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32 リシアの婚約 02   ケント目線

32 リシアの婚約 02   ケント目線


「アレクの婚約も無事に決まった。これで、以前から気にかかっていたことが一つ片づいた。安心して王位を譲れる」


 国王陛下は、晴れやかにそうおっしゃったらしい。


 しかし、アレク様にとっては、まったく晴れやかな話ではなかった。


「何故、今なのですか!」


「今だからだ。お前も身を固めるのだから、ちょうどよい」


「よくありません! 俺たちの結婚式はどうなるのです!」


 国王陛下の退位が決まったことで、王室の行事予定は大きく変わってしまった。


 まず、アレク様をなだめるためにも、リシアとの婚約式は予定どおり行う。


 ただし、それはあくまで婚約式だ。


 そのあとに国王陛下の退位に関する儀式があり、王太子殿下が新たな国王として即位なさる。


 即位式は国を挙げて行われる。前後にもさまざまな儀式や祝宴があり、外国からの賓客も大勢訪れるらしい。


 それらがすべて終わり、国が落ち着いてから、ようやくアレク様とリシアの結婚式となる。


 下手をすると、三年ほど先になるという話だった。


「三年?」


 予定を聞かされたアレク様の声は、ひどく低かったそうだ。


「三年も待てというのか?」


「国の行事ですので」


「半年で終わらせろ」


「無理でございます」


「では一年だ」


「無理でございます」


 説明役の文官は、命懸けだったと思う。


 リシアも王太子家の養女となったため、王女として一連の行事へ参加することになる。


 リシアなら、どのような役目でも立派に務めるだろう。


 だが、とても忙しくなるらしい。


 何しろ、養父である王太子殿下が国王になるのだ。王太子家の娘となったリシアも、新しい立場に合わせて覚えることが山ほどある。


 リシアは、分厚い予定表を前にしても落ち着いていた。


「ひとつずつ覚えていけば大丈夫です。王太子殿下や妃殿下のお役に立てるよう、頑張ります」


 隣でその言葉を聞いたアレク様は、何故かますます不機嫌になった。


「リシア。頑張りすぎなくていい。それより、俺たちの結婚式を先に――」


「アレク兄様。姉上を困らせないでください」


「お前は黙っていろ」


「姉上には、僕が王子として出席する行事にも付き添ってもらいます。ダンスの練習も必要です」


「リシアの相手は俺がする」


「婚約者としてですか? それとも叔父としてですか?」


「ギルバード」


 二人の間で、目には見えない何かがぶつかった。


 その日の午後、王太子宮の一室から大きな音がしたが、何があったのかは誰も教えてくれなかった。


 騎士団長からは、当分の間、用事がない者は魔術師団へ近づかないよう、内々に指示が出ている。


「巻き込まれたくなければ、近づくな。特に結婚式の時期については、絶対に話題にするな」


「団員の前でもですか?」


 同期の一人が尋ねると、騎士団長は険しい顔でうなずいた。


「団長だけでなく、団員もだ。その言葉を、魔術師団で口にするな。命が惜しいならな」


 誰も理由を聞かなかった。


 窓の外を見ると、雲ひとつない青空が広がっていた。


 リシアを池のそばで見つけた、あの日と同じようなよい天気だった。


 あの日、人形のような娘を見つけたときには、こんな未来が待っているとは思わなかった。


 俺は騎士になり、リシアは王女になった。そしてリシアは、すべてを忘れても、その名だけは覚えていた人と婚約した。


 もう俺がリシアを守る必要はないのかもしれない。


 けれど、もし何かあれば、今度こそ胸を張って助けにいける騎士でありたい。


(リシアが笑っていられるなら、それでいい)


 王太子宮へ続く道の向こうに、リシアと並んで歩くアレク様の姿が見えた。その少しあとを、ギルバード殿下が急ぎ足で追いかけている。


 それを見て、俺は思わず笑った。


 きっと、この王国の平和はこれからも続いていく。


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