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山口は自分なりに精一杯、走る。
街灯や家の明かりが少ないから心細くなっても立ち止まる理由にはならなかった。
(あの空き家に何かがある!)
ここから懐中電灯を点ける山口。
暗い部分がグニャグニャとしているようだった。これは錯覚か。
何かの圧を感じながらも空き家の玄関扉を開ける。
……ジリジリと音が鳴っている。その音で山口の視界が黒から紺色になる。
この音は設定したアラームの音であった。
ほぼ徹夜のような忙しい日々が続く中、一時間でも眠ろうとした時に寝過ぎないように設定した目覚ましだ。
それが今宵も鳴り響く。
「あれ、駐車場まで戻ってきている?」
アラームを停止させると何故か振り出しに戻っていたことに気が付く。
ここまで戻って来た時の記憶が山口にはなかったし、まだ空き家の中を調べていないのに戻って来る気などはなかったのにどういうことか。
「祥子の家……誰かが訪ねて来ている?」
懐中電灯を消して山口は車体に身を隠す。
応対しているのは祥子ではなさそうであった。
男性の声?
訪問者は帰って行く。直ぐ斜め向かいの住人であった。
台所の電気に二階の電気も点いていた。どうも祥子しかいない家とは思えなかった。
山口はとぼけたように祥子の家まで歩く。
鍵は開いているはず。
そのまま開けて入っても良いはずだが、手首に重い鉛が埋まっているようでなかなか手を伸ばせなかった。
「すみませーん」
どうして他人行儀なのか。
思い切って声を出してみたが、このたった一言で喉がカラカラになった。
祥子は出てくれない。そもそもここは祥子の家の形をした別人の家なんじゃないかと思えてきた。
ジェットコースターに乗って上から落ちたような感覚になった。
落ちるところまで落ちたら急停車する。尻もちを着いた。
あの空き家が目の前にあった。
ここだ。ここに私は用があるんだ。
そのことしか頭になかった。
あの事はどうでもよいわけではないが、キャパオーバーで受け入れられない。
玄関扉をまた引く。
「なに、これ」
暗闇の中に土星のような球体があった。輪っかと円のふちが橙色に発光しているようだ。
それがぐるぐると回転している。
さらにまたグニャグニャと歪み始めた。
「熱い……熱がある」
これが穴か。この中に入ればひさしが行けたあの小屋へ……。
「かなり熱い、これやばいよ」
その前に焼け死ぬのではないかと思いなかなか飛び込む気にはなれなかった。
ここは引き返そう、そう思った時に山口はその球体へと吸い寄せられていると分かった。
「やだ」
後ろを向き逃げようとしたが、滑るように転ぶ。
それでもなお、山口は引き摺られるように球体へと吸い寄せられていた。
もう駄目だ、そう悟る。
外では……男性が女性を棒のような物で殴り倒しているところが一瞬、映った。
そして外は雑草で埋め尽くされていく。
この土地の未来を再生しているようだった。
……熱い。焼ける。
そこは激しく燃えている屋内であった。
山口はもうここから脱出する気にもなれなかった。
ただ仰向けになって燃えている炎を見つめることしかできない。
(さようなら)
そう声にならない別れの言葉を思うばかりであった。




