試合②
*
十分後。
「今日はありがとうございました。すいません。開始が遅くなってしまって」
試合終了後、僕は対戦相手のおじさんに頭を下げる。人のよさそうな五十代くらいの男性で、七夕通り商店街で酒屋を経営しているらしい。今日は祭りの運営の傍らでこの試合に応じてくれた。
「いやーいいよ。楽しかったよ。こっちもさ、祭りの合間合間で色んな人が参加してしまって悪かったね」
「いえ、楽しかったです」
結果は二十二対二十三。王川ヤンキースの勝利だった。勝利投手は秋山蒼衣。セーブは僕。こんな試合も悪くない。
「また声かけてよ。ああ、それとキミと、そっちの背の高い子、すごいね? 現役かな?」
と僕と雄大に視線を送る。
「え、ええ。まあ、そんなとこです」
「へー。まあ頑張ってよ。夢を追えるのは若いうちだけだからね」
「は、はい……」
とおじさんはスマホに着信があったのかポケットに手を入れる。「じゃあ、もう行くよ。キミたちも花火見ていくんだろう?」
このあと、夜の七時頃から一万発の花火がある。七夕祭りのメインイベントだ。
「楽しんでいってねー」
「はい……」
「じゃあ」
とおじさんは手を振って去って行く。……が急に思い出したように振り返って
「あー、あとアンダースローの女の子ピッチャー、太ももが素敵だったよー」と去り際にとんでもないことを言った。
「いやー、祭りの日にいいもの見せてもらったー。いやー、ホント若いっていいねー!また見せてねー!」
なんて興奮したように言って、笑いながら運営に戻っていった。
「はは……」と僕が呆れて笑うと、隣にいた蒼衣が「ちょっと! なんで笑うのよ!」なんて軽く肩を小突く。「そんなに変だった?」とパーカーの裾を引っぱって足を隠そうとする。
「いや、可愛かったよ」
「バカ!」
と今度はもっと強く肩を叩かれた。ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くした蒼衣は嘘じゃなく本当に可愛かった。
「バカ……、なんだから」
「でも……楽しんでくれてよかったよ」
蒼衣のために頑張って準備してよかった。
「うん……、ありがとう陽太。それにみんなも」
と試合終了後、荷物をまとめているみんなに頭を下げる。
「私のわがままに応えてくれて、本当にありがとう」
「ホントだよな。これで負けたらどう責任とるつもりだよ」
と雄大が空気を読まない発言をする。
「大ちゃん……、ホントにごめん。甲子園、明後日からなのに。こんな遠くまで来させちゃって。それに軟式までやらしちゃって」
軟式でリズムを崩したらと心配している。
「ホントにそうだよ」
「ごめん……」
「でも気にすんなよ」
「え?」
「このくらいでおかしくなるほど、半端な鍛え方してないから」
と雄大は自信たっぷりに言った。
「三日後の開幕戦、ホームラン打って勝つから、見ててくれよ」
「……う、うん! 応援する! 頑張って!」
「任せろ」
雄大の言葉はいつも自信に満ちている。それはあのころから変わらない。
「ヒナも、ちゃんと約束守れよ」
「おう」
「じゃあ、俺帰りの電車あるから、もう行くわ。楽しかった。じゃあな」
と雄大は足早にグラウンドから走っていった。気がつくともう西日も沈みそうである。時計を見ると時刻は六時三〇分を回っている。空は急速に薄暗くなる。
「じゃあ私たちもそろそろ……」
とあかりと諒が挨拶に来る。
「軽くお祭り回ってから花火見て帰るよ」
二人は付き合っている。二人だけの七夕をこれから楽しむのだろう。
「うん……、ありがとね、あかりん。諒ちゃん」
「蒼ちゃん……、また遊ぼうね。池袋来てね!」
とあかりは華やかな顔で笑って諒と共に空に消えていく。
「なあこれからさ、俺の家で久しぶりにみんなで話そうか-、なんて話してるんだけど、蒼衣たちも来る?」
と清純が提案する。
「晴臣はちょっと忙しいらしくて来られないらしいんだけど、蒼衣たちはどうする?」
清純、翔、夏海。別に気まずくもないが、夏海が蒼衣に感じている気持ちは察している。それは当人同士もわかっていること、だと思う。
「あれ? 晴くんは?」
と蒼衣が辺りを見るともう晴臣はいなかった。
「帰った?」
「ははー、あいつー、ほんとこういう時、空気読まないよな。頭はいいんだろうけど」
清純が愛想よく言う。
「晴臣は晴臣で事情があるんだよ、多分」
家が借金苦で行きたい学校に行けないというのは、僕にはわからない。野球をやることは出来たのに、自分から道を閉じてしまった僕を、晴臣はきっと認めてくれない。でも今日、こうして来てくれたのは嬉しかった。
「陽太くんは蒼ちゃんと二人で花火見るから来ないよね?」
と夏海が素直な笑顔で言う。顔は穏やかだがその言葉は強く感じた。
「え? なになに? 二人ってそういう関係なの?」
と清純が茶化すように言う。
「違うよ!」
とちょっと焦って僕は否定する。蒼衣は動揺した様子もなく、淡々と、「うん。違うよ」と言う。
「なんだよー、怪しいぞー」
「そーだよ。怪しいんだよ。二人は」
と夏海は含みを持って言う。
「でも……、私だって同じだから」
大人びた顔。栗色の髪がちょっとだけ色あせた気がする。
「はは……? どういう……こと?」
と清純は意味をわかっていない様子だった。
「さあ? 陽太くんだったらわかるんじゃない?」
と夏海は他人事のように言う。
「ね? 陽太くん」
と笑った夏海の顔はちょっと恐かった。女の子の顔だった。
「……」
「まぁ、いーや。行こ、清純くん」
と夏海は清純に声をかけてグラウンドの外へ歩いていく。
「……? よくわかんないけど、来ないの?」
「どうする? 蒼衣ちゃん……?」
「後で行くよ。……でもごめん。ちょっとここにしばらくいたいんだ」
「……? わかった。じゃあ待ってるからな」
と清純は何かを察して話しを切りあげる。
そして夏海の後を追っていった。
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