22 王宮の娘たち 宰相目線
22 王宮の娘たち 宰相目線
私の机には、四枚の調書が並んでいた。
ロザモンド・ミルバーグ侯爵家子女
アンヌ・マクベイン侯爵家子女
メアリー・キンバレー伯爵家子女
ジェシカ・ミンティーノ伯爵家子女
いずれも王宮に勤める令嬢である。
四人は魔術師団のマントをまとったリシア嬢を取り囲み、暴言を浴びせた。アンヌは閉じた扇で彼女の頬を打ち、ロザモンドは倒れた彼女の手を踏みつけた。残る二人もそれを止めず、リシア嬢が倒れると助けも呼ばずに逃げた。
現場を二人の騎士が目撃している。言い逃れはできない。
しかもリシア嬢は頭を打ち、頬に傷を負い、手と足まで痛めて入院している。
私は調書を机へ戻し、深いため息をついた。
(よりにもよって、あの娘を狙うとは……)
リシア嬢がアレクサンダー殿下にとって、どれほど大切な存在なのか。ギルバード殿下が、どれほど彼女を慕っているのか。
それを知らなかったとしても、魔術師団のマントを知らなかったでは済まされない。あれは単なる防寒具でも、身分を飾る衣服でもない。身につけた者が魔術師団の庇護下にあることを示すものだ。その者を襲えば、魔術師団そのものに敵対したとみなされる。
王宮に出入りする貴族ならば、子どもでも知っていることである。
「宰相閣下。四家の者がそろいました」
部下の報告をしてきた。
「娘たちは?」
「すでに別室へ移しております。アレクサンダー殿下の魔術により、声を出せない状態です」
「それでよい。今、好き勝手に言い訳を始められては話が進まぬ」
そう答えながらも、頭が痛くなった。
アレクサンダー殿下は、リシア嬢の怪我を知った直後、四人を殺しかねないほど激怒した。ギルバード殿下は、新しい拷問方法を思いついたと言い出したらしい。
(どうして、あの御二人はそろいもそろって極端なのだ)
もっとも、今回ばかりは怒るなというほうが無理であろう。私自身、調書を読み進めるうちに腹が立ってきたのだから。
夕刻、私は外務部長と騎士団長を伴い、四家の者を待たせている部屋へ向かった。ギルバード殿下とアレクサンダー殿下、その背後には険しい顔をした魔術師団員たちが続く。事件を目撃したケントとボビーも同行させた。
扉を開けると、四家の者たちが一斉にこちらを見た。
床には四人の娘が家族ごとに分かれて座っている。アンヌ嬢の両手には手枷がはめられていた。娘たちは口々に何かを訴えているようだったが、声は出ていない。
私たちの顔ぶれを見た途端、家族たちから血の気が引いた。
ギルバード殿下とアレクサンダー殿下が椅子へ腰を下ろす。私はその隣に立ち、一同を見渡した。
アレクサンダー殿下が、手にしていたマントを持ち上げた。
「このマントを知っているか?」
返事はない。だが、ほとんどの者が青ざめた顔でうなずいた。
「これが何を意味するのか答えろ」
ミルバーグ侯爵が震える声で答えた。
「それを着ている者を攻撃することは、魔術師団を攻撃することと同じでございます」
「そのとおりだ」
殿下はマントを卓上へ置いた。
「ところが、それすら理解していない愚か者がここにいる。このマントを着た令嬢を取り囲み、罵り、怪我を負わせた」
背後に並ぶ魔術師たちから、抑えきれない怒気が漂ってくる。私はあえて止めなかった。まずは、自分たちが何をしたのか理解させる必要がある。
「事実関係を説明する」
私は一歩前へ出た。
「リシア嬢へ最初に声をかけ、足止めしたのはロザモンド・ミルバーグ。閉じた扇で頬を打ったのはアンヌ・マクベイン。倒れたリシア嬢の手を踏みつけたのは、ロザモンドだ」
ミルバーグ侯爵が娘を見る。ロザモンド嬢は必死に首を横へ振った。
「目撃者は二人いる。加えて、その場にいたメアリーとジェシカの証言も一致している。否定しても意味はない」
ロザモンド嬢の動きが止まった。
「メアリー・キンバレーとジェシカ・ミンティーノは、直接手を出してはいない。だが暴言には加わり、危害を止めることもなかった。そのうえ、リシア嬢が倒れたにもかかわらず、助けを呼ばずに逃走した」
二人が親の腕へすがりついた。
そこでギルバード殿下が席を立った。
「二人は、自分たちは一緒にいただけだと主張しています」
少年らしい、まだ少し高い声だった。しかし、その瞳に浮かぶ怒りを見れば、誰も気を緩めることはできない。
「もちろん、それで罪が消えるわけではありません。二人もリシアを侮辱し、危害を加えようとする者を止めなかった。ですが、実際に手を下した者と同じ処分にするべきではないと、僕は考えます。キンバレー家とミンティーノ家は、娘を連れて帰ってください」
二人の伯爵が安堵したように頭を下げかける。だが、殿下の話は終わっていなかった。
「許したわけではありません。家族で今回の行いに向き合ってください。後日、使いを出します。そのときは家族そろって登城し、何を考え、どのように改めたのか話してもらいます」
「承知いたしました。娘を必ず監督し、二度とこのようなことを起こさせません」
「我が家も同様でございます。被害を受けた令嬢には、心よりお詫び申し上げます」
「謝罪する気があるのだね」
殿下は静かに言った。
「リシアが回復し、本人が望むのなら謝罪の機会を設けます。ですが、会いたくないと言ったなら、決して近づかないでください」
二人の伯爵が、もう一度深々と頭を下げた。
続いてアレクサンダー殿下が立ち上がる。
「王家がそう判断するなら、魔術師団も従おう。ただし、我々は売られた喧嘩を買う用意がある。今回の処分が重すぎると思うなら、遠慮なく申し出てくれ。相応の形で相手をしよう」
二人の伯爵は、勢いよく首を横に振った。
「アレクサンダー殿下。脅さないでください」
私がたしなめると、殿下は不満そうに椅子へ戻った。
(本気で言っているから困る)
私は小さく息を吐き、二家の者へ向き直った。
「国から命じることがある。ご令嬢を修道院へ入れること、勘当して家から追い出すことは禁止する」
二人の父親が驚いて顔を上げた。
「しかし、このような不祥事を起こした娘を家に置けば……」
「家の評判に傷がつくか?」
二人は黙り込んだ。
「娘が罪を犯した途端、修道院へ押しつけて縁を切れば、親として責任を果たしたことになるのか。それは家門を守るために娘を捨てるだけだ。罪を犯した本人が責任を負うのは当然だが、親にも、娘がなぜこのような行いに及んだのかを確かめ、正す責任がある」
私は二人の令嬢へ目を向けた。
「本人にも家族にも、逃げることは許さない。家族で罪に向き合いなさい」
「承知いたしました」
二家の者たちは深く頭を下げた。
「では、娘を連れて帰りなさい。アレクサンダー殿下、令嬢たちの術を解いていただけますか」
殿下はメアリー嬢とジェシカ嬢へ指を向けた。
「屋敷へ着けば話せるようになる。ここで騒がれても面倒だからな」
二家の者は何か言いたそうにしたが、殿下の顔を見て諦めた。
「お引き取りを」
私が告げると、彼らは娘を支えながら退出した。




