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その動画ファイルをクリックする。
『見てください、いきなりすごい風が吹きました』
というひさしの音声と共にアングルを上げてザーッと音を立てながら高い木々が揺れているのを撮影している。
語りが敬語なので第三者がこの映像をいずれ観ることを見越しているようだ。
『これは……来るなと警告を受けているようです。あの小屋です。あの小屋を見つけたらこのような風が……』
それでもひさしは撮影しながら前へ進む。パキッと枝が折れる音。
急斜面の獣道を登りどんどん小屋へと近づく。平面になった所で立ち止まりじっくりと小屋を映した。
『……ここから先へ行くと……もう命の保証はないかもしれない。せめてこの映像だけでも誰かに託せたら……』
ぜぇぜぇと息が荒くなっている。遭難したわけでもないのに命の危険すら感じているようだ。
横へ地震のようにぐらついている映像。ひさしは小屋へと接近する。
「風の音がいつの間にか止んだ?」
祥子が指摘する。
「そういえば……周りが一気に静かになっているね。ひさしさんの吐く息は録音されているけど」
「これ、小屋まで来たらもう無音になっていない? おかしいよ。かすかな雑音すら入ってないなんて」
カメラはガラス窓から中を撮影しようとしていた。
「……なに、この黒い、長い影……」
山口が目を細めて言った。
「ベッドの上に人が寝ている?」
そう祥子が言うとカメラを下げたのか、地面が映ってそこで映像は途切れた。
数秒、黙っている二人。
「最後ひさしさんの足元が映ったから地面なんだろうけど なんか変な色じゃなかった? 紅葉の色みたいで」
祥子が口を開く。
「私的には琥珀色に見えたかな」
そんな何色に見えたのかはどうでもいいと山口は思うと……。
「なんでここで録画停止したんだろう。一番肝心な所だと思うけど」
「やばいって思って下げた感じするよね。映してはいけない何かだったんじゃないの?」
「……私達も行ってみようか。映像も写真もないならこの眼で確かめるしかない」
出発前の昼食は最後の晩餐のような面持ちであった。
白米に筋子に芋煮と山口はあまり口にしたことがない昼食を取る。
田舎の米は美味いと二杯、食べてしまった。体重のことは今日は気にしないことにした。
「ご飯、一粒残らず食べてえらいね」
「こんなに美味しいお米なら一粒でも残すのはもったいないって!」
米粒を残らず食べる……。
そういえば米粒を一粒でも残してしまう人を理解できない人が世の中にはいる。
今日はたまたまあまりにもの美味しさに残さず食べたが、自宅ではそんなことを気にせずお椀を流しへ持っていっている。
ちょっとした面目を保ててラッキーだと思う山口。
「鍵、閉めなくていいの?」
「あぁ、いつもの癖で。閉めた方が良いかな?」
山口からしてみれば防犯のためにも閉めた方が良いに決まっているのだが、ここらへんが田舎に住む者と都会に住む者の違いなのか。
「平和なんだね、ここ」
植木が並ぶ壁の脇にはちょっとした隙間があった。そこを通ると裏には畑が広がっている。
「ここ、この家の敷地内じゃないの? 勝手に入って良いの?」
左にはブロック塀で区切られている家と畑へ出るためにある鉄柵の扉が側面にあった。
「この先にも家があるんだけど、ここを通る方が近いから私達は通って良いことになっている」
「ほんと田舎って住人同士の距離が近いんだね」
畑との境界線のような細い道を歩く。その途中にも民家が何軒かあるのだが……。
「ここは空き家? 人が住んでいる気配がしないけど」
「そうなのかな。私はここまで来たことがないからよく分からない」
鉄のゴミで作られたような平屋。カーテンは外れかかっており玄関前の自転車もタイヤが一つ欠けている。
舗装された道に出た。左右に道が伸びている。正面は段差があり農園がある。
「あれ、ひさしさん曰くこのまま進めば山へ入れる入り口があるって言っていたのに」
「山ってどの山のことを指しているの?」
「どれだろう……あれかな?」
農園の先にとんがり帽子のような山があるが……。
「遠くない? あそこまで行くと住所がだいぶ変わるんじゃ……」
迷ってしまったらしい。二人は引き返す。
「見渡す限りここら辺は山というより丘ならたくさんある。ひさしさん、作家のくせにその区別ついていないかも」
戻りながらそう愚痴る山口。
「その丘も……そこまで近いわけじゃないよね」
こうしてスタート地点まで帰って来てしまった。
「こうなったら……ミナさんって方にメールして聞いてみるしかないか」
「どうやって聞くの?」
「……ひさしさんの意志を継いで私達が調査することになりましたって言えばワンチャン」
山口は騙すこともぼかすこともせずひさしの不審な死に方まで洗いざらい記してメールを送った。
「送信は……できた。このアドレスはまだ有効みたい」
そこからは各々ブレイクタイムとなる。
夕飯の時間がくると祥子は出前で寿司を注文してくれたのでまた山口の体重は増えそうだったが気にしなかった。
「地域によって醤油の味が変わるって本当だったんだね」
「どっちがいい?」
「うーん……」
と夕食も楽しんだところでパソコンのメールボックスをチェックしてみた。
「きてるよ! ミナさんから。早い、三十分後には返信きてた。……なに、画像だけ」
本文はなく画像データだけが添付されていた。
「地図だ。手書きの。ここって……」
スタート地点から線が引かれており矢印の所へ行けと言っているのだろう。
「畑の真ん中にある家だから、あの空き家っぽいね」
「そこへ行けってこと? そこに何があるの」
「小さく文字が書かれていない? アップにしてみて」
「うん。……ここに隠し通路がありだって!」
「隠し通路? そこからひさしさんが行ったあの小屋まで行けるってこと。嘘だよ。どうやってあそこからあんな木々に囲まれた場所へ行けるっていうの?」
「真偽はさておき行ってみるしかないでしょ」
「もしかして今から? もう暗いから明日にしよう」
「それが、そういうわけにもいかないみたい。右隅にほら」
「タイムリミット今日まで……」
そう右隅に書かれていた。
「なんで時間制限なんてあるの? 明日になったら行けなくなるなんてますます怪しいよ」
「でもひさしさんは行けた。きっと特別な穴があるんだよ。いつまでも開いているわけではない」
山口は祥子とは対照的に真に受けている。
「特別な穴? もうやめてよ、トトロじゃないんだから」
「そんなに信用していないなら私、一人で行ってみる。その方が良いかもね。安全な所で待機している人も必要。もしもの事があったらよろしくね」
山口は一階へ行くと持参してきた懐中電灯を手に出ようとする。
「ちょっと、本当に行くの?」
山口は行ってしまわれた。祥子だけが取り残される。
「暗い時間になんで皆んな行きたがるんだろう……」




