〇九九 西羌の戦車団
~~~魏 長安~~~
「蜀軍め……。俺が到着するより先に天水、南安、安定の三郡を落としていたか……」
「さすがは諸葛亮の率いる精鋭です。恐るべき進軍速度でありますな!」
「だが晩餐はまだ始まったばかりだ。これからじっくりと蜀軍をもてなしてやるぜ。
――費耀! 朱讃!」
「はッ!」
「おうよ!」
「お前たちは左右に展開しろ。
そして蜀軍が背後から襲われ混乱したら一気に包囲するんだ」
「背後から? 伏兵がいるのですか?」
「本官の手配した心強い味方が来てくれる手はずになっている!
彼らと一致団結して蜀軍を逮捕するのだ!」
「わかった! 任せてくれ!」
~~~西羌軍~~~
「西羌の科学力はァァァァ世界一ィィィィ!!」
「見えてきたぜ雅丹! あれが俺たちの戦車部隊に蹂躙される蜀軍とやらだ!」
「クックックッ……。蜀軍を蹴散らしたら次は魏軍の番だ。
我らの大軍に国境を越えさせるとは愚かな。
蜀軍を倒し、ついでにお人よしの魏軍も葬ってやろう!」
「そして俺たち西羌軍が中華を統一してやるぜ! ハーハッハッハッ!!」
~~~蜀 天水~~~
「な、なに!? 後方に戦車部隊が現れただと?」
「……たぶん西羌の連中やな。
中華では使われへんようになった戦車に
独自の改良を加えて、大部隊を編成しとるって噂や」
「むむむ……。我々は戦車との戦いに慣れていない。それは厄介な相手だな」
「…………私も生誕をたどれば西羌に通じる身だ。
戦車の強みも弱みも良く心得ている」
「おっ。姜維の言葉が俺にもだいたいわかるぞ。どうしたんだ?」
「おでが通訳しなくてもいいように、尹賞や梁虔と再教育しただ」
「まだちょっと変なところはあるが、前よりはマシだろう」
「……面倒くさいヤツめ」
「え? なんだって?」
「弟の声は極端に小さいだ。でも大したことは言わないから気にしなくていいぞ」
「……大したこと言わなくて悪かったな」
「虚空より舞い降りし白き妖精(雪)と、丞相の白羽扇……。
二つの白が合わされば、戦車など鉄屑にも等しい」
「…………やっぱりよくわからないな」
「フン。貴様らには通じずとも余に通じれば充分だ。
よかろう、姜維。貴様の策に乗ってやる。
――関興、張苞。貴様らは西羌軍に挑み、敗走しろ」
「ええっ! 久々に任務かと思ったらわざと負けるのかよ」
「………………」
「つべこべ言うんじゃないよあんちゃん。
関興は丞相に従えば間違いないって言いたそうよ」
「白旗の翻る陣に入ったら、左右に分かれ
すぐさまその陣を捨てよ。後は余の合図を待て」
「あ、ああ」
「張嶷、張翼、馬忠、王平は兵を進め曹真を足止めしろ。
趙雲と魏延には追って別命を与える。行け」
「御意」
「ウス!」
~~~蜀 張苞・関興軍~~~
「ち、ちきしょう! これが戦車か! 俺たちじゃ歯が立たねえぜ!」
「…………ッ!」
「悔しいけど撤退するしかないわ! 逃げましょ!」
「ハーハッハッハッ! 何が蜀軍だ! 俺たちの戦車の敵じゃねえぜ!」
「腰抜けどもめ! あの逃げっぷりの良さはどうだ!
まるで突風のようではないか! この雅丹が名付け親になってやる。
そうだな。メキシコに吹く熱風という意味のサンタナというのはどうかな」
「そんな御大層な名前はヤツらにはもったいないぜ雅丹!」
「おお、見ろ越吉。ヤツらは我らの勢いを恐れ、陣まで捨てていったぞ!」
「こりゃすげえ! 兵糧も武器も捨ててったぜ!
この大戦果を聞けば王もさぞかしお喜びに――うわぁぁああああああ!?」
「ど、どうしたのだ越吉!?」
「こ、これは罠だ! じ、陣のあちこちに落とし穴が掘られてやがる!」
「クッ! 戦車が次々と罠に掛かっている……」
「まんまと丞相の策にはまりやがったぜ!
それ、態勢を立て直す前にぶっ叩くぞ!」
「ッッ!!」
「うん! 張苞あんちゃんに遅れは取らないよ!」
「さ、さっき逃げてった蜀軍が反転して襲い掛かってくるぞ!」
「う、うろたえない! 西羌軍人はうろたえない!」
「!!」
「大将はそこね! 関羽が遺児・関興が相手よ!」
「くそっ! 戦車がなきゃ戦えねえと思ったら大間違いだぜ!」
「…………ッ!」
「でも戦車に乗ってないアンタなんて敵じゃないってさ!」
「ぐわああああああっ!!」
「敵将討ち取ったりい!!」
「あんちゃんじゃないでしょ!」
「え、越吉があっさりと……。
う、うろうろうろうろたえない! 西羌軍人はうろうろたえない!」
「うろたえようがたえまいがどっちでもいいけどさ。
降伏したほうがいいんじゃないの? 戦車は全滅したみたいよ」
「……………………は、はい」
~~~魏 曹真軍~~~
「曹真将軍! 蜀軍が西羌の戦車部隊に撃破され、総退却にかかったそうだ!」
「よし! やってくれたか西羌軍!
俺たちも追撃するぞ! 伏兵の費耀と朱讃にも出撃の合図を送れ!」
「はッ! よーし、蜀軍をまとめて逮捕だ! 出撃ィィ!!」
「蜀軍は算を乱して逃げ惑っているぞ!」
「逃がすな! ここで諸葛亮の首を取る!」
「余が逃げているだと? つくづく愚かなことだ。
余は貴様らを死地まで導いてやっただけだ。死ね」
「はいです。合図するです」
「合図の旗が上がったッスよ! 突撃ッス!」
「ギヱン起動!」
「ウォォォォォォォン!!」
「な、なに!? 左右から蜀の伏兵が現れただと!」
「わ、罠にはまったのは俺たちの方なのか!?」
「隙ありッス!!」
「ぐわああああああっ!!」
「し、朱讃!! く、くそ! 退却だ! 退却しろーーッ!!」
~~~魏 曹真軍~~~
「なんということだ……。
西羌軍はすでに平らげられていたとはな……」
「無人の陣に落とし穴を掘り、そこに戦車団を招き寄せたそうであります。
そうして手に入れた戦車に追われるふりをして、
本官らをおびき寄せたのです」
「西羌軍は蜀に降伏したそうです。
こっぴどくやられて、戦車も失いもう蜀軍に歯向かう気はないでしょう。
我々は苦境に陥りましたな……」
「待てい!」
「だ、誰だ!?」
「昼夜を問わず戦いに明け暮れる魏の勇者よ。
嘆いている暇があれば次の策をめぐらすのだ。
人、それを雪辱と言う」
「その声は――」
「お前たちに名乗る名は無い!」
「やはり張郃殿か! 来てくれたのだな」
「孟達の反乱に乗じ山賊が蜂起してな。
その鎮圧に追われ到着が遅れたことを詫びよう。
だがどうしたのだ曹真、郭淮よ。
たった一度の敗北に心折られるとは見損なったぞ!」
「……確かにすこし弱気になっていたようだ。
戦いはまだ始まったばかり、これから逆転の機会はいくらでもある!」
「その通りだ!
上庸からも援軍をつれてきた。
それに司馬懿が秘策を持っているそうだ。彼の話を聞こう」
「………………え!? わ、私ですか!?」
「てめえだよ。この前偉そうに張郃サンに言ってやがったじゃねえか。
さっさとあの話をしろや」
「え、え、え、偉そうになどと滅相もない!
わ、私が張郃様に偉そうにするなど天地がひっくり返り
海が干上がっても断じてそのようなことは無いと、
それだけはもう私のような虫けらのような
ゴミのような存在でも自信を持って断言できるような――」
「いいからさっさと話しなさいよ!」
「は、はい!! が、が、街亭です! 街亭を守りましょう!」
「街亭? ここから西にある高地のことか?
そばに列柳城という古城があったな」
「街亭を守るのです!
そ、そうすれば蜀軍に勝てるのではないかと思います!
……も、もっとも私のようなこの宇宙に存在することを
許されていること自体がもう小さな奇跡のような、
例えるなら小指の爪の垢に湧いた細菌の糞のように、
取るに足らない私ごときの言葉を――」
「話が進まぬ。申眈、この前の司馬懿の話を要約してくれ」
「はい。街亭は先に蜀軍が攻略した天水・南安・安定の
三郡から見て、ちょうど中央に位置します。
蜀軍は三郡からの補給物資を街亭に集め、
全軍の兵站をまかなうことを狙っていると思われる。
つまり司馬懿殿は、街亭を抑えれば蜀軍の補給路を
断つことができると考えておられるのです」
「なるほど……。司馬懿の言う通りだ。
よし、街亭を抑え蜀軍の飯の種を奪ってやろう!」
「曹真は先の敗戦で多くの兵を失っている。
いったん後方に下がり陣容を整えられよ。
ここは俺が上庸の兵を率いて出撃しよう」
「まだまだ戦いの先は長いでありましょう。
曹真殿、ここは張郃殿の言葉に甘えるといたそう」
「わかった。任せたぞ張郃殿!」
「ああ、吉報を待っていてくれ。行くぞ、トォォウ!!」
~~~蜀 北伐軍~~~
「まずは街亭を抑え、しかる後に長安を窺う。
魏軍の馬鹿どもは今頃やっと余の考えに気づき、街亭に兵を送っているだろう。
だが間に合わぬ。街亭はすでに余の掌中にあるのだからな」
「その役目、私に任せてもらいたい。
街亭に至る狭き道を封鎖すれば、
いかな精鋭が来ようとも無力だ」
「いや、待ってくれ丞相。
街亭は戦いの趨勢を握る要害なのだろう?
寝返ったばかりの姜維に任せ、万一のことがあれば不安だ。
ここは諸葛亮丞相の一番弟子たる私に任せていただきたい」
「一番弟子(笑)。長っ鼻は身の程を知るです」
「黙れ小娘!」
「ああやかましい。街亭の守備など猿でもできる些末事だ。
馬謖、貴様で構わぬからさっさと行け」
「あ――ありがたき幸せ!
必ずや! 姜維ごときより! お役に立って見せましょうとも!」
「王平、句扶。
貴様らが副将につき、この自信過剰が馬鹿をしないように見張れ」
「がってんだ!」
「やらいでか!」
「楊儀は魏延をつれて街亭の後方に陣取れ。
高翔は街亭の近郊にある列柳城に入れ。貴様らにはおって別命を与えてやる」
「お任せあれ」
「了解であります」
「魏の愚か者どもは余の考えを見抜いたと得意になって街亭を抑えに来るだろう。
しかしすでに要害は余の手に落ちているのだ。
クックックッ……。吠え面かくがいい、青虫どもめ」
~~~~~~~~~
かくして西羌からの刺客も退けた諸葛亮は、次なる狙いを街亭に定めた。
対する魏軍も街亭に迫り、馬謖と対峙する。
はたして街亭の地は蜀魏どちらの手に落ちるのか。
次回 一〇〇 泣いて馬謖を斬る




