02 リシアを見つけた ケント目線 02
02 リシアを見つけた ケント目線 02
馬車が出て行った。
「なんだよ、あれ」
俺は我慢できずに神父さんへ詰め寄った。
「脅しじゃないか。リシアが屋敷へ行かなきゃ、教会への援助を打ち切るって言ってるんだろ?」
「声を抑えなさい。リシアたちが戻ってくる」
「でも!」
「いいか、ケント。今の話をリシアにしてはいけない」
「どうしてだよ。あいつに気をつけろって言わないと」
「あの子は知れば、自分から屋敷へ行く」
俺は何も言えなくなった。
神父さんの言うとおりだった。
リシアなら、自分のせいで教会や孤児たちが困ると知れば、嫌でも領主の屋敷へ行くだろう。
「自分が犠牲になれば皆を助けられると、あの子は考える。だから秘密だ」
「じゃあ、どうするんだよ」
「ここから逃がす」
神父さんは、はっきりと言った。
「ちょうど王都で、騎士団と文官の見習いを募集している。お前も以前から、騎士団の試験を受けたいと言っていただろう」
「俺と一緒に、リシアを王都へ行かせるのか?」
「ああ。あの子なら、文官見習いの試験に合格できる。ここにいるより、王都のほうが安全だ。領主の息子も、王都の役人に手を出すことはできまい」
リシアには、王都で文官見習いの試験を受けてみないかとだけ話した。
「わたしが、文官に?」
「ああ。読み書きも計算もできる。お前ならきっと合格する」
「でも、教会の仕事が……」
案の定、リシアは教会を離れることをためらった。
神父さんは穏やかに笑った。
「ここは大丈夫だ。子どもたちも、いつまでも君に甘えてはいられない。王都へ行って、自分に何ができるのか試してきなさい」
「ですが……」
「ケントも一緒だ。何かあれば、こいつを頼るといい」
「俺がリシアを守るよ」
勢い込んで言うと、神父さんは呆れたように俺を見た。
「お前はまず、自分が試験に落ちないようにしなさい」
シスターたちが笑い、リシアも口元を押さえて笑った。
少し恥ずかしかったが、リシアの不安そうな顔が和らいだから、それでよかった。
王都までは、馬車で一泊の道のりだった。
乗合馬車は狭く、荷物も人もぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。けれど、俺にとっては楽しい旅だった。
リシアとぴったり寄り添って座り、窓の外を眺めながら、いろいろな話をした。
「あの丘を越えたら、もう村は見えなくなるわね」
「寂しいか?」
「少し。でも、楽しみでもあるわ。王都には、大きな図書館があるのでしょう?」
「本当に本が好きだな」
「知らないことを知るのは楽しいもの」
「俺は、本を開くと眠くなる」
「では王都に着くまで、試験に出そうなところを教えてあげる」
「今からか?」
「今からよ」
俺が情けない声を出すと、リシアは楽しそうに笑った。
道が悪い場所では、馬車が大きく揺れた。やがて話し疲れたのか、リシアはうとうとし始めた。
こくりと頭が傾き、俺の肩に触れた。
「リシア?」
返事はない。
眠っていた。
俺は起こさないようにそっと身体を寄せ、揺れで頭をぶつけないよう、彼女の肩を抱いた。
銀色の髪から、教会で使っている石鹸の匂いがした。
馬車が王都に着かなければいいのにと、俺は本気で思った。
このままずっと、二人で揺られていたかった。
けれど、馬車は予定どおり王都へ着いた。
初めて見る王都は、人も建物も何もかもが大きかった。田舎者だと笑われないように胸を張ったつもりだったが、きっと俺はあちこち見回していたと思う。
神父さんの予想どおり、リシアは文官見習いの試験に合格した。
もちろん、俺も騎士団の見習いになることができた。
「合格だって!」
掲示板の前で叫ぶと、リシアが顔を輝かせた。
「ケント、おめでとう!」
「リシアもだ! ほら、ここに名前がある!」
自分の合格より、リシアの名前を見つけたときのほうが嬉しかった。
これで領主の息子から逃げられる。
王都で新しい生活を始められる。
そう思っていた。
最初の一か月は、文官見習いも騎士団見習いも一緒に研修を受けることになった。
国に仕える者として必要な礼儀作法や、読み書き、計算、法律の基礎を学ぶらしい。俺のような田舎者に、最低限のマナーを叩き込むための研修だ。
合格者は文官が十人。騎士団見習いが二十人。こうしてみるとよく合格できたなと思う。
だって、試験会場にはたくさん人がいたんだぜ。文官は筆記だけ。俺たちは簡単な筆記と実技試験。
文官の試験が終わったリシアが応援にきてくれた。それだけで俺はいつもより剣がよく伸びた。
さすがリシアだ。
そして合格者三十人が揃いの制服姿で顔を合わせた。平民は俺とリシア、それからダグラスという男の三人だけだった。
残りは、下級とはいえ全員が貴族だった。
研修が始まってすぐ、俺は自分が何も知らないことを思い知らされた。
椅子の座り方、挨拶の順序、上役への言葉遣い。食事の作法に、書類の扱い方。覚えることが多すぎた。
隣では、ダグラスも青い顔をしていた。
「なあ、ケント。俺たち、生き残れると思うか?」
「わからん。でも、リシアに聞けばなんとかなる」
「俺も聞いていいかな」
「自分で頼め」
二人でリシアのところへ行くと、彼女は俺たちの顔を見ただけで事情を察したらしい。
「どこがわからなかったの?」
「全部だ」
「俺もだ」
俺とダグラスがそろって答えると、リシアは額に手を当てた。
「では、最初からやりましょう」
それから毎晩、俺とダグラスはリシアにマナーと勉強を教えてもらった。
「ケント、目上の方に『わかった』は駄目よ」
「じゃあ、なんて言うんだ?」
「『承知いたしました』」
「しょうち……いたしました」
「ダグラス、笑わないの」
「だって、ケントが言うと別人みたいで」
「お前だって、さっき礼をしたまま椅子に頭をぶつけただろうが」
「二人とも、喧嘩をするなら教えませんよ」
「悪かった」
「申し訳ありませんでした」
ダグラスだけ急に丁寧な言葉を使い、俺は慌てた。
「俺も、申し訳ありませんでした!」
リシアはしばらく俺たちを見ていたが、やがて吹き出した。
彼女がいてくれたおかげで、俺とダグラスはどうにか研修についていけた。
貴族出身の連中の中には、平民の俺たちを馬鹿にする者もいた。
けれど、リシアは気にした様子もなく、いつも堂々としていた。礼儀作法では貴族の連中よりきれいに動き、勉強では教官の質問にすらすら答えてみせた。
そんなリシアを見ていると、池のそばに倒れていたあの日のことが、とても遠い昔のように思えた。
リシアが何者なのか、俺にはまだわからない。
どうして、池のそばに倒れていたのか。
あのとき口にした「アレク」という男が誰なのか。
何もわからないままだ。
それでも、今は同じ場所にいられる。
俺は騎士になり、リシアは文官になる。
もっと強くなれば、今度こそ俺が彼女を守れる。
あの頃の俺は、何の疑いもなく、そう信じていた。




