい。一緒に」


 その言葉に、俺も頷く。


「一緒に」


 少し離れた場所で、カイルがこちらを見ていた。


 何か言いたそうだった。


 だが結局、何も言わなかった。


 その日の夜、勇者パーティーは村に泊まることになった。


 魔狼襲撃後にすぐ出立するのは危険だと、村長が判断したためだ。

 カイルは最初渋ったが、エレナとガレスが賛成し、マリウスも「合理的だ」と言ったので従った。


 村の空き家に、勇者パーティー用の寝床が用意された。


 その途中、村の子供がカイルを見て言った。


「勇者様って、先生より偉いの?」


 周囲の大人が慌てて止めようとした。


 だがカイルは、答えられなかった。


 子供は続ける。


「先生は井戸も水車も直したよ。セリアお姉ちゃんと一緒に、結界も守ったよ」


 無邪気な言葉は、時々どんな剣より鋭い。


 カイルは子供から目を逸らした。


「……そうか」


 それだけ言って、空き家へ入っていった。


 エレナが小さく息を吐く。


「効いたでしょうね」


 ガレスが頷く。


「効いた方がいい」


 マリウスは黙っていた。


 夜のリベル村は、昨日よりさらに静かだった。


 結界は淡く村を包み、森からの気配は遠い。

 戦闘の後の疲労はあるが、誰も絶望していない。


 俺は地下工房の入口前に立った。


 中枢室は、まだ詳しく見ていない。

 第二層結界も、修復炉も、聖女補佐登録も、すべてこれからだ。


 勇者パーティーの問題も終わっていない。

 王都も、神殿も、いずれこの村に目を向けるだろう。


 やることは多い。


 怖くないと言えば嘘になる。


 けれど、今の俺は一人ではない。


「レオンさん」


 振り返ると、セリアがいた。


「明日、中枢室を見ますか」


「はい」


「私も行きます」


「もちろん」


 セリアは少し笑った。


「今度は、倒れる前に休みましょうね」


「お互いに」


「はい」


 水車は止まっている。

 井戸は静かに水を湛えている。

 結界は薄い光を保っている。


 壊れた村は、少しずつ直り始めていた。


 そして俺自身も、たぶん少しずつ。


 翌朝、勇者パーティーが王都へ戻る前に、カイルは俺の前へ来た。


 何かを言うまでに、ずいぶん時間がかかった。


「レオン」


「はい」


「……王都で聖剣の修理が終わったら、もう一度来る」


 戻れ、と言うのかと思った。


 だが、カイルの言葉は違った。


「その時、話をする」


「分かりました」


「今度は、聞く」


 短い言葉。


 まだ不器用で、偉そうな響きも残っている。

 でも、以前のカイルなら絶対に言わなかった言葉だった。


 俺は頷いた。


「俺も、話します」


 カイルはそれだけ聞くと、背を向けた。


 勇者パーティーの馬車が村を出ていく。


 エレナは最後に手を振った。

 ガレスは頭を下げた。

 マリウスは視線を合わせなかったが、去り際に小さく会釈した。


 カイルは振り返らなかった。


 それでいいと思った。


 すぐに全部が直るわけではない。


 聖剣も。

 パーティーも。

 俺と彼らの関係も。


 でも、壊れていると分かったなら。


 そこから始めることはできる。

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