28 役に立てる機会 アンヌ目線
28 役に立てる機会 アンヌ目線
私には、姉が三人いる。
一番上の姉、エリシアお姉様は、両親からも使用人からも馬鹿にされている、みじめな人だった。
何をしても褒められず、食事の席でも誰にも話しかけてもらえない。使用人たちに笑われても、言い返すことさえできない。
だから、お姉様が学院へ入学するために家を出たときも、誰も寂しがらなかった。
お姉様も、それから一度も家へ戻ってこなかった。
久しぶりにエリシアお姉様を見かけたのは、王宮の園遊会だった。
色鮮やかなドレスに身を包んだ令嬢たちが庭園を歩くなか、お姉様だけが地味な制服姿で、アレクサンダー様の後ろに立っていた。
(相変わらず、華のない人ね)
そう思いながら見ていると、アレクサンダー様へ挨拶する人の列が、ほんの少し途切れた。
アレクサンダー様は、そばの卓からレモン水の入ったコップを取った。そして御自分で飲むのかと思えば、お姉様の口元へ差し出した。
お姉様は困ったように首を横に振った。
「いりません」とでも答えたのだろう。
けれど、アレクサンダー様はコップを引かなかった。何かを言われたお姉様は、仕方なさそうにレモン水を飲んだ。
そのあと、アレクサンダー様は小さな焼き菓子を一つ取り、またお姉様の口元へ運んだ。
お姉様がそれを食べると、アレクサンダー様は満足そうに笑った。
食べさせてもらったお姉様よりも、食べさせたアレクサンダー様のほうが嬉しそうだった。
(何故、あの姉が?)
腹が立った。
けれど、すぐにいいことを思いついた。
エリシアお姉様のところへ遊びにいけば、私もアレクサンダー様に会える。お姉様だって、お父様とお母様から大切にされている私が訪ねれば、きっと喜ぶだろう。
屋敷へ戻ると、私はさっそくお母様へ相談した。
「お母様、私、とてもいいことを思いつきました。エリシアお姉様を訪ねるのです。私をアレクサンダー様へ紹介してもらえばよいと思いませんか?」
お母様は目を輝かせ、私の手を取った。
「まあ、アンヌ。なんて賢いのでしょう。エリシアも、ようやく家族の役に立てるのですもの。きっと喜んで引き受けるわ」
「そうでしょう? 私もそう思います」
私たちは二人で新しいドレスを選び、念入りにおしゃれをして王宮へ向かった。
ところが、エリシアお姉様を呼び出してほしいと頼んでも、会えないという返事しか戻ってこなかった。
すると、お母様は目元へハンカチを当てた。
「やはり、血のつながらない母親には会ってもらえないのですね。遠くから、影を見るだけでもよいのです。どうか、あの子の無事な姿を見せてくださいませんか」
涙を浮かべるお母様を見て、守衛はすっかり同情したようだった。
「本当に、遠くから見るだけですよ」
「ええ。もちろんです。御親切に感謝いたします」
守衛は周囲を気にしながら、私たちを王宮の奥へ案内してくれた。
ちょうどエリシアお姉様が一人で、何冊もの本を抱えて廊下を歩いてきた。
「エリシア!」
お母様が呼び止めると、お姉様は驚いて足を止めた。
「どうして、こちらにいらっしゃるのですか」
再会を喜ぶのではなく、最初にそんなことを言った。
お母様は笑顔で私の背を押した。
「あなたにお願いがあってきたのよ。アンヌをアレクサンダー殿下へ紹介しなさい。この子なら、殿下もきっと気に入るわ」
私はお姉様へ微笑んでみせた。
「安心して、お姉様。私がお姉様の妹だと知れば、アレクサンダー様も喜んでくださるわ。お姉様にとっても、家族の役に立てるよい機会でしょう?」
「お断りします」
エリシアお姉様は、迷うことなく答えた。
「私は、あなたを殿下へ紹介するつもりはありません。お帰りください」
「何を言っているの! せっかく私が、お姉様にもできることを用意してあげたのよ!」
私が声を上げたとき、廊下の向こうからアレクサンダー様と護衛がやってきた。
アレクサンダー様は私たちを見るなり足を速め、知らない言葉でお姉様へ話しかけた。
お姉様も、同じ知らない言葉で答えた。
二、三度やり取りをしたあと、アレクサンダー様の顔から表情が消えた。
「この者たちを捕らえろ」
「なっ、何故ですか!」
私が尋ねても、護衛は容赦なく私の腕をつかんだ。
お母様がエリシアお姉様へ助けを求めた。
「エリシア、誤解よ! 私たちは、あなたに会いにきただけでしょう?」
けれど、お姉様は振り返らなかった。アレクサンダー様に促され、そのまま一緒に去っていった。
しばらくして、屋敷の執事が私たちを迎えにきた。
家へ戻ると、お父様の命令で、私は自室へ閉じ込められた。
夜遅くに帰宅したお父様は、これまで見たことがないほど怒っていた。
「殿下の許可もなく、王宮の奥へ入り込んだだと! 何を考えている!」
「私は、アンヌの将来を考えて……」
「そのために、エリシアを利用しようとしたのか!」
お父様とお母様が激しく言い争う声を、私は布団をかぶって聞いていた。
何を話していたのか、詳しくは覚えていない。怖くて、耳を塞いでいたからだ。
ただ、それ以来、お父様が私とお母様へ冷たくなったことだけは覚えている。




