〇三五 見参!烏巣特戦隊!!
~~~許昌の都~~~
「あはは。苦戦しているようですね、殿」
「初戦で負けてから、袁紹君がすっかり慎重になってしまってね。
挑発しても陣に閉じこもったまま出てきてくれない。
あれっきり大将同士の一騎討ちにも応じてくれないし、
どうやら僕の狙いがばれているようだね。
将を前面に出さず、兵力に物を言わせた物量作戦を仕掛けてくるんだ。
たぶん賈詡君あたりがこちらの情報を流してるんじゃないかな」
「あはは。内通しているとわかっているのに処罰されないんですか?」
「逆に袁紹君の情報も僕に流してくれるからね。
罰したらそれが途絶えてしまう」
「これは愉快! まるで殿が賈詡に手玉に取られているようですな」
「しばらく会わないうちに口が悪くなったね、荀彧君。
――その賈詡君からの情報なんだが、
許攸君が僕に寝返りたがってるそうなんだ」
「許攸と言いますと、袁紹の謀臣の一人ですね。
信頼できる情報なのですか?」
「僕もいろいろ調べさせたが、
どうやら許攸君が孤立しているのは間違いないようだ。
いま袁紹君の陣営は、審配君と
逢紀君が牛耳っていて、他の者は冷遇されているらしい。
不満を抱えているのは許攸君だけじゃないと」
「それなら寝返りを受け入れましょう」
「その場にいない留守居役だからってあっさり言ってくれるね」
「だって許攸は手土産を持っているのでしょう?」
「そう。袁紹軍の兵糧基地を教えてくれるという。
よくわかったね」
「殿の最大の泣き所は兵糧不足ですからな。
その悩みを解消してくれる話だから、私に話してくれたのでしょう?」
「都に残っていながら僕の考えも、
戦況もわかるなんてすごいじゃないか。
千里眼、それとも安楽椅子探偵とでも呼ぼうか」
「ご冗談を!
兵糧不足のことは兵站を担当する韓浩から聞いただけです」
「なるほど、わかってみれば単純なことだ。
種明かしなんてするものじゃないね。
それじゃあ荀彧君の進言どおり、
許攸君の話に乗ってみるとしようか」
「乗らなければ兵糧不足で撤退するしかありません。
駄目元で乗ってみましょう!」
「やっぱり気楽に言ってくれるよ……」
~~~官渡 袁紹陣営~~~
「許攸が曹操に寝返っただと?」
「なんと時勢の読めぬ奴だ。
わざわざ圧倒的不利な状況の曹操につくとは!」
(この二人に牛耳られた袁紹軍よりも、
曹操軍に味方するという選択は理解できる。それに……)
「これはただごとではないぞ。
許攸は我が軍の機密をよく知っている。
機密情報が曹操に筒抜けとなるのだ」
(そう、それが問題なのだ。
許攸は忠誠心も協調性も無い男だが、愚かではない。
その機密情報を用いて、曹操に戦況を逆転させる
目算があるから、寝返ったのだ)
「しかしこの名族の軍を打ち破る秘策などあるのか? んん?」
「……烏巣ではないでしょうか」
「なに? 烏巣の兵糧基地が狙いだと言うのか」
「曹操軍は兵糧不足に頭を悩ませている、
という情報をつかんでいます。
烏巣を落とせば、悩みを解消し、
同時に我々を窮地に陥れる一挙両得の策となります」
「はっはっはっ。烏巣には曹操軍に倍する十万の兵を配置してある。
しかも守将は特殊部隊を率いる淳于瓊だ。
もし攻めて来るならば返り討ちにすれば良いだけだ」
「それよりもっと良い考えがある。
烏巣を攻めるため手薄になった曹操軍の本陣を襲うのだ」
「なるほど! 曹操の首を挙げる好機だな!
その役目はオレに任せてくれ!」
「おお、たのもしい言葉である!
どうだ沮授よ、これでもまだ心配するか?」
「いいえ…………」
「急報です! 曹操軍が兵を二手に分け、
我が軍の本陣と烏巣に向かっています!」
「さすがに決断が早いな。もう動いてきたか。
それで兵の割り振りは?」
「本陣に三千、烏巣に五万です!」
「さ、三千だと?
烏巣に援軍を向かわせないための牽制にしては少なすぎるぞ。
それに五万も動員したら曹操軍の本陣はまるっきり空ではないか!」
「そ、それが……三千の兵を率いているのは、間違いなく曹操自身です。
夏侯惇や夏侯淵、曹仁、曹洪など
主だった将の姿も確認しています。
本陣を捨てて攻めかかってきたとしか思えません」
「バカな! 曹操は自ら首を差し出そうというのか?」
「だが、曹操を討ち取るまたとない絶好の機会だ……」
「こ、これは罠に決まっています!」
「罠だからどうしたというのだ!
烏巣は容易に落とせるものではない。
仮に落とされたとしても曹操の首さえ挙げれば良いのだ。
万が一逃げられても、本陣を捨てた曹操はこれ以上戦えはしない!」
「あの慎重な曹操が、一か八かの捨て身の戦術を
採ったことには必ず理由があります。
烏巣を落とし、そして自身も殺されない必勝の策が!」
「曹操だけではなく夏侯惇ら重臣の首も挙げられるのだぞ!
罠だとしても、曹操軍にとどめを刺す好機を見逃す手はない!」
「よくぞ言った審配! 要は勝てばよかろうなのだ!
名族四十万の兵をもって、曹操を押しつぶす!!」
「おう! やったるぜパパ!」
「………………」
~~~官渡 曹操陣営~~~
「策なんて無いよ」
「……無いのか」
「無い。この前も言ったろう? 各員の奮闘に期待するって。
今がまさにその時さ。
僕を討ち取らせないようにがんばってくれたまえ」
「気楽に言ってくれるぜ……」
「なあに、じきに烏巣は落ちるさ。それまでの辛抱だ。
烏巣が落ちるまで、負けなければいいんだ」
「しかし我が軍の主力はほとんどが
この三千の部隊に組み込まれているぞ。
烏巣に向かった将は新参ばかりだと聞く。
それで烏巣を落とせるのか?」
「新参といっても、この圧倒的不利な戦の中で、
僕が見出した逸材ばかりさ。それに彼らは恐れを知らない。
たかが二倍の数の相手なんて、敵じゃないだろう。
そんなことより、袁紹君が迫ってきたよ。早く迎え撃ちたまえ」
「別に烏巣の陥落を待たずに倒してしまっても構わんのだろう?
四十万の兵を切り裂いて袁紹を討ち取ってやる!」
「矢も石もここで使い切って構わない。
袁紹君に大盤振る舞いしてあげるんだ」
「発射」
「射て! 射ちまくれ! 殿を守るんだ!!」
「先の戦で調整もできた。
投石車の命中率はこの前の比ではないぞ」
「ちょwwwww 三千で四十万を相手ってwwwww
四www十www万www もうダメポ」
~~~烏巣 袁紹陣営~~~
「元気ですかーっ!
元気があれば烏巣も守れる、というわけでね。
曹操軍が攻めてくるそうですが、お前ら!
迎撃の準備はできてるのか! 点呼を取るぞこの野郎!」
「韓莒子!」
「眭元進!」
「趙叡!」
「呂威曠!」
「淳于瓊!」
「はい、というわけでね。全員そろってるな!
でもお前ら気合は入ってるんだろうな。
そこに並べ! 闘魂注入行くぞーー!」
「押忍! お願いします!」
「ダーーッ!」
「ぐはあ! あ、ありがとうございます!」
「次は趙叡か! ダーーッ!(以下略
えー、これで全員に闘魂も入りまして。
いよいよ曹操を迎え撃つ準備ができたというね。
そういうわけなんですけども、お前ら行くぞ! 1、2、3」
~~~烏巣 曹操陣営~~~
「へへっ。来たぜ来たぜ。烏巣はあそこだ」
「すっかり迎撃の用意は整っているようです、はい」
「望むところだぜ。
曹操のダンナはおれっちに五万もの兵を預けてくれたんだ。
期待には応えてやんねえとよ!」
「どうするよ賈詡の旦那? やっぱ正面から突っ込むか?」
「やっぱりの意味がよくわからぬが……。
ここまで来て迷っていても詮なきことだ。
それに小生らの動きもとうに把握されている。
小細工はやめて正面攻撃と行こうか」
「わずか三千の本陣に回されるのも死地だが、
ここも十分に死地だな……」
「気の早い連中がもう飛び出しました、はい。
我らも続きましょう」
「全軍突撃だ! 烏巣を焼き払うぜ!!」
~~~烏巣~~~
「特戦隊は左右に展開だ! 敵は我々の半分だ!
正々堂々と倒してやれ! シャァこんにゃろー!」
「正々堂々の戦とはその心意気やよし!
この徐晃がお相手つかまつろう!」
「ガオン!」
「!? これは異なことを。
大将殿が正々堂々と言った、
その舌の根も乾かぬうちに背後から不意打ちとは!」
「うふふ……。アタシたち特戦隊は全員が暗殺部隊出身……。
正々堂々と倒すとは、正々堂々と暗殺してやれってことよ」
「むう、逃げたか。あくまでも拙者らの背後を狙うというわけだな。
ならば拙者は背後からの奇襲を正々堂々と受け止めて見せよう!」
「…………!」
「って言ってるそばから奇襲だよ徐晃!」
「チッ!」
「危ないなあ。こいつら卑怯者だから、
正直者の徐晃には向いてないよ。
しかたないや。オイラが背中を守ってやるから、
正面の敵にだけ注意してな」
「かたじけない」
「…………!」
「おおっと! おれっちの背後に回るにゃあ、
ちっとばかし殺気が強すぎないかい?」
「やるじゃないの……」
「でも自重しろよ旦那。アンタが討たれたら誰が指揮を執るんだ」
「自重しろ? それはおれっちの流儀に反するね。
おれっちは攻めて攻めて攻めまくるぜ!
もし死んじまったら、張遼が指揮を執ってくれよ」
「わかったぜ! 骨は拾ってやっから攻めまくってくんな!」
「……やれやれ。大将からしてまるで采配に従わぬな」
「こ、これでは戦にならんぞ!」
「いや、この破天荒さが曹操殿の狙いなのだろう。
恐れを知らぬ彼らは、兵力差など一顧だにしない。
勢いのままに烏巣を落とすかも知れぬぞ」
「…………!」
「か、賈詡! 後ろだ!」
「…………ッ!!」
「い、いつの間に俺の背後に!? くそっ!」
「暗殺、不意打ちは小生の最も得意とするところ。
小生の庭で遊ぼうとは身の程知らずというものだ」
「今のは胡車児か?
宛城の戦い以来、見かけないと思ったら、
お前の護衛についていたのか」
「倍の兵力の相手を崩すには、将を討ち取るのが手っ取り早い。
だが暗殺者を討つのは、ちと骨が折れるな。
許攸殿の情報を得ていたのだから、
曹操殿がそれに対応策を打っているはずなのだが……」
「さすが曹操を殺しかけた男だな。ご明察だ」
「……なるほど、貴殿が参られたか」
「せ、青州黄巾軍……!」
「宴の時間だ。暗殺部隊の対処は我々に任せてもらおう」
~~~~~~~~~
かくして烏巣の激戦は幕を開けた。
特戦隊が猛威をふるうなか、青州黄巾軍の到来は逆転の糸口となるのか?
はたして曹操の捨て身の策は功を奏するのか?
次回 〇三六 激戦!烏巣特戦隊!!




