七月二六日
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去年の七月二六日。
県大会決勝の日。
前日から続く発熱で、僕は深い眠りについていた。朝七時にセットした目覚ましに反応することは出来ず、起床して時計を見ると、既に九時を回っていた。
僕は全身に倦怠感と寒気を感じていた。立っているのも辛いくらいに、ふらつきが強く、頭がくらくらとしていた。
家。
生まれてからずっと暮らしてきた実家。二階の自室から、ふらつきながら階段を降りて、居間へ行った。
「陽太! ちょ、ちょっと、起きてきたらダメじゃない」
お母さんが慌てた様子で言った。
前日の高熱を見て、お母さんは、
「とてもじゃないが試合は無理よ。明日は残念だけど休みましょう、チャンスは来年もある」
と言っていた。
正論だった。
三八度以上の高熱を出した人間が、たった一日で、炎天下のグラウンドで野球なんて出来るはずがない。
しかし、僕は納得していなかった。せっかくきたチャンス。
確かに来年もその機会はあるかもしれない。でも、ないかもしれない。勝負なんて時の運だ。雄大みたいに、「勝ち負けは全て実力だ」なんて言えるほどの自信はない。
何が起こるかなんてわからない。
「試合行く。送っていって」
僕は立っているのも辛いその状況で、お母さんに言った。決勝の時間は、午前一〇時から。場所は県営大宮球場。相手は雄大が所属する大宮学院である。
「何言ってるのよ、陽太。無理よ試合なんて」
お母さんは怒ったように言った。
「そうだぞ、陽太。気持ちはわかるが、今回は諦めるしかない」
隣に居た、父も言った。
僕に共感の姿勢を見せながらも、堂々とした態度だった。
「大丈夫だよ。行ける……、行きたいんだ」
「ダメ。もう、監督には昨日連絡しておいたから。明日は申し訳ありませんが休みますって」
「は? なんで……ゴホゴホ……、、そ、そんなこと言ったんだよ!」
大きな声を出そうとしたら咳き込んだ。
喉の調子がおかしい。鼻も詰まっているような感じがした。
わかっていた。とてもじゃないが野球なんて出来る体調じゃない。
でも、チームメイトと一生懸命に勝ち上がってきたその最後に、自分がいられないことが悔しくて仕方なかった。
思えば僕は子供だった。
もし、無理して試合に出ても、病人だ。どうせ大したピッチングは出来ない。打ち込まれるか、四球を連発して、試合を壊すことになっていたに違いない。試合に出たかったのは、ただのわがままだ。
みんなのためを思うなら、休む、という勇気も必要だった。でも、燃え上がった闘志を抑えることは出来なかった。
「連れてってよ! お母さん」
県営大宮球場までは狭山市からだと車で一時間三〇分くらいかかる。
電車だとバスにも乗らないと行けないのでもっとかかる。
いつもは学校から部で借りたバスで行っていたが、既に九時過ぎ。バスはとうに出発している。
「ダメだ、陽太。諦めろ」
「なんで……、いけるよ。やれるよ、お父さん」
「いや、無理だろ。それはお前が一番わかってるんじゃないのか?」
お父さんは、小さいころから僕の野球人生を支えてくれていた。子供のころは休日にはあずま園に連れていってくれた。グローブやバットを買ってくれたのも父だ。
いつもサポートしてくれていた。
お母さんもそうだ。
小学校の時からずっと、毎週末弁当を用意してくれたし、泥だらけになったユニフォームを一〇年間、洗濯してきてくれた。
栄養のことだって教えてもらった。
二人がいたから、僕は野球を続けてこられた。
私立の桜ケ丘の学費は決して安くはない。その学費も、部費や遠征費も、負担してくれたのは両親だ。
お父さんは毎日、残業して家に帰るのは遅かったし、お母さんは時々、パートをして家にお金を入れていた。
詳しくは知らないけど家計は苦しくはなかったみたいだ。でも、別に裕福だったわけでもない。
夜中に、学費の話を二人が険しい顔でしているところを見たこともある。両親には感謝している。僕のことを一番わかっているのは二人だ
「なあ? 無理して試合に行ったところでみんなに迷惑かけるだけだって陽太もわかるだろ? 今日は休もう。な?」
語り掛けるような父の優しさが胸に染みた。痛かった。心も体も、全てが痛い。それは風邪のせいじゃない。
「……わかった……」
と僕は力なく言った。
納得なんかしてなかった。悔しくて仕方ないし、意地でも試合に行こうと思っていた。でも、二人にわがままは言えないと思った。
「そうだ。偉いぞ、陽太」
「そうそう。大人だよ、陽太」
「……うん」
「今日はテレビでみんなを応援しよう」
「雄大君も出るんだよね? わー、お母さん、なんか、ワクワクしてきたよー」
「そう……、ちょっと部屋に行く」
僕は一度納得したフリをして部屋に戻った。
ユニフォームやグローブ等の野球道具は、昨日、熱にうなされながらも用意はしてあった。大きなスポーツバックに全て入っている。
ベッドに座ってスマホを見た。時刻は九時一五分。一〇時の試合開始にはもう間に合わない。
「八千三〇〇円……」
ネットでタクシー料金を調べた。高いがお年玉を貯金してあるので払うことは出来る。
画面を見ていると歪んで見えた。こんな体調で重いバッグを抱えて、電車とバスを乗りついでいくのは無理だ。
「タクシー、か……」
体がおかしい。。
でも、マウンドに立ったらなんとかなるような気がした。ずっとやってきた野球だ。体が覚えている。そんな暴論を信じようとしていた。
「……ゴホゴホ……、よし……行かないと」
バックを担いで階段を降りた。
だがその途中で、バックの重さに体調不良の体が耐えられずバランスを崩して、階段から転げ落ちてしまった。
――ドシャアァァァアン。
と大きな音がした。膝と頭を打った。痛い。だがそんなこと気にならない。早くいかないと間に合わない。僕は起き上がろうとした。その時、物音に気が付いた父と母が慌てた様子でやってきた。
「陽太! 何してるの!」
お母さんの声は怒っていた。物わかりの悪い僕に幻滅していた。
「何度言ったらわかるのよ! 試合なんて無理に決まってるでしょ! その体調で!」
「でも……ゴホゴホ……行きたいんだ! お母さんにはわからないよ。この気持ちは!」
「わからないわよ! でも無理! 試合なんて行かせられない! 親として!」
「うるさいな! 行くんだよ! 止める権利なんてお母さんたちにはない!」
「あるわよ! だって親だもん! 息子がそんなに調子悪そうなのに、野球なんてさせられるわけないでしょ!」
「もう子供じゃないんだよ! 親の許可なんていらないよ!」
「そういうことじゃないのよ! お母さんの気持ちなんて陽太にはわからないでしょ!」
「わからないよ! とにかく行くから! 俺は……」
と寝ころんだ姿勢から起き上がろうとした時、異様な立ち眩みを感じて、再び、倒れこんでしまった。
「陽太! 大丈夫?!」
「うぐ……ぐ、くそ……くそ」
僕は悔しさにさいなまれた。行き場のないパワーをぶつけるために、何度も床を叩いた。
「くそ! くそ! ……なんで、こんな時に……」
「陽太……」
お母さんの同情するような目が嫌だった。
そしてこんな時に体調を壊した自分がもっと嫌だった。結局、体調管理が出来ていなかった自分が悪いのに、それを認めることが出来ず、足掻いている自分が情けなかった。
「もういいわ。もういいよ。陽太……、わかって」
お母さんは若干、涙声で言った。
「嫌だ! 嫌だよ、俺は行くから」
と言うが体はついてこず、立ち上がれなかった。そんな時――、静観していたお父さんが言った。
「わかったよ、陽太」
変わらず堂々としていて落ち着いた声だった。
「え?」
「行こう、試合に」
その言葉が信じられず僕は混乱した。
「え?」
「車で送ってやる」
「ちょ、ちょっとあなた」
「いや、いいんだよ。陽太は止めても試合に行きたがるだろうし、それにここまで思いがあるんだったら、きっと行かなかったら一生後悔する」
お父さんは冷静に、僕の目を見て言った。
「連れて行ってやる。ただし……、試合には参加しない。見に行くだけ。応援するだけなら連れて行ってやる」
「え……」
「その意味、お前ならわかるよな? 陽太」
お父さんは僕を認めてくれていた。
お母さんもそうだ。小さいころから鈍くさくていじめられっ子だった僕だけど、二人はそんな僕を否定することなく、見守ってくれていた。毎日、朝早くランニングに行く僕を優しく送り出してくれた二人の笑顔。二人の優しさが僕をこんなにも大きくしてくれた。
その信頼は裏切れない。お父さんのその問いかけが、悔しさに支配されていた僕を冷静にした。
「……うん、わかった」
「よし、偉いぞ、陽太」
これはただのわがままだった。
僕が欠場するのなら、代わりに誰かが穴を埋める。それが野球だ。みんなで協力し合って戦う。チームスポーツとはそういうことだ。
思えば僕だってレギュラーじゃなく、元々は三番手ピッチャーだったのである。
ワンフォーオール、オールフォーワン、一人はみんなのために、みんなは一人のために。
「じゃあ行くぞ、陽太」
「んもうお父さん、仕方ないわね、私も行くわよ」
「お母さん……」
「電気だけ消してくるから待っててね」
「ごめん……なさい」
「誰に似たのかしらね、その負けず嫌いは」
それから数分後――、父が運転する軽自動車に乗って県営大宮球場に向けて出発した。
国道一六号を東へ進んだ。衣料品店や大型家電量販店を通り抜けて車はスピードを上げた。
その先で――、事故に遭った。




