26 誰も教えてくれなかった ロザモンド目線
26 誰も教えてくれなかった ロザモンド目線
「私、小さい頃にミルバーグ家へ引き取られたの」
そう話し始めると、相手は驚いたように私を見た。
「引き取られた?」
「ええ。あの家の娘として迎えられたわ。本当の母親は男爵家の娘らしいけれど、詳しいことは知らないの。どうして私が引き取られたのかも。お父様もお母様も、お兄様もお姉様も、皆にこやかに笑っていた。立派な部屋も、きれいなドレスも、たくさんのおもちゃも用意されていたわ」
何不自由ない暮らしだった。
食事も服も、欲しいと言えば与えられた。使用人たちは私をお嬢様と呼び、頭を下げてくれた。
けれど、誰も私を抱きしめなかった。
「夜中に寂しくなって、泣いたこともあったわ。家族の誰かが来てくれるかもしれないと思って、わざと大きな声で泣いたの。でも、誰も来なかった」
「侍女も?」
「来たわよ。扉の外から、静かにするようにと言われたわ。それだけ」
幼かった私は、泣き声が足りないのだと思った。
もっと大きな声で泣けば、お母様が来てくれるかもしれない。そう思って声を上げたら、翌朝、侍女に叱られた。
「侯爵家のお嬢様が、夜中にみっともない声を出してはいけません」
では、どうすればよかったのだろう。
寂しいときは、どうやって家族に甘えればよかったのだろう。
誰も教えてくれなかった。
「食事のマナーを間違えても、誰も注意しなかったわ。私が間違ったフォークを使っても、お父様は黙っていた。お姉様は扇で口元を隠して笑っていた」
「どうして……」
「面白かったのでしょうね。私が何も知らず、得意そうに振る舞う姿を見るのが」
私は唇の端を上げた。
きっと、ひどい笑い方になっていたと思う。
「私は、政略の駒としてさえ期待されていなかったのよ」
「そんな……」
「下手な駒を使えば、かえって家の弱点になるでしょう? 私を誰かと婚約させれば、相手の家と付き合わなければならない。私が失敗すれば、ミルバーグ家まで恥をかく。だから、最初から使わないことにしたのよ」
それに気づいたのは、学院を卒業する間際だった。
あまりにも遅かった。
お父様たちは、私を育てるつもりなどなかった。ただ、屋敷のなかに置いていただけだ。
家族全員が私を憎み、蔑み、失敗する姿を見て楽しんでいた。
それなのに、私はずっと、自分も家族の一員なのだと信じていた。
「初めて園遊会へ出席した日のことを、今でも覚えているわ」
仕立て上がったドレスを見て、私は胸を躍らせた。
胸元が大きく開き、薄い布を何枚も重ねた、華やかな夜会用のドレスだった。
「お姉様、似合うかしら?」
鏡の前で尋ねると、お姉様は微笑んでくれた。
「ええ。とてもよく似合っているわ。皆があなたを見るでしょうね」
「本当?」
「もちろんよ。胸を張って歩きなさい」
私は、その言葉を信じた。
明るい昼の園遊会に夜会用のドレスを着て、胸を張って歩いた。周囲の令嬢たちは目をそらし、殿方たちは私を見て笑っていた。
注目されているのだと思った。
きれいだから見られているのだと、本気で信じていた。
「誰も教えてくれなかったの。昼の園遊会に、胸の開いた夜会用のドレスを着てはいけないことさえね」
衣装を用意した者も、着つけた侍女も、お姉様も知っていた。
知っていて、送り出したのだ。
「学院でも勉強なんてしなかったわ。授業を抜け出して、殿方に声をかけて回った。令嬢はきれいに着飾って、よい家の殿方に気に入られれば、それでいいのだと思っていたから」
「先生は注意しなかったの?」
「したわよ。何度もされたわ。でも、私は聞かなかった」
家族は何も言わないのだから、たいした問題ではないと思っていた。
教師に注意されたと話しても、お母様は笑うだけだった。
「学院の教師は口うるさいものよ。気にしなくてもよろしいわ」
その言葉を、私は都合よく信じた。
「貴族は皆、遊んで暮らしていると思っていたの。でも、違った。夜会で笑っていた令嬢たちは、家に帰れば歴史や語学を学んでいた。殿方たちも、領地経営や法律や外交を勉強していたわ」
遊んでいるように見えただけだ。
その裏で、自分の価値を高めるために努力していた。
よい結婚とは、ただ身分の高い相手に選ばれることではない。互いの家に利益をもたらし、自分自身もよりよい立場を得るためのものだった。
私は、何も知らなかった。
知ろうともしなかった。
「同じようなお馬鹿さんたちと集まって、王宮の花たちと呼ばれて喜んでいたわ」
「それは、華やかな令嬢たちという意味ではないの?」
「違うわ」
私は乾いた声で笑った。
「きれいに飾ってあるだけで、何の役にも立たない。見て楽しむだけの花。そういう蔑みを込めた呼び名だったのよ」
それさえ、気づかなかった。
「王宮の花ですって。素敵ね」
「私たちにぴったりだわ」
扇を広げ、胸を張り、皆で笑った。
周囲の人々も笑っていた。
私たちは、自分たちが嘲られていることにも気づかなかった。
「だから、あの子に外国語の綴りを間違えていると指摘されたとき、許せなかったの」
胸の奥が、じくりと痛んだ。
あの子は、私を陥れようとしたわけではなかった。ただ間違いを見つけ、教えただけだった。
けれど、私は恥をかかされたと思った。
「本当は、感謝しなければならなかったのよ。外交文書として使われる前に間違いを見つけてくれたのだから」
「それなのに、あなたは……」
「ええ。あの子を取り囲んで、ひどいことを言った。倒れたあの子の手を、私は踏んだわ」
言い訳なら、いくらでもできる。
先に手を出したのはアンヌだった。
あれほど大きな怪我をするとは思わなかった。
魔術師団のマントの意味さえ、きちんと理解していなかった。
けれど、すべて言い訳にしかならない。
「私がしたことは、私の罪よ。誰かに命じられたわけでも、家族にやれと言われたわけでもない。気づく機会は、何度もあったわ」
教師は注意してくれた。
私を避ける人々の態度からも、自分が嫌われていると気づけたはずだった。
使用人や商人に嫌がらせをしたとき、怯えた顔を見て喜ぶのではなく、自分の行いを恥じることもできた。
けれど、私はその機会をことごとく見逃した。
「私は、自分から愚か者になった。そこは認めるわ」
そのうえで、私は笑った。
「でもね、そのおかげで、家族に復讐できたのよ」




