30 本日のスープ アンヌ目線
30 本日のスープ
その女のせいで、今、私は王宮の庭で草をむしっている。
「アンヌさん、まだこちらが残っていますわ」
監督役の令嬢が、日傘の先で花壇の端を示した。
「見ればわかります」
私は土のついた手で、しつこく根を張った草を引き抜いた。
着ているのは、胸と背にマクベイン家の名が大きく記された、灰色のお仕着せだ。
マクベイン家の監督となったキンバレー家とミンティーノ家が、わざわざ用意したものだった。
「奉仕に励む皆様が、どちらの御家の方なのかわからなければ困りますもの。貴族の矜持は大切になさいませ」
最初に渡されたとき、監督役はそう言って微笑んでいた。
(なんて嫌味なの)
家族も、それぞれ王宮で働かされている。
お父様は門のそばに立ち、来客の馬車へ頭を下げて案内する仕事をしていた。
お母様は、今の季節だけ平民へ開放されている花園で、お手洗いはこちらと書かれた看板を持っている。
ミランダお姉様は、納入された野菜を厨房へ運び、ジルお姉様は見習いたちの雑用係をしている。
ロバートお兄様は、城へやってきた馬車の整理を任されていた。
一日の仕事が終わると、家紋の入った粗末な馬車の前へ家族全員が集められる。
その日も監督役の令嬢が、手元の紙を見ながら微笑んだ。
「本日も、皆様が真面目に励まれたことを嬉しく思いますわ。どなたも、生まれながらの平民のように仕事をこなしておられます」
お父様の頬が引きつった。
お母様は看板を持ち続けて痛くなったらしい腕を、そっと押さえている。
監督役は、そんな二人を見て笑みを深めた。
「特に侯爵夫人は、看板を持つ角度が適切で、とても見やすかったそうです。道を尋ねた方への説明も、昨日よりわかりやすくなったと報告を受けていますわ」
「それは、どうも……」
お母様が小さな声で答えた。
「それから、見習いの皆さんも、ミランダ様とジル様を褒めていらっしゃいます。最近は、学院へ通う時間がもったいないとお考えになる、実力ある方が増えておりますでしょう?」
監督役の言葉に、私は唇を噛んだ。
「皆さん、使用人のいる生活に慣れておられますから、雑用をしてくださる方を重宝しているそうです。明日からは厨房へ行かず、お二人とも見習いの雑用係を務めてくださいませ」
ミランダお姉様とジルお姉様は、何も言わずに頭を下げた。
「では、本日はこれで解散です」
誰も口を利かないまま、私たちは馬車へ乗り込んだ。
(あんな嫌味を言われて、嬉しいわけがないでしょう)
けれど、仕事をさぼった日の夕食が、薄いスープと硬いパンだけになることを、私はもう知っていた。
きちんと働いた日は、スープに芋や豆が入る。とてもよく働いたと認められれば、小さな肉の欠片が入ることもあった。
だから、私は毎日、言われた仕事をこなしている。
屋敷へ戻り、粗末な夕食を済ませる。
今日のスープには、人参と豆が入っていた。
(明日もきちんと働けば、もう少し具が増えるかもしれないわ)
水で体を洗い、硬いベッドへ横になる。
こんな生活が始まってから、どれくらい経ったのだろう。
そして、いつまで続くのだろう。
そう嘆く間もなく、疲れ切った体は眠りへ落ちていった。




