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 山口を先頭に二階にあるひさしの部屋へ。



 祥子は山口のふくよかな身体を盾にするようにくっ付いていた。



「開けていい?」


「いいよ」


「祥子、もしかしてひさしさんの部屋へはあまり入ったことがない?」



 客である山口の方が先導しているみたいでそこが気になったみたいだ。



「そりゃあ、ひさしさんは自分が何を書いて仕事しているのか知られたくない人だったからね。仕事部屋に入るなんてご法度だったよ」


「一度も?」


「うん」



 祥子ですらここへ引っ越してきてから入ったことがないひさしの部屋。これはもはや赤の他人の部屋に入るのようなものか。



「さすが作家の仕事部屋。すごい本の数。それになんか……男の部屋の匂いって感じがするね」



 びっしり本が詰まった三つの本棚に床にも本が散らばっている。十帖ほどの部屋だろう。



「女性の部屋ではこんな匂いしないけど、それにしてもなんか……この匂い、変じゃない?」



「長らく換気していないからじゃない。布団があるけど、ここは寝室でもあるの?」


「うん、追い込みの時期は殆ど部屋に出ずに缶詰めになっていたから体力の限界がきたら椅子から転がるように寝てたみたい」



 中央の壁際に置かれているデスクにはノートパソコンと32インチほどのデスクトップが。USBで接続するキーボードもあったのでパソコンは二台あるようだ。



「パソコン……この中身を調べることができれば何かが掴めるはず」


「そんな勝手にいいのかな」


「何、言っているの。もうひさしさんは……」



 この先は言わなかった山口。



「ごめん。とはいえパスワード分かる? 分かるわけないよね」



 今どきロックがかかっていないスマホ、パソコンはほぼない。この壁をどう突破するか。



「あれ、このメモ……英数字がやたら書かれているけど、これパスワード一覧じゃない?」



 祥子がデスクの上にある一枚の紙に注目した。



「あっ……アマゾン、2265a m……そうだよ! これサイト毎に設定してあるパスワード一覧だ。

 うわ、こりゃあサイト毎に全部パスワード違うんだ。しかもどれも数字とアルファベット大文字、小文字を組み合わせて作ってある……長いし。これだけあれば一枚の紙にまとめておかないと絶対に忘れるよね」


「その中にパソコンのパスワードもあったりしない?」


「あるかな……おっ、一番上にPCって項目がある! これじゃないか」



 山口はマックのノートパソコンを開いて入力してみる。



「違う……そうか、これアルファベットのオーじゃなくて数字のゼロか! よし、ビンゴ!」


「やったね!」



 ハイタッチをする二人。



 スマホなどの電子機器ではなく一枚の紙にパスワードをメモしてくれていたおかげで第一関門は難なく突破した。



「じゃあ……どうしよう。メールボックスから見てみますか。高そうなトラックボールマウスだな」


「今のマウスってそんな丸いボールがあるんだ」



 祥子はあまりパソコンが得意ではなさそうだと思いながらもメールのアイコンをクリックする。



「メール件数、十万超……これをいちいちチェックしなければいけないのか……あっ、フラグを付けたメールもある」



 これは特に重要なメールは別途、仕分けされてあるということだ。



「たった三通のメール……これは」



 十万通以上のメールからこの三通だけが振り分けられている意味は大きいはずだ。



『なぜ私はあなたに依頼したのか? そちらこそ私が誰なのかは分かっているのではないでしょうか。池袋にはよく来られるのですか?』



 一通目、順番としては一番上にあるメールをクリックしたらこんな文章が表示される。



「なに、これ」



 山口はここから穏やかじゃない感情を受け取った。



「この三通のメールは……取材依頼のやり取りみたい。多分、最初はSNS上で接触をしてメールに切り替えている。それでひさしさんにこの人はある噂について取材してほしいとお願いした」



『私の住む近辺で夜な夜な人のうめき声が聞こえてきて、どこかに人が閉じ込められているんじゃないかという噂があるのです。これを調べてはもらえないでしょうか? 場所は……』



 その場所が……とても身近な住所であった。



「祥子ここって……この家の住所と大部分、一致しているよね?」


「大部分どころか番地まで……下三桁以外は一緒だよ」


「日付けが……ここへ引っ越して来る前だよね? それどころかまだ小説も書いていない時期。ひさしさんはそんな前からここへは来ていたことになる?」


「うん、時期的にまだひさしさんがアルバイトしていた時でかなり前だね。……この取材、引き受けているの?」


「送信済みメールを見てみればどんな返信をしていたか分かるからはず。検索してみよう」



『こういうオカルト的な調査はあまりしたことがないので興味はあるのですが、ところでなぜミナさんは私なんかに依頼してきたのでしょうか? こういうネタが好きで記事や動画を投稿している人ならたくさんいると思いますが』



 ひさしは前向きな返信をしているとはいえなぜミナという人物は自分にオカルト的なネタの取材を依頼したのかを聞いている。その返事が……。



「このメールから私が誰なのかそちらは分かっているのではないでしょうか? って返したってこと……。ひさしさんはこれでこの人とのやり取りを終えているみたい」



 それはどういうことか? とは問い詰めていないようだ。



 変な人だから関わるのを止めようと思ったかもしれないが。



「池袋にはよく来られるのですか? ってどういうこと?。池袋と言えば……」



 山口は祥子の方へ向く。



「私達が働いていたコンビニが池袋駅前だよね。アルバイト先だからそりゃあよく行っていたけど……」



 だからなんだと言うのか。



「このミナさんって方、ひさしさんが池袋で働いていたことを知っていたならちょっと怖くない?」



 祥子は大きな不安に駆られる。



「……写真アプリを見てみようか。取材に行ったなら写真くらい撮っているんじゃないの」



 山口はこの不安を紛らわせようと切り替えた。



 メールと同様、数万枚と保存されてある写真アプリには十年前に撮った写真まであった。



「こうしてみるとこの頃の二人でも若いって思えるね」



 それはひさしのこれまでの人生の軌跡、思い出でもあった。



「なに、この鳥居……すんごい山の中にあるけど」



 その中で異質に光る写真が一塊にあった。



 観光客で賑わう神社ではないだろう。廃神社と思わせるほど苔生した鳥居。



「今度は手入れがされていなさそうな祠……神社と言えるほどではないね。祥子はここどこだか分かる?」


「分かるわけないよ。私は行ってないし。なんか入念にこの周りを撮っているね」



 世紀の大発見でもしたかのように五十枚近くの写真群であった。



「その祠の上に……木造の小屋があるみたい……」



 祠は窪みのような所にあり、その上にはなぜだか休憩所のような小屋。



「もう絶対に触れてはならない小屋じゃん……ひさしさんってこんな廃墟を巡る趣味ないよね」



 ここを通過すれば湿った天気から回復して、晴天のような写真に戻る。



「ないない、私も聞いたことがないよ。……これは行ったんだろうね。メールで書いてあった噂の場所へ。人が閉じ込められていて、うめき声が聞こえてくるこの小屋に」


「どこにこんな場所があるの? この家の周りは農園ばかりだし」


「もしかしたら……駐車場の、植木の先にあったりするかも? その先には山の入り口あるってひさしさんが言ってた」


「これは……どうやらひさしさん、引っ越した後もこんな恐ろしい所へ行った可能性があるね……あれ、写真だけかと思ったら動画もある!」




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