03 外務部の見学 ケント目線
03 外務部の見学
ある日、研修の一環として、俺たちは外務部を見学することになった。
外務部というのは、外国から届いた手紙を読んだり、外国へ送る書類を作ったりするところらしい。国と国との話し合いにも関わる、役所の中でも特に重要な部署だと、案内役の文官が説明してくれた。
だが、部屋へ足を踏み入れたとき、俺の頭から難しい説明は全部吹き飛んだ。
きれいなお姉さんが、いっぱいいたからだ。その人たちは制服を着ていなかった。
きらきら、ひらひらした服のお姉さんたちが、書類を持って歩いている。ドアから出て行く人もいれば入って来る人もいる。立ち姿も歩き方も上品で、町で見かける女の人たちとは雰囲気がまるで違った。
隣にいたダグラスも、ぽかんと口を開けている。
「ケント、外務部って、すごいところだな」
「口を閉じろ。馬鹿に見えるぞ」
「お前だって見てただろ」
「俺は仕事を見てたんだ」
「嘘つけ」
小声で言い争いながらも、俺は心の中で思っていた。
たしかに、外務部にはきれいなお姉さんが大勢いた。
だけど、その中で一番きれいなのはリシアだった。
これはひいきでもなんでもない。事実だ。
銀色の髪を簡素にまとめ、地味な制服を着ているのに、リシアだけはどこにいても目立った。顔がきれいだからというだけじゃない。背筋を伸ばして歩く姿や、人の話を聞くときの静かな表情が、ほかの誰とも違うのだ。
リシア自身は、注目されていることに気づいていないようだった。
案内役の説明を聞きながら、真剣な顔で室内を見回している。
俺がそんなリシアを見ていると、一人のお姉さんが書類の束を抱えて近づいてきた。
その女は俺たちの少し手前で足を止めた。そして、俺たちの顔を順番に見たあと、なぜか楽しそうに笑った。
次の瞬間だった。
「あら」
女の腕から書類が滑り落ちた。
白い紙が、ばさばさと床いっぱいに散らばる。
「あっ!」
「大変だ!」
俺たちは慌ててしゃがみ込んだ。
けれど、俺は見ていた。
あれは絶対にわざとだ。
手が滑ったようには見えなかった。わざと書類を落としたのだ。
「申し訳ありません。手伝っていただけるかしら?」
申し訳ないと言いながら、その声は少しも申し訳なさそうではなかった。
俺たちは床にはいつくばり、散らばった書類を集めた。机の下に入り込んだ紙に手を伸ばし、椅子の脚に引っかかった紙を拾う。
「こっちにもあるぞ」
「踏むなよ、ダグラス!」
「踏んでない!」
「いま踏みかけただろ!」
俺たちが必死になっている間、そのお姉さんは手伝いもせず、口元を押さえて笑っていた。
少し腹が立ったが、研修中の俺たちが外務部の文官に文句を言えるはずもない。俺は何も言わず、拾った書類を重ねていった。
リシアも俺たちと一緒に紙を集めていた。
俺と同じように、ただ散らばった書類を拾っているだけに見えた。
ところが、一枚の紙を手に取ったところで、リシアの動きが止まった。
「……?」
リシアは書類へ目を落とし、すっと片方の眉を上げた。
ほんのわずかな変化だった。リシアを知らない人間なら、気づかなかったかもしれない。
だが、俺にはわかった。
何かを見つけた顔だ。
リシアは書類を読み直し、ほかの紙と見比べた。それから何事もなかったように書類をそろえて立ち上がった。
そして、外務部の制服の文官のところへ向かった。
「こちらを」
「ありがとう」
男が手を伸ばす。
リシアは書類を渡しながら、紙の一か所を指で示した。そのまま顔を近づけ、周囲には聞こえないほどの小さな声で何かを囁く。
その人が驚いた。
「……これは」
一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに表情を消した。リシアを見つめ、それから何も言わずに書類を受け取る。
「確認しよう。ありがとう」
「いいえ」
リシアは静かに頭を下げ、俺たちのところへ戻ってきた。
「リシア、何かあったのか?」
俺が尋ねると、リシアは少し考えてから答えた。
「書き間違いのようなものがあったの。でも、ここで話すことではないわ」
「読めたのか?」
「少しだけね」
少しだけという顔ではなかったが、それ以上聞く前に見学を再開すると声をかけられた。
外務部を出たあと、俺たちは次の見学先へ向かった。
その日の研修が終わると、リシアが珍しく俺たちを誘った。
「ケント、これから図書館へ行かない?」
「図書館?」
「ええ。読みたい本があるの」
もちろん俺は断らなかった。
リシアと一緒なら、図書館でも倉庫でもどこへでも行く。
ところが、邪魔なダグラスまでついてきた。
「俺も行く」
「お前、図書館で読む本なんかあるのか?」
「行ってみなきゃわからないだろ」
「本は逃げないぞ。お前は宿舎に帰れ」
「なんでだよ。リシアは俺たちを誘ったんだろ?」
たしかにリシアは「二人とも」と言った。
仕方なく、三人で図書館へ向かうことになった。
図書館は、俺が想像していたよりずっと大きかった。
高い天井まで本棚が並び、古い紙と革の匂いが漂っている。話し声どころか、靴音さえも響いてしまいそうなほど静かだ。
リシアは慣れた様子で本棚の間を歩いていく。
棚に並ぶ題名を一冊ずつ目で追い、やがて背表紙に見慣れない文字が並んだ本を取り出した。
文字らしいことはわかるが、俺には一つも読めなかった。
「リシア、本なんてどうするんだ?」
ダグラスが真顔で尋ねた。
やっぱり、こいつは本気の馬鹿だ。
リシアは本を胸に抱え、目を瞬いた。
「ダグラス。もちろん読むのよ」
「ああ、そうか」
「ほかに何をすると思ったんだ」
「いや、飾るのかと」
「本を借りて部屋に飾る奴がいるか」
俺が呆れていると、リシアは小さく笑った。
「今日、外務部でミルフォーク語を読んだから、久しぶりに本を読んでみたくなったの」
「ミルフォーク語?」
「ええ。この本もミルフォーク語で書かれているわ」
俺は本とリシアの顔を交互に見た。
「待ってくれ。リシア、外国語が読めるのか?」
「うん」
まるで文字が読めるかと聞かれたような、気軽な返事だった。
俺とダグラスは顔を見合わせた。
リシアって、いったい何者なんだ。
そう言いかけたとき、本棚の向こうから一人の少年が姿を現した。
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