07 このような人材が……オークリー目線
07 このような人材が……オークリー目線
ギルバード殿下が突然、廊下の窓へ駆け寄った。
「どうなさいました、殿下」
私が尋ねても、殿下は答えなかった。
窓の外を通り過ぎていく三人組を、食い入るように見つめている。制服から判断すると文官の見習いと騎士団の見習いか。
「あの人……叔父上の部屋にある絵に似ている」
「アレクサンダー殿下のお部屋の?」
(エリシアのことか?)
「確かめてくる」
「お待ちください、殿下」
ギルバード殿下は、少女たちが向かった図書館へ急ぎ足で向かった。
王子が、素性も知らない少女を追いかけるなど感心できない。私はため息をつき、そのあとを追った。
図書館へ入ると、ギルバード殿下は本棚の陰から少女たちの様子をうかがっていた。
(確かめるというのは、隠れて見ることでしたか)
声をかけようとしたとき、銀髪の少女がミルフォーク語の本を棚から抜き出した。
「これ、読めるのか?」
一緒にいた青年が尋ねると、少女は頁を開きながら答えた。
「今日、外務部でミルフォーク語を読んだから、久しぶりに本を読んでみたくなったの」
「ミルフォーク語?」
「ええ。この本もミルフォーク語で書かれているわ」
(外務部で? ミルフォーク語が読めるのか?」
「リシア、外国語が読めるのか?」
「うん」
少女は笑顔で答え、もう一人の青年が笑った。
ギルバード殿下の目が輝いた。止めなければならないと思ったときには、すでに本棚の陰から飛び出していた。
「君、リシアっていうの?」
銀髪の少女が驚いたように振り返った。
「はい」
「この先に個室があるんだ。その本を持って、ついてきてくれない? もちろん、その二人も一緒に」
あまりにも説明が足りない。
少女と一緒にいた青年二人は、警戒するように殿下を見ている。服装から高い身分の者だとは察したようだが、誰なのかまでは分からないのだろう。
私は殿下の後ろから進み出た。
「殿下。いきなりそのようにおっしゃれば、令嬢が驚いてしまわれます」
「あ……そうか。ごめん」
私が殿下と呼んだ途端、青年二人の体が固まった。
少女は殿下と私の顔を見比べている。私は彼女へ丁寧に頭を下げた。
「リシア嬢、突然お声がけしましたこと、お許しください。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか。私はギルバード殿下の護衛を務めております、オークリーと申します」
少女は手にした本を抱え直すと、片足を引いて腰を落とした。
「ギルバード殿下、オークリー卿。ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。私はリシアと申します」
見事なカーテシーだった。
動きに迷いがなく、頭を下げる角度も申し分ない。王宮へきてから短期間の研修を受けただけの平民が、身につけられる礼ではなかった。
(どこで、このような礼を学んだのだ?)
「リシア、知り合いなのか?」
青年の一人が尋ねた。
もう一人の青年が、信じられないものを見るような顔で彼をにらんだ。
リシアも返答に困ったらしい。カーテシーの姿勢を保ったまま、わずかに顔を上げた。
「いいえ、ダグラス。私も、いま初めてご挨拶を……」
「黙れ、ダグラス」
もう一人の青年が低い声で言い、ぎこちなく頭を下げた。
「お前も真似しろ」
「えっ、あっ!」
ダグラスと呼ばれた青年も、慌ててその動きを真似する。
お世辞にも美しい礼とはいえなかったが、見習いであれば仕方がない。感心したのは、リシアが勝手に礼を解かず、二人が頭を下げ終えるまで待っていたことだった。
二人の面目を潰さないためだろう。
やがて青年たちが顔を上げると、リシアもゆっくりと姿勢を戻した。
「お招きにあずかり、光栄でございます。かしこまりました」
落ち着いた受け答えに、私はますます疑問を覚えた。
彼女の身のこなしは、研修で身につけたものには見えない。幼い頃から高位の者に接する機会があったか、礼儀作法を厳しく教え込まれてきた者の動きだ。
私はリシア嬢の銀髪と整った横顔を改めて見た。
『あの人……叔父上の部屋にある絵に似ている』
殿下がそう言った。
偶然と片づけてよいものだろうか。
私は三人を図書館の奥にある個室へ案内した。
丸いテーブルを囲んで全員が席に着くと、茶と菓子を運ばせる。青年二人はひどく緊張しており、背もたれに背中をつけることすらできていなかった。
ダグラスという青年は、目の前の菓子と隣の青年の顔を交互に見ている。食べてよいのかと尋ねているつもりなのだろう。見られた青年は迷惑そうに顔を背けた。
対照的に、リシアは静かに殿下の言葉を待っていた。
「リシア嬢、お願いがあるんだ」
ギルバード殿下が話しかけた。
「何でございましょうか」
「その本を読んでみてほしい」
殿下は、リシアが持ってきた本を指した。
「かしこまりました」
「リシアの好きなところね」
「はい」
リシア嬢は迷うことなく本を開いた。頁に目を落とし、静かに息を吸う。
そして、ミルフォーク語で朗読を始めた。
『その湖のほとりの街に住む人々は、心に宝物を持っていると言われている。その街の人々は、妬みや偏見に縛られない自由な心を持っている。何ものにも屈せず、誰にも媚びず、それでいて誇りと謙虚さをあわせ持つ人々だった』
滑らかな発音だった。
古い言い回しにもつまずかず、言葉の区切りも正確だ。ただ文字を音に置き換えているのではない。内容を理解し、情景を思い浮かべながら読んでいる。
青年二人も意味までは分からないはずだが、聞き入っていた。
(これは驚きました。王宮の教師でも、ここまで美しく読める者はいませんね。それに好きなところって……殿下、いいですねぇ)
「そこまででいいよ。ありがとう」
ギルバード殿下が朗読を止めた。
「とても美しい響きだ。もっと聞いていたくなるね」
「ありがとうございます」
私はリシア嬢から本へ視線を移した。
「発音にも不自然なところがありません。意味も理解して読んでいらっしゃるようですね」
「幼い頃に学んだことがございます。長く使っておりませんでしたので、少々不安ではございますが」
不安がある者の読み方ではなかった。
この能力があれば、外務部でも十分に通用するだろう。
「リシア嬢は、現在、文官見習いとして研修中でございますか?」
「はい」
私はギルバード殿下を見た。
殿下は期待に満ちた顔で、私の言葉を待っている。ここまでの能力が確認できた以上、反対する理由はなかった。




