09 アレク兄様 ギルバード目線
09 アレク兄様 ギルバード目線
その日、僕たちは庭でお茶を飲んでいた。
僕とリシアは、お茶の時間にはミルフォーク語だけで話すことにしている。授業ではないから、間違いを気にせずどんどん喋る。そして不思議なことに、次の授業でリシアが間違えていたところを教えてくれるのだ。
「本当に上達なさいましたね」と褒めてくれながら……
今日の話題は、お城の西の棟から見える夕日だった。
「西の棟のいちばん高い部屋から見ると、町の屋根まで金色に見えるんだ」
僕がミルフォーク語で説明すると、リシアは楽しそうにうなずいた。
「それは、きっと美しいでしょうね」
「今度、一緒に見にいこう。いつか馬に乗って、夕日に向かって走るのもいいね」
「夕日に追いつくおつもりですか?」
「追いつけるところまでだよ」
僕がそう答えると、リシアが声を立てて笑った。
「では、日が沈むまで競争ですね」
「僕は負けないよ。リシアは馬に乗れる?」
「ええ、乗れます。殿下より速く走れるかもしれません」
「僕だって、馬には自信があるんだ」
リシアと話していると、時間がたつのが早い。
ずっと、この時間が続けばいいのにと思っていた。
そのとき、背後から声がした。
「楽しそうだね。お邪魔するよ」
聞き慣れた声だった。
振り向くと、アレク兄様が立っていた。
兄様は魔獣討伐のため、二十日ほど王都を離れていた。遠征から戻ってきたばかりなのだろう。旅装のままで、腰には剣を下げている。少し疲れているように見えたけれど、怪我はなさそうだった。
「兄様!」
僕は椅子から飛び降りた。
いつもなら、兄様は両腕を広げて僕を受け止めてくれる。ところが、今日の兄様は僕を見ていなかった。
まっすぐ、リシアを見つめていた。
リシアも立ち上がっていた。
その顔から、さっきまでの笑顔が消えている。
手にしていたカップが傾き、受け皿に触れて小さな音を立てた。
「……アレク?」
リシアの喉から、かすれた声が漏れた。
小さな声だったけれど、僕には聞こえた。
(アレク兄様の名前を呼んだ……?)
兄様は目を見開いたまま、一歩前へ出た。
「エリシア……」
今度は兄様が、僕の知らない名前を呼んだ。
リシアは顔色を失い、真っ青になってテーブルにしがみついている。
駆け寄った兄様は、倒れそうになったリシアを素早く抱き上げると、そのまま医者の元へ走っていった。
「貧血だ」と言われ、リシアは意識が戻るまで休ませることになった。
結局、僕も兄様もオークリーも、診察室の外へ追い出されてしまった。その後、兄様は無事を報告するために、おじい様である国王陛下と僕の父上の元へ挨拶に行ってしまった。
……僕が「兄様」と呼んでいるアレク兄様は、本当は父上の弟だから叔父様だ。でも、いつだって僕を一番近くで見守ってくれていた。
その兄様が、僕の知らない顔でリシアを見つめていた。
僕は気になるし、心配だし廊下で待っていたかったけれど、オークリーに強く叱られ、諦めて自分の部屋へと戻った。




