〇八四 蜀軍炎上
~~~夷陵城~~~
「今だ! 城門を開け! 突撃だ!」
「夷陵城の孫桓軍が撃って出てきたぞ!」
「チッ! これじゃあ前線の本隊が奇襲を受けてるってのに救援にも行けやしねえ……」
「まずは夷陵城の兵を退けることに集中しろ! 我らが敗れれば戦線は崩壊する!」
「ああっ!? こ、後方から火の手が上がったぞ!!」
「火火ッ。綺麗な色してるだろ。燃えてるんだぜ、それ……」
「すでに別働隊を我らの背後に回していたか。
後ろから火に、前から敵に……これでは挟み撃ちだ!」
「クソが! 要は目の前の敵を蹴散らせばいいんだ!
籠城続きで疲弊した連中なんて物の数でもねえぜ! 俺に任せな!」
「よせ! 先走るな馮習!」
「馬鹿め! 籠城している間もワタシらは英気を養ってたアルヨ!
練りに練った気功を見せてやるネ! 奥義! 陳武烈火拳!!」
「うああああああっ!!!」
「くっ! 馮習がやられたぞ!」
「やむをえん。一丸となって前方の敵中を突破し、劉備陛下の本隊と合流する!」
「後退ではなく、前進して劉備と合流するつもりか。
だがそれはお見通しだぜ。今だ! 李異!」
「よおっしゃあああ!!」
「さらに伏兵だと!? いったいいつの間に背後に回りやがった!」
「お前らの軍の編成は、俺が益州にいた頃とまるで変わってねえ。
隙をついて裏をかくのは朝飯前だぜ!」
「くっ! 程畿殿! ここは俺が食い止めるから先に行け!」
「すまぬ!」
「しゃらくせえ!」
「ぎゃあああああ!!」
~~~武陵~~~
「な、なんだなんだ。孫権軍の数がやたらと増えてやがるぞ。
ぞ、族長!!」
「…………騒ぐな」
「は、はい!」
「……………………」
「な、なにも言わねえんですかい!
どうして孫権軍が増えたのかとか、俺たちはどうすりゃいいのかとか」
「…………騒ぐな」
「それはさっき聞きやしたぜ!
駄目だ! やっぱり族長とは会話が成立しねえ!
こ、こうなったら、馬良の旦那!」
「何も悩む必要はない孫権軍の戦力が増えた理由は単純に戦況が孫権軍の側に傾いたからに他ならないすなわち劉備陛下の本隊が陸遜軍に敗れたのだろうそこで孫権軍はかさにかかって我々も包囲殲滅に乗り出したというだけの話だ我々と武陵蛮の戦力が南でにらみをきかしているのは歩隲らにとっては面白くないことだろうからなおそらく山越や他の反乱鎮圧に向かっていた呂岱や賀斉の部隊もこちらに差し向けてきたのだろう我々と孫権軍の彼我の戦力差は大きいここは退却を選択するしかあるまい我々と武陵蛮がそれぞれ逆方向に逃げればかく乱と敵戦力の分散につなげられるだろう」
「こっちはこっちで会話のキャッチボールができねえ!!
ああ……なんで死んじまったんだよ杜路。族長と馬良が意気投合したのに驚いて、
そのまま心臓発作でぽっくり逝っちまうなんて馬鹿な話はねえだろうよ……。
おかげで俺は変人二人に振り回されっぱなしだぜ……」
「見つけたぞ! あれが頭目の沙摩柯だ!
早く殺せ! すぐにだ! 今すぐ殺せ!」
「落ち着きたまえ歩隲殿。敵はすでにワガハイの包囲の輪の中に入っておる。
あとは真綿を締めるようにゆっくりと輪を縮めるだけだ」
「能書きはいい! さっさとやるんだ!」
「やれ」
「はいはい。せっかちな御仁たちに囲まれてワガハイも気苦労が絶えないよ。
――さあ、敵は盆地に布陣している。まずは金貨の洪水で溺れさせてやりなさい」
「うおお!? や、山ほどの金貨を流してきたぞ!
こ、こんだけの金貨がありゃあ一生楽に暮らせ――
いやいや、その前に金貨の山に押しつぶされちまう!
族長! 馬良! さっさとずらかろうぜ!」
「……………………どくせ」
「へ?」
「…………めんどくせ。…………息をするのもめんどくせ」
「こ、このタイミングで族長がめんどくせモードに入った!!
ば、馬良の旦那!!」
馬良
「」
「い、いねえ! もう逃げてやがる!
さっきの二手に分かれて逃げよう発言はどこ行ったんだよ!?
杜路ーーッ! ツッコミが間に合わねえよーーッ!!」
「今です。捕らえなさい」
「……………………('A`)マンドクセ」
~~~夷陵 蜀 水軍~~~
「こ、黄権殿! は、早く船に乗ってください! 急いで退却しないと――」
「いや、これ以上乗り込んだら
時間がかかりすぎて敵に追いつかれるし、重くて船が沈むタイ。
おいどんのことは気にするな。おまんらは早く逃げるタイ!」
「し、しかし…………」
「がっはっはっ! 心配するな。船に乗れなかった5千の兵を道連れに、
討ち死にするつもりは無いぞ。おとなしく敵に降伏するタイ」
「こ、降伏されるのですか……」
「だが関羽将軍や張飛将軍の仇の呉に降るのはしゃくに障るタイ。
国境を越えて魏にでも降伏するつもりタイ。とにかくここでお別れだ!
元気でな陳式殿! 呉班殿! 早く退却するタイ!」
「そ、それでは、こ、黄権殿を見捨てることに――」
「黄権さん、合点承知の助でさあ!」
「ご、呉班殿!?」
「黄権さんはねえ、覚悟を決めたんだ。
これ以上アタシらが引き止めることは、その覚悟に対する侮辱ですよ。
ですからねえ、ここは御好意に甘えるといたしましょうや」
「………………」
「いたぞ! 劉備の水軍だ!」
「やっと出番キタぜ! ぜってー逃がさねーし」
「ほらほら、敵が追いついてきたタイ! 後は任せろ!
おいどんらは呉軍を足止めしつつ、北上して魏の領内まで逃げ込むタイ!」
「こ、黄権殿……。どうか御武運を!」
~~~夷陵 蜀 劉備軍~~~
「ご無事でしたか陛下!」
「程畿さん! 夷陵を攻撃してたのにここにいるってことは……」
「申し訳ござらん! 孫桓の逆襲にあい、撤退して参った」
「ほうか……。
わしが尚香さんとの婚礼で呉に来た時、幼い孫桓さんと遊んでやったものじゃ。
あの孫桓さんがのう……。尚香さんはいま何をしとるのかのう……」
「陛下! お気を確かになされよ!」
「――はっ。す、すまん。ちょっと気が遠くなっておったぞ……。
いかんいかん。こんな時こそ冷静にならんとな」
「我が軍の戦線は崩壊し、各部隊は散り散りになって逃げております。
一つでも多くの部隊と合流し、敗残兵を私の髭のように美しくまとめ上げましょう」
「う、うむ。ではこれからどこへ向かえばいいかのう」
「ひとまず馬鞍山へ逃れましょう。
あそこならば兵糧や軍需物資もある程度の備蓄がありますし、
見晴らしが利き戦況を把握できます。至急、各部隊へ連絡いたそう」
「だが馬鞍山へ集結しろと味方にふれ回れば、呉軍も集まってきてしまうぞ」
「我が軍のほうが圧倒的に数で勝るのだ。兵力を集中させれば形勢を逆転できる」
「なるほど。それならば――」
「傅彤は討ち取った! 次はお前の番だ劉備!」
「もう追いついてきたか! ここは私が顔のように美しく食い止める。
程畿殿は陛下をつれて早く馬鞍山へ!」
「お、王甫さん!」
「陛下! 早くこちらへ!」
「邪魔だ!!」
「抜かせん!!」
~~~夷陵 蜀 張苞・関興軍~~~
「范彊! 張達! チキショウ……どこへ行きやがった……」
「あんちゃん!」
「お前まだこんなところにいたのか。本隊へ戻れと言っただろ!」
「あんちゃんいいかげんにして!
范彊や潘璋の目的は、あたいたちの先鋒部隊を、本隊から切り離すことよ。
あたいたちが突出したせいで、本隊は撃破されちゃったわ!」
「そんなことはわかってる……。でも范彊らを目の前にして俺は……」
「………………」
「ほら、関興ももう諦めて戻ろうって言ってるわ。劉備陛下が心配だって」
「関興はなんも言ってねえだろ」
「関興の目を見れば言いたいことくらいわかるわよ!」
「お前らいつの間にそんな仲に――」
「だから違うって言ってるでしょ!」
「!?」
「ほらほら、どうしたんだいボクちゃんたち。
憎っっっくき潘璋さんはここにいるぜえ?
もちろん馬忠や范彊、張達も一緒だぜえ?」
「てめえら…………!」
「………………!」
「やめてあんちゃん! 関興!!」
「そうだ! 大義を見失うな若将軍ら!」
「り、廖化将軍!?」
「関羽将軍や張飛将軍は、常に漢室再興のため、万民のために戦われていた。
決して私怨のために戦うことなどなかった!
今一度、大義のために戦った偉大なる父君の姿を思い出すのだ!」
「大義のために……」
「………………」
「誰かと思えば俺らの捕虜になってた拳法家か。いつの間に脱走しやがった?
横からしゃしゃり出てきやがって。どけ!」
「さあ若将軍ら、ここは俺に任せて早く劉備と合流しろ!
劉備を失えば、関羽将軍らの夢も失われる!」
「母ちゃんや関羽将軍の夢……。天下万民のため……」
「あんちゃん!!」
「わかってる! 逃げるぞ星彩! 関興!」
「…………ッ!」
「余計なことをしやがって! てめえから殺してやる!」
「来い!!」
「ワッハッハッ! 無理をするな未熟者め! 手を貸してやるぞ」
「む!? てめえは誰だ!」
「ま、また出てきやがったな呂常! どけ! これは俺の戦いだ!」
「病み上がりの挙句、ワシに一発喰らってフラフラのくせに偉そうなことをほざくな。
安心しろ。手を貸すのはワシではない。お前の弟弟子だ」
「お、俺の弟弟子?」
「呂常師匠、こいつらがオヤジの仇か?」
「悪そうな顔してるッキャ。頭も悪そうだにゃ」
「ああっ!! こ、この男は……」
「か、関羽ちゃんの三男……関索!?」
「このツラ覚えていたか范彊に張達!
貴様らを倒すため、武者修行の旅から帰ってきてやったぜ!」
「キキッ♪ 索にゃんの修行中に出逢った鮑三娘も一緒だキィッ!」
「か、関羽将軍の息子が、呂常の弟子に……?」
「関羽のガキだと? ちょうどいい、親父のもとへ送ってやんよ!」
「て、敵はたったの四人だ! かかれーーッ!!」
「俺たちをただの四人と思うなよ!
ラァァァイトニングゥゥ! フィンガァァァッッ!!」
「きゃあああああっ!!」
「は、范彊!?」
「よそ見は禁物だキャ。必殺必中! 円月りぃぃぃん!!」
「いやあああああっ!!」
「は、范彊と張達が一撃で……。あ、あいつらはやばい……。
そ、そっちのジジイなら弱そうだ。死ねええ!!」
「んん? 見物に来ているだけのワシにわざわざ手を出すとは愚かな。
超級! 魔王! 幻影弾!!」
「ぐぎぇぇえええっ!!」
「馬忠!? こ、こいつら…………」
「ワッハッハッ。また関羽の仇をワシが討ってしまったぞ。
恨むなよ廖化。正当防衛だ」
「くそっ!! なんなんだよてめえらは!?
……退却だ! 退却しろ!!」
「に、逃がすか潘璋!!」
「だからお前はアホなのだあああっ!!」
「うわあああああっ!!」
「張苞らに大義を見失うと説教しておいて、自分は関羽の仇にとらわれるのか?
そんな暇があったらさっさと張苞らに合流して劉備を――。
ワッハッハッ。また気絶しておるのか。だらしのない奴め」
「……………………」
「あんだけ思いっきり蹴ったら当たり前だっキャ。
あいかわらず加減を知らないジジイだにゃあ」
「にゃーにゃーうるさいぞ小娘め。
――おい関索、廖化を蜀軍まで送り届けてやれ」
「俺が? 修行中の身だからあんまり表に出たくないんだけどな……」
「魏の禄を食んでいるワシが、のこのこと蜀軍の前に顔を出すわけにもいくまい。
行け。これも修行のうちだ」
「……わかりましたよ。なるべく目立たないよう送り届けよう。行くぞ三娘!」
「ラジャ!」
~~~馬鞍山 劉備軍~~~
「……集まったのはこれだけか」
「はい。先鋒部隊を率いていた張苞将軍、関興将軍らは行方不明です。
敵の追撃を食い止めていた王甫殿も戻りません」
「す、水軍は呉班殿に任せて大半は撤退させましたが、
こ、黄権殿は敵の足止めに残られました。
そ、そのまま魏に降伏すると言っておられました……」
「降伏ですって? 黄権将軍ともあろう方がまさか――」
「いや、わしらは黄権さんを見捨てたんじゃ。それもしかたなかろう。
張苞さん……関興さん……。わしは張さんや関さんになんと言えばいいんじゃ……」
「陛下! あなたがしっかりしなければ、我々は全滅の憂き目に遭いますぞ!」
「お、おう。すまんな程畿さん……。
わしがだらしないばっかりに苦労をかけるのう」
「いいえ。
陛下は万民が夢見る漢室再興、そして中原統一のためになくてはならない御方です。
どうか民のため、窮地を乗り切ることだけを考えてください」
「あ、ああ!」
「ここに現れない将は討ち死にしたと思っていいだろう。
現在の戦力でこの場を無事に切り抜けるためには――」
(夢……か。あの時、桃園で誓ったわしらの夢は破れてしもうた……。
こんな時、亮さんがいれば…………)
~~~夷陵 陸遜軍~~~
「陸遜、いや陸遜将軍。これまでの数々の無礼をお詫びいたそう」
「………………」
「将軍にこれほどまで遠大な計略があると知らなかった。
将軍の真意がわからずたびたび命令を無視してきた、我々が愚かだったのだな」
「武陵蛮に対する備え、孫桓殿へ救援を送らなかったこと、
黄権軍と水軍の進撃は見せかけだったこと、馬鞍山へと撤退すること……
あなたは全てを見抜いておられた。いやはや、感服しましたぞ!」
「………………」
「り、陸遜殿……?」
「…………ぐわははははは」
「へ?」
「ぐわははははは! 燃やせ! 焼け! 焼き尽くせ!
肉を、骨を、灰を、命を、魂までをも焼き尽くすのだ!
あまねくを灰燼と化し、ことごとくを焼却せしめるのだ!!」
「し、将軍……?」
「ぐわははははは! 韓当! 丁奉! 鮮于丹! 駱統!」
「お、おう……」
「何をぼやぼやしておる。火事だけにボヤボヤってか?
やかましいわ! さっさと劉備軍を根絶やしにしてきやがれ!!」
「は――ははッ!! ただちに!」
「し、出撃だ! 劉備を逃がすな!」
「殺せ! 殺しきり殺しまくり殺し尽くすのだ!
とっくに焼け死んでいたら骨を拾い灰をかき集めろ! ぐわははははは!!」
(わ……わからない! この男は何がなんだかわからない……!!)
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かくして蜀軍は壊滅し、劉備は死地に追い込まれた。
陸遜の包囲の輪が絞られる中、劉備に救いの手は差し伸べられるのか?
夷陵の戦いはいよいよ決着を迎えようとしていた。
次回 〇八五 馬鞍山に死す




