〇二九 曹操暗殺計画
~~~許昌の新都 曹操邸~~~
「曹操様、お加減はいかがですか?」
「ああ、いつもの頭痛が起こってるよ。
これじゃあろくに考えもまとまらない。
早く君の薬を飲ませてくれ」
「はい。今日は特製の薬を処方して参りました。
こちらをどうぞ」
「ほう、新しい薬かい。それは楽しみだ」
(クックックッ……。一滴だ。
ほんの一滴、口に含めばお前は最期だ)
「父上、ちょっとすみません」
「うん? どうした曹沖君」
「それが先ほどから少し頭痛がしていまして……。
よろしければそのお薬を分けてはいただけませんか」
「あ……」
「なんだい吉平君?」
「い、いえ。その薬はとても苦いですし、
子供には、曹沖様には少し効き目が強すぎるかもしれません」
「そうなのか。でも、子供が飲んだからといって
死ぬわけじゃないだろう?」
「え、ええ……」
「それではお先にいただいてもよろしいですか?」
(まずいぞ……。このガキが先に飲み、死んでしまったら、
曹操が飲まなくなってしまう。
だ、だがたったの一滴でもいいから口に含ませればいいのだ。
曹沖が苦しむのに驚いたところで、
この予備の薬を曹操の口に振りかければ……)
「吉平君? さっきからどうしたんだい。
何か言いたそうじゃないか」
「なんでもございません。
ささ、早くお薬をどうぞ。よく効きますぞ」
「ああ、本当に苦そうな匂いがしますね。
ぼくにも飲めるかな……」
(ええい、さっさと飲まんかこのガキは!)
「待った」
「ああ! そ、曹操様、どうしてお薬を捨てられるのですか!」
「吉平君。君は四つの間違いを犯した」
「は?」
「一つ、君と董承君の関係はもうつかんでいる。
二つ、目的のためならば子供も構わず殺そうというのは感心しない。
三つ、曹沖君をただの子供とあなどってはいけない」
「あなたは父上の症状を伺う前から、
もう薬を用意してきていました。
こんな不思議なことがあるでしょうか。
その薬は、何か別の目的のために用意したと
考えるのが自然でしょう」
「あ、あがががが……」
「そして四つ、これが最も大事なことだが……
医者は人を治すのが本分だ。
それを忘れて僕らを殺そうとした君は、もはや医者でもなんでもない。
僕の典医のままならば僕を殺すこともできたかもしれないが、
ただの謀叛人である君には、僕は殺せないよ」
「………………」
~~~許昌の新都 拷問所~~~
「誰の差し金だ?
吉平とお前たちだけで企んだことではあるまい。黒幕がいるのか?
どうせお前らはここで死ぬのだ。白状しろ!」
「…………」
「く、黒幕などと無礼なことを言うな!
これは勅命だ! 献帝陛下が私に逆賊を討てと命じたのだ!」
「勅命だと!?」
「そうだ。勅命を受けたのは私だけではない。
劉備や袁紹、孫策に劉表、馬騰……
皆が陛下の命により曹操の首を狙っているのだ!」
(やれやれ……。
この男、最後の最後まで陛下に迷惑しか掛けなかったな。
どうせ死ぬのだからと皆を道連れにしようとしている)
「黙れ! 曹操様は陛下をお守りし、
漢の世を推戴する忠臣であるぞ!」
「ぎゃあああああああ!!」
「今の話を曹操様に報告してくる。
お前たちは死体を片付けろ」
(先に首さえ斬られていなければ、
董承を千の言葉で罵ってあげたかったな……)
~~~徐州~~~
「ご苦労であったな。我々は引き上げるが、
車胄や楊奉は残していく。
何かあれば連絡しろ」
「ほいほい。自分のことでなければ気前がいいんじゃな」
「関羽のダンナ、オレも帰るけどよ、またいつか飲もうな!」
「…………(笑)」
「チッ。俺は居残りかよ」
「文句を言うな。見回りに行くぞ。ついてこい」
「でもさ。せっかく袁術から奪った揚州には兵を置かないの?
孫策に獲られちゃうわよ」
「お前らの知ったことではない。さらばだ」
「……あいつ絶対に友達少ないわよね」
「要するに曹操軍には兵が足りないのだろう」
「おお、あんたはわしらが呂布に徐州を追われた時に
呂布に降ったくせに、あっさり曹操に寝返って
今またわしの配下に戻った陳登さんじゃないか」
「ご紹介ありがとう。
話を戻すが、曹操軍には揚州にまで版図を広げる余裕が無いのだ。
青州黄巾軍30万を得たとはいえ、四方に敵を抱え、領土も広大だ。
いくら兵があっても足りない」
「そのうえ袁紹との戦いを控えてるから、
手元に少しでも兵力を温存しておきたいのね」
「孫策も反乱軍や山越族の鎮圧に明け暮れて、
揚州にまで手が回らない。
曹操はこの徐州に多少の兵を残し、警戒だけしておくということだ」
「ふ~ん。ややこしいもんじゃな政治っつーのは。
陳登さんも張さんもよく話の裏がわかるもんじゃ」
「いちおう劉ちゃんは刺史サマなんだから、
そのくらいは理解しておいて欲しいもんだな」
「わはは。違いないのう」
「笑い事じゃないわよこの無能男が!」
~~~許昌の新都 宮廷~~~
「曹操、朕は……」
「おっと、それ以上は言わなくていいよ。
陛下が僕に敵意を持っていないことは知っている。
全ては董承君の陰謀だろう。それにもし陛下が関与していれば、
もう少しマシな計画になっていたはずだしね」
「…………」
「だけど陛下の口から否定にしろ弁解にしろ発せられてしまったら、
余計な波風が立ってしまう。だから何も言わないでくれたまえ」
「朕はあの時、董承を処刑しておくべきだったのだろうな」
「陛下、それも言ってはいけない。
『綸言汗の如し』と言うとおり、陛下の言葉は絶対なんだ。
いったん口に出したことを取り消したり、
後悔したりする必要はないよ」
「……お前は朕よりも、皇帝の在り方について詳しいのだな」
「おたわむれを。
話は前後するけど、董承君が名前を挙げた人々は、
いちおう取り調べさせてもらうよ。
特に劉備君に関しては、この件を悪用させてもらう」
「な、何をするつもりなのだ」
「彼には消えてもらう」
「!」
「袁紹君と戦うために僕には徐州が必要なんだ。
劉備君には悪いけど、譲り渡してもらうよ」
「お、叔父上は朕と親しく話してくれた。
義兄弟もそうだ。本当に叔父のような気がしたのだ。
劉備を、その義兄弟もできれば殺さないでくれないか……」
「命まで取るつもりはないよ。
しかし、戦は何が起こるかわからない」
「…………」
「そんな顔をしないでくれたまえ。努力はするよ」
~~~徐州~~~
「わしが? 陛下に? 謀叛を? 董承と? 組んで?
わっはっはっ。なんの冗談じゃそれは」
「あっはっはっ。何かの間違いでしょう。
劉備様ほど陛下に忠誠を誓っている方はいません」
「劉備様の内心はどうあれ、
謀叛の容疑を掛けられ討伐令が出たのは事実です!」
「………………」
「………………それはまずいのう」
「まずいどころじゃないわよ!
曹操が来んのよ! すぐに逃げるわよ!」
「ええー。わしは無実なのに逃げたくないのう」
「何をのんきなこと言ってんのよ! 見なさいよこの手配書を。
アンタ、帝位を狙ってるって曹操に言ったそうじゃないの。
これマジで言ったの?」
「言った」
「馬鹿じゃないの?
いや、馬鹿なのね。三國無双の馬鹿なのね!」
「でもいつか皇帝になりたいって話は、
みんなにしょっちゅう言っとるけどなあ」
「曹操に言ったのがまずいのよ!」
「まあわしと曹さんの仲じゃから話せばわかるじゃろ」
「アンタと曹操の親密度がMAXでも無理よ!
回避不能イベントよ!」
「曹操が来るより先に、徐州に駐屯しとる車胄と楊奉はどうする?
すぐに逮捕に来るぞ」
「その心配はない!」
「…………」
「ち、ちょっと関羽!
アンタが両手に提げてるその首って……」
「「………………」」
「車胄と楊奉の首だ。先手を打って彼らはこの関羽が討ち取った!
……と父は思っています」
「あっちゃあ~。これでもう弁解は無理じゃのう。
しかたない、逃げるか」
「もともと無理だって言ってるでしょ!
関羽、あいかわらずやることはむちゃくちゃだけど、今回はお手柄よ。
これで劉備のバカも腰を上げてくれたわ」
「拙者は曹操に出頭し時間を稼ぐ。今のうちに逃げられよ!
……と父はそうも思っています」
「……死ぬんじゃないわよ」
「それで軍師の張さんや、どこに逃げればいいかのう?」
「都合のいい時だけ軍師サマなんだから……。
そうね、やっぱり袁紹を頼りましょう。
曹操に対抗できるのはアイツくらいだわ」
「わかった、そうしよう。
じゃあな関さん。悪いのう」
「…………」
「構わぬ。義兄上は大義のために生きられよ!
……と父は思っています」
~~~徐州~~~
「なるほど、劉備君を逃がすために捨て石になったというわけか」
「…………」
「否。曹操暗殺も車胄、楊奉の殺害も
全てこの関羽が一存で成したこと。
劉備は関係ない。拙者を処罰せよ!
……と父は思っています」
「いや、そうはいかない。首謀者は劉備君だ。
……怒らないでくれたまえ。
そういうことにしておかなければ、君たちを助けられないじゃないか。
陛下に君たちを殺すなと言われてしまったんだ」
「…………」
「劉備君は関羽君に罪をなすりつけ逃亡した。
だから君たちを罪には問わない。
ああ、車胄君たちを殺したのはまずいな。それはどうしようか」
「首」
「そうだね。首を獲った罪は、首を獲ることで償ってもらおうか。
関羽君、きたる袁紹君との戦いに力を貸してもらうよ。
そこで敵将の首を二つ挙げることで、罪は帳消しにしてあげよう」
「…………」
~~~~~~~~~
かくして劉備は徐州を失い、関羽は曹操の手に落ちた。
一方、袁紹は着々と北地の攻略を進め、公孫瓚を追い詰めていた。
曹操と袁紹、いよいよ両雄の決戦は間近に迫っていた。
次回 〇三〇 白馬の戦い




