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 石上祥子(いしがみしょうこ)は洗濯物を庭へ干すと暖かい日差しを浴びて眠気がやってきたのか、リビングの床に寝そべってしまう。



 ドタ。ドタッドタッ。



 何やら慌ただしい短い足音が廊下の方でした。祥子はそれにビクッと飛び起きる。



 夫の石上ひさしは車で買い物に行った。この家には祥子以外はいないはずである。



 ひさしが戻って来たのか?



 祥子はリビングを出て横に伸びる廊下を見るが左右を見ても誰もいない。



 砂利が擦れる音が外から。



 間もなくガチャと玄関が開いた。ひさしだ。



「あれ……祥子……なんでここにいるんだ?」


「なんでここにいるって……」



 妻に対してなぜ家の中にいる? それはここが私達の家だからとしか言いようがない。



「いやさっき、外で祥子が歩いているところを見たばかりなんだけど。戻って来るの早くない?」


「私は庭で洗濯物を干し終わって中に入ったところだけど、どこで見たの?」


「いや、庭じゃなくて車で引き返している時に反対側から祥子が歩いて来て……リュックもしょっていたしどこへ行くのかなって……」


「歩いて出掛けるわけないじゃない、見間違いじゃない。ところでどうして戻ってきたの?」


「俺は今日、捨てる予定だった牛乳パックを忘れたから」



 祥子以外はいないはずの家から足音がしたと思ったらひさしはひさしで気味が悪いことを言ってくる。



 足音が聞こえたタイミングとひさしが引き返してきたタイミングから足音はひさしではないだろう。



「ねぇさっき、帰って来る前に中で足音が聞こえたんだけど」



 家の中を隈無く回ったが侵入者も、荒らされたと思われる痕跡もなかった。



「気のせいじゃないのか」



 それでお終いとしたかったが夫婦揃って奇妙な事に遭ったと報告があった。



 双方の間に不穏な空気が流れていた。




 二人は夕食をニュース番組を観ながら食べている。



「なにこの音?」



 祥子は言う。



「警報が作動した音? 火災でもあったか?」



 ジリジリ……とベルのような音が外から聴こえていた。



 ひさしはリビングを出て外へ。



「どうだった?」


「周りに異常はないと思うけど、どっから音が鳴っているのかは分からない」


「あっ、もうやんでいる?」


「そうだな」



 インタホーンが鳴る。



「誰?」



 ひさしは無言でまた玄関へと行く。



 世話好きそうな中年女性の声が響く。



「こっちも気になっていたんですけど、どこから鳴っていたんでしょうねー」


「なんだ平林さんか」



 ご近所さんがあの音が気になって尋ねてきたみたいだ。



「平林さんだった。あの音が気になってわざわざ確認しに来たみたい」



 ひさしが報告する。



「なんか聞こえていたのはうちだけじゃないと思ったらちょっと安心しちゃった」


「どういうこと?」


「えっ、わからない?」



 ピンポーン。また訪問者が来たようだ。



「……今度は誰?」


「何か通販で注文した物が来る予定は?」


「ないよ」



 カラスが低く鳴く。



 ひさしはなかなか動こうとしなかった。



「どうしたの、出ないの?」


「すみませーん!」



 これは女性の声か。幼さが滲み出ているような声色で訪問者は言う。



 どこかの犬が吠えた。



「誰の声だと思う?」



 ひさしは祥子に聞く。



「分からないよ。こんな声の人いたかな」


「これには出ない方がいい」


「えっ……」



 出ない方がいいとはどういうことだ。



 祥子はここから言葉を発する気にはなれなかった。ひさしもずっと黙っている。



 だが玄関の方はじっと見つめていた。



 いつまでこの膠着は続くのか?



 ひさしがスマートフォンを手に取り耳に当てる。



「もしもし」



 その刹那、重く張り詰めた緊張の糸がプツンと切れたみたいだ。



 それまでそんな緊張があったことすら自覚がないように祥子は仰け反る。



「いったな」


「いった?」


「さっきの声の主はいなくなったってこと」


「そう……誰に電話をかけたの?」


「山口……すまない。操作ミスでかけてしまった。うん、ごめん」



 と電話を切るひさし。



「なんでひろみに電話を?」


「誰でもよかったんだけど……祥子とも仲が良いし」



 座るひさし。夕食の残りを食べ始めた。



 あの訪問者は何者であったのか?



 ひさしは何かを勘づいているような気がするが、祥子はしつこく追求する気にはなれなかった。



 今はただ何かに解放されたように頭がクラクラする。



 ひさしはそこから急い夕食を食べて二階の自室へ行く。



 テーブルにある食器を祥子は見つめている。



 それは何やら不満のある表情であった。




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