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「被害者の会の会長……」
「どうします? 祥子さんを前にしたら抗議の一つや二つしたくなりますよね」
ひさしはその抗議どころか何も言い返してこない。
「しかし、どうやら心を入れ替えたみたいですね。もうこんなことはしては駄目だと心から思っている」
祥子だけ置いてけぼりとなっている状況だ。
「祥子さん、信じるか信じないかはあなた次第ですがこの人がこれまで何の罪を犯してきたか話してあげます」
「やめてくれ! ……いや、俺から話そう」
「そうですか。さすが心を入れ替えただけありますね」
ここまでひさしが何かしらの罪を祥子に伏せていたようだ。
そうか、それを知らず平和に暮らすことは許されるものではなかったのかと祥子なりにこの場を必死にのみこもうとしていた。
「俺は……池袋のコンビニで働いていた時期にある仲介をしていたんだ。それは……そこのコンビニで学生アルバイトが入ってきて、そこそこ可愛かったら芸能界を目指してみるのはどうかと勧めてある芸能事務所を紹介するっていう……」
ひさしが幅広い年齢層の女性からモテるのは知っていた。
歳のわりに見た目も若い韓流俳優のようで、学生と接することも多いコンビニでアルバイトをしていた二十代の頃はその学生からも恋愛対象としてありだと思われていたことも。
「それの何が悪いの? ひさしさんの仕事柄、芸能界とも繋がりがあるだろうから……」
「できれば学生が良いけど、とにかく若くて可愛ければオッケーという条件であったと付け加えておきます。そういう甘い勧誘をして若い子達を搾取していたってことですよ」
ここでミナが捕捉説明をする。
そういうことか。夢を見させておいて騙していたのか……。
「どうしてそんなことをしたの? 異性の好意を踏みにじって……」
「端的に言えば生活のために……コンビニでのバイトはあくまで副業だったけど正直、そこでもっと働いてた方が収入は安定していた。でもそうなると正社員になれずにアルバイトで生計を立てている大人に成り下がっちまうような気がして……」
「そこで新たな割のいい副業を手に出してしまったってことですね。若くて可愛い女の子が警戒心なく自ら寄って来る人材なんて貴重ですからね。一人いくら貰っていたんですか?」
ほんとになんでこんな卑劣な男に女性は惹かれてしまうのだろうと祥子はやるせなかった。
「意地悪な質問をしてしまってすみません。とはいえいくらあなたが直接、何かをしたわけではないとはいえ被害者が増えてくれば綻びが生まれます。中には勘の良い子もそれなりにいました。いきなりそんな夢のような話を持ちかけてきて変だと」
だから被害者の会が結成されたのかと事の大きさを改めて実感した。
「……あなたから言う気はありませんか? この件には山口さんも関わっているのですよ、祥子さん」
山口が? 若い女性の被害に、女子が加害側にいたと言うのか。
婚約者のひさし、親友の山口、この二人が大きな闇を抱えている……祥子の人生で支えになっていた柱が二本同時に折れてしまった。
「山口は……関係ないだろう」
「そうですか? 無垢な若い子達が被害に遭っていると知りながら見過ごしていたのに。
それどころか協力までしてたじゃないですか。芸能界で売れていく子はオーディションで選ばれるよりも街でたまたますれ違って、足を止めてしまうほど何か魅力を持っている人の中から選ばれるのが真の売れるルートだと吹き込んで……そのスカウトの役目を担っているのがあなたであるとも仄めかした」
ひさしと違って山口は出版社の正社員になる前からアルバイトをしなくても生活できていそうだったのになぜかたった週一、二回のペースで働き始めたのはそのためだったのか?
「その協力者がいなければ被害者の数はそこまで増えなかったのではないでしょうか。これは見逃せない点です」
山口は学生アルバイトからしてみれば面倒見の良い人生の先輩という立ち位置であった。
その山口がワンクッション挟んだことによって信じてしまう人が増えてしまったというのか。
「どうして? どうしてひろみまでそんなことをしたの」
「それは私も気になりますね」
ひさしは眠っているかのように動かない。
「悪いのは俺だ。ここで非難されるのは俺だけでいい」
「そうですか。どうです、祥子さん。こんな人でも結婚したいと思いですか?」
「何を言っているんだ。俺と祥子はそんな関係性ではない」
「あなたの世界線ではそうなんでしょうけど、ここではあなたと祥子さんは結婚してこの家に住み始めたのです」
「なに……この家が!」
「なぜここにさっきまで無かったはずの家が? なぜその家に祥子さんが? それは……」
それを合理的に説明するにはそれしかない、とひさしは思い始めているようだ。
それでどこか上の空みたいにもなっていた。
祥子は祥子で亡くなって火葬まで済ませているひさしがまたこうして目の前にいる事実に、付き合う前の、過去のひさしがここにいると思わざるを得ない。
ひさしは数ある選択肢の中から好きな女性を選べる恋愛強者。
そんな人がなぜ私を選んで、結婚までしてくれたのか?
『いくら学生にモテたって向こうはまだ誰と付き合うというより恋愛そのものを楽しみたい年頃、ひさしさんはそろそろ付き合うなら結婚を前提としたお付き合いがいい、そんな価値観のズレがあったらいつまでも遊んでいられないって』
最後は祥子みたいな無難な女性を男性は選ぶんだよ……そう山口が言っていたが。
それを今一度、確認してみたかったがこのひさしでは結婚どころか付き合う前なので適さないだろう。
あぁーもうめんどくさくなってきたなー……それが真の心であった。
「もういいです。なんか冷めてしまいました。またやり直したとしても上手くやっていく自信がありません」
「そうですか。ということで婚約者の祥子さんより不合格とされてしまったことによりあなたは予定通りに死刑とします」
「なんでこうなるんだよ。まて、祥子……俺は確かに祥子とだったら長く付き添えるかもしれないとは思っていた。俺はミナの言う通りに反省してもうこんなことはしないと誓った。これは嘘じゃない……」
どの口が言っているんだーー
「それよりも! ……ひさしさん、ご飯を粗末にする人だったのがずっと許せないと思っていたからです。些細なことかもしれないけど私には我慢ならなかった。あと……どうやらこのまま一緒に暮らしても明るい未来はないそうなので、ここでさよならです」
「判決は下りました。では神の裁きを……」
ミナが道を開ける。
ひさしは掃除機に吸われるように外へ。
「まってくれ!」
それが最後の言葉であった。
「あの人、侮れませんね。私は十分に反省していると見立てました。私も鬼ではないので、それなら更生のチャンスを与えたのですが……祥子さんは何気ない習慣からこの人は駄目だと見抜きましたか。やりますね」
「いえ。それよりも……なんだか私には少し遠い未来が視えてしまったのです。その未来は悲惨なものであったからです」
「それはそれは。凄い能力ですね」
死者が、夫が蘇っても喜べないとは。再び冥界送りにさせてしまった。
「あなたは何者なんですか? ひさしさんに復讐するにしてもやり方が……」
「祥子さんと同じ人種です。祥子さんに未来が透視できるように私もそんな凄い能力があるのです」
比喩で言ったつもりが、あれは気のせいではないというのか。
とても鮮明で、具体的ではあったから信じてしまったが。
「山口さんはどうしますか?」
山口は……ご飯を粗末にはしない。
何より山口には動機を聞き出したい。なぜひさしの悪事に協力したのか。
「ひろみは生かしましょう。あの日へと戻してください」
そうか、あの日の私は……。
「かしこまりました。では行ってらっしゃいませ」
ミナはにんまりとする。
辺りが引きちぎられているようだ。
……そしてそれはまた収縮して同じく玄関の前、昼間になっていた。
このままずっとここに居るわけにはいかない。ご丁寧に太ももの上には翔子の靴が置かれていた。
横には一通りの荷物がまとめられたお馴染みのリュックサックも。
モザイク加工されたガラス越しにはリビングで寝そべっている翔子がいると分かる。
立ちあがろうとした時に滑ってしまい物音を立ててしまう。
これはまずいと台所まで早足で行き、そこの戸口から外へ出る。
そういうことだったのかーー
少し歩くとひさしの車が通り過ぎる。
祥子は後ろを振り返るとそのままスマホを手にして山口に電話をかける。
「もしもし。うんとね……私、ひさしさんと別れることにした。だから今からそっちへ行くね」




