06 リシアとの出会い ギルバード目線
06 リシアとの出会い ギルバード目線
王宮の廊下を歩いていたとき、窓の外を通り過ぎた者がいた。
その横顔を見て、胸が大きく跳ねた。
思わず窓へ寄って後ろ姿を見送った。
銀色の髪をした少女が、二人の男と一緒に図書館へ向かっていた。
彼女の横顔には見覚えがあった。
もちろん、会ったことがあるわけではない。けれど、何度も絵の中で見た顔だった。
「叔父上の部屋に飾られている絵の人に、似ている……」
――『それだけ?』頭に雑音が入った。無視した――
叔父上の部屋には、女性の肖像画が飾られている。
銀色の髪と、整った顔立ち。静かな表情をしているのに、その瞳には強い意志が宿っていた。誰なのか尋ねたことがあるが、叔父上は少し困ったように笑っただけで、なにも教えてくれなかった。
その絵の中の女性に、今の少女は驚くほどよく似ていた。
僕は彼女のあとを追った。
図書館に入ると、古い紙と革表紙の匂いが鼻をくすぐった。高い天井まで並んだ本棚の間は静かで、時折、司書が頁をめくる音だけが聞こえる。
彼女は迷うことなく奥へ向かった。
同行している男二人は、あまり本に興味がないようだった。一人は所在なさそうに棚を眺め、もう一人は本の題名を読むことさえ諦めたように、ただ少女の後ろを歩いている。
「リシア、図書館って本がたくさんあるな」
「そうですね。ダグラス」
「図書館だから本があるに決まってるだろ」
「あぁケント。そうだがな……ちょっと驚いたから」
「確かに、ダグラス」
男二人は間抜けな話をしていた。
リシア。
美しい名前だと思った。改めてみると前髪にあるひと房の紫色も同じだ。
僕は距離を取りながら、三人のあとを追った。
彼女が足を止めたのは、外国語の本が集められた一角だった。
しかも、迷うことなくミルフォーク語の棚へ手を伸ばした。
意外だった。
ミルフォーク語は、我が国ではあまり学ぶ者のいない言葉だ。文法が複雑で、発音にも独特の癖がある。外交官や一部の学者でなければ、わざわざ身につけようとはしない。
僕も国王である王子教育で学んでいるが、教師によって発音が少しずつ違うため、苦労していた。
リシアは一冊の本を抜き取り、慣れた手つきで頁を開いた。
「これ、読めるのか?」
同行していた男が、彼女の手元をのぞき込む。
「はい。少し古い言い回しが使われていますが、読めます」
「俺には文字か模様かも分からないぞ」
「文字です」
「それくらいは分かってる」
もう一人の男が小さく笑った。
僕は隣の本棚の陰に入り、息を潜めた。盗み聞きなど王子のすることではないと分かっていたが、それでも立ち去る気にはなれなかった。
ミルフォーク語が読めるのなら、彼女に僕の教師をしてもらえないだろうか。
そんな考えが浮かんだ。
しかし、読めることと、正しく話せることは違う。
どれほど僕が望んでも、実力のない者をそばに置くことはできない。王子の教師という立場には、相応の能力が求められる。僕が彼女を気に入ったからという理由だけでは、父上も周囲も認めてくれないだろう。
ならば、確かめればいい。
僕は本棚の陰から出た。
「君、リシアって言うの?」
「はい」
「このさきに個室があるからその本を持ってついて来てくれない? もちろんその二人も一緒に」
お茶に誘って、本を朗読してもらった。
もう、絶対にリシアを先生にすると決めた。
それから父上のもとへ向かい、リシアを僕の語学教師にしてほしいと頼んだ。
父上は最初、いきなり何を言い出すのかという顔をした。
オークリーもリシアを推薦してくれた。
王子に生まれてよかったと、初めて思ったかもしれない。
そしてリシアがやって来た。
リシアの授業は面白かった。
ただ単語を暗記させるのではなく、その言葉がどうして生まれ、どのような場面で使われるのかまで教えてくれる。
僕が質問すると、彼女はすぐ答えた。分からないときには、無理に答えようとはしなかった。
「申し訳ございません。今の質問には、確実なお答えができません。調べてから、次の授業でお伝えしてもよろしいでしょうか」
「ああ。それでいい」
そして次の授業になると、彼女は必ず答えを用意してきた。
語学だけではなかった。
ある日、僕が授業の合間に魔術書を広げていると、リシアが横から魔法陣をのぞき込んだ。
「殿下、その線は、もう少し間隔を空けた方がよろしいかと存じます」
「魔法陣が分かるのか?」
「はい。使うことはできませんが、書き方は学びました」
「魔術を使えないのに?」
「私には魔力がありませんので」
リシアは、何でもないことのように答えた。
魔力がない。
それならば、魔法陣を学んでも自分で使うことはできない。それでも彼女は、魔法陣の構造や線の意味をよく知っていた。
「使えないのに、どうして学んだんだ?」
「使えないことと、知ることは別だからです」
リシアは僕の書いた魔法陣を指先で示した。
「私が魔術を使えなくても、正しい魔法陣を書くことはできます。魔術師の補助をすることも、不具合を見つけることもできます。知識まで諦める必要はございません」
その言葉に、僕はしばらく何も言えなかった。
「ここを直せばいいのか?」
「はい。こちらの線と交差しないよう、少しだけ外側へ」
言われたとおりに書き直す。
完成した魔法陣へ魔力を流すと、机の上に置かれた小さな石が淡い光を放った。
「できた!」
「お見事でございます、殿下」
リシアが笑った。
その笑顔を見るだけで、僕までうれしくなった。
僕は彼女から、言葉だけではなく、知らないことを学ぶ楽しさを教わった。
魔力がなくても魔法陣を学び、異国へ行かなくてもその国の言葉を覚える。できないと決めつけるのではなく、自分にできることを見つける。
そんなリシアと過ごす時間を、僕は何よりも楽しみにするようになった。
授業の日には、朝からドアがノックされるのを待った。
あの控えめな音が響き、僕の返事でドアが開く。
すると銀色の髪とともに、今日も僕の幸せが部屋へ入ってくるのだった。




