31 リシアの婚約 01 ケント目線
31 リシアの婚約 01 ケント目線
まず問題になったのは、平民のリシアが王族であるアレク様と婚約できるのか、ということだった。
正確に言えば、アレク様は王太子殿下の弟だ。つまり国王陛下の第二王子で、れっきとした王族である。
それに対して、リシアは平民として文官見習いに採用されていた。
身分が違いすぎるため、このままでは正式な婚約は難しい。そう説明されたアレク様は、少しも悩まなかったらしい。
「問題ない、俺が王族をやめて平民になる。下手に養女になって面倒なものをくっつける必要はない」
脅しでもなければ、怒りに任せた発言でもない。
本気だった。
その場にいた人たちは、アレク様なら本当にやりかねないと青ざめたそうだ。
(リシア以外、なんの価値もないんだな)
少しうらやましいような、恐ろしいような話だった。
この問題を解決したのは、ギルバード殿下だった。
解決したというより、アレク様をうまく煽った、と言ったほうが正しいかもしれない。
「アレク兄様は、リシアを養女に迎えた家が、リシアと親しくなるのが嫌なのですね」
ギルバード殿下が尋ねると、アレク様はすぐに否定した。
「そんなことはない。貴族であるかどうかなど、リシアにはどうでもよいことだ」
「ええ。ですから、リシアが貴族になってもよいではありませんか」
ギルバード殿下は、にこやかに続けたという。
「この件は、王太子家に任せてください。父上もリシアのことを気にかけておられます。確かに、よく分からない家と縁を結ばせるわけにはいきませんから、僕たちが慎重に調べます」
「……分かった。兄上に任せよう」
アレク様は、ここで間違えたのだと思う。
リシアを養女に迎えたいと申し出る貴族は、驚くほど多かった。
アレク様の婚約者となる娘を養女にすれば、王家と縁続きになれる。だから名乗りを上げた家の中には、リシアのことなどろくに知らない者もいたらしい。
ギルバード殿下は、それらの家について慎重に調べ、一家ずつ検討しているように見せていた。
だが、実際には最初からすべて決まっていた。
ギルバード殿下は以前から、姉がいたらよかったのに、と周囲へ話していたそうだ。
そしてある日、その膝にすがって訴えたらしい。
「ねえ、リシア。僕の姉上になってくれませんか?」
「わたくしが、ギルの姉に?」
「はい。僕はもっともっと強くなって、姉上を守ります。それに僕は、ずっと前から、心の中ではリシアのことを姉上と呼んでいました」
「ずっと前から……?」
「駄目ですか? 僕には、姉上になってほしい人はリシアしかいません」
そこで、リシアは陥落した。
王太子殿下ご夫妻からも改めて望まれ、リシアは王太子家の養女になることを決意した。
ギルバード殿下の完全勝利である。
(あいつ、たまにリシアを妙な目つきで見ていたし、俺たちのことも威嚇していたよな)
それなのに、よくも心の中では姉上と呼んでいた、などと言えたものだ。
アレク様を出し抜くギルバード殿下もギルバード殿下だが、それに本気で腹を立てるアレク様もアレク様だ。
(本当に、あの二人はいい勝負をしている)
問題のある男二人に両側を固められているが、リシアは幸せそうだった。
王太子殿下ご夫妻にも大切にされ、以前より表情が明るくなった。上等なドレスを着て微笑む姿は、教会にいた頃とは比べものにならないほどきれいだった。
もっとも、本人は豪華な衣装より、王太子妃殿下と一緒に本を選んだり、王太子殿下から国について教わったりすることのほうがうれしいらしい。
養女になることが決まると、アレク様は婚約者なのだからと、リシアを文官見習いの宿舎から自分の屋敷へ連れていこうとした。
それに待ったをかけたのも、ギルバード殿下だった。
「結婚前に一緒に暮らすなど、ありえません。アレク兄様は、リシア姉様の名誉をどう考えているのですか?」
「一緒に暮らすといっても、広い屋敷で、それぞれ別の部屋を使う。何の問題もない」
「問題があります。口さがない者は、どのようなことでも下品な噂にします」
ギルバード殿下は、リシアの腕に自分の腕を絡めた。
「それに、リシア姉様はもう王太子家の娘です。僕の姉上なのですから、王太子宮で暮らすに決まっています」
「養子など、婚約のための形式にすぎないだろう」
「いいえ、家族です」
ギルバード殿下は、一歩も引かなかった。
「姉上の名誉は、家族が守ります。弟である僕が守ります。よろしいですね、アレク兄様」
「……ちっ」
王太子殿下ご夫妻がギルバード殿下の意見を支持したため、アレク様も諦めるしかなかった。
こうしてリシアは、王太子宮へ引っ越した。
そして今日も、朝早くから王太子宮へ急ぐアレク様の姿が見えた。
「アレクサンダー殿下、まだ朝食前ですよね?」
門を守る騎士が念のため尋ねると、アレク様は足も止めずに答えた。
「だから来た。皆で朝食を取る約束をしている」
最近は魔獣の動きも落ち着き、魔術師団の主な仕事は鍛錬になっていた。
アレク様は魔術師団長として指導すればよいのだが、人に教えるのはあまり得意ではないらしい。実際の指導は別の人が担当していた。
ときおり訓練場から大きな爆発音が聞こえるほかは、平和な日々だった。
アレク様は朝食前に王太子宮へやって来て、家族の一員のように皆と食事をする。
食後はリシアとダンスの練習をしたり、ギルバード殿下に剣や魔術を教えたりして過ごす。それから、どこまでも追いかけてくる書類仕事を、渋々片づけるのだそうだ。
そのまま王太子宮へ住んでいるのと、たいして変わらない気がする。
そんな中、一気に結婚まで進めるつもりだったアレク様を、激怒させる事態が起きた。
国王陛下が、退位なさることになったのだ。




