20 甘えるということ リシア目線
20 甘えるということ リシア目線
「アレク……」
「リシア。愛しています。もう二度と離しません」
耳元に落とされた声に、胸が震えた。
「どうすれば、あなたは俺のものになってくれますか?」
そんなことを日に何度も囁かれる。
眠ってしまえばベッドまで運ばれ、朝のお茶には花が添えられていた。
ある日は、淡く輝く銀色のコスモス。
ある日は、花びらの縁だけが紫色に染まった野ばら。
またある日は、本物の赤いばらだった。ただし、花びらに宿る朝露が、一粒ずつ小さな真珠に変わっていた。
「これは、どうしたのですか?」
「作りました」
「アレクが?」
「リシアに似合う花が見つからなかったので、魔力で少し手を加えました」
「少しではないと思います」
「気に入りませんでしたか?」
アレクが不安そうに私を見る。
「いいえ。とてもきれいです」
そう答えると、アレクは心からうれしそうに笑った。
これで落ちない女はいないと思う。
私は、わずか一週間でアレクに恋をした。
いや、違う。
多分、私は再会した瞬間に、アレクに一目惚れしていた。
ただ、心のどこかに、あの小さなアレクへの気持ちを恋に変えてはいけないというためらいがあったのだと思う。
けれど、アレクがそんなためらいをすべて吹き飛ばしてくれた。
「昔の俺ではなく、今の俺を見てください」
そう言って、強く、けれど大切そうに抱きしめてくれた。
結局、あの令嬢たちに絡まれた事件が、私たちの距離を縮めるきっかけになった。
そう考えると、今では少しくらい感謝してもよいのかもしれない。
そして今、私はアレクの膝の上でレモンパイを食べている。
正確には、食べさせられている。
「アレク。自分で食べられます」
「知っています。はい、口を開けてください」
「知っているなら、お皿を渡してください」
「嫌です」
アレクはきっぱりと拒み、フォークを私の口元へ差し出した。
仕方なく口を開けると、甘酸っぱいレモンの香りが広がった。
「おいしいですか?」
「おいしいです」
「では、もう一口」
「今度は自分で……」
「リシアを甘えさせるのは、俺の趣味で、生きがいで、権利で、義務で、日課です」
アレクは指を折りながら数えた。
「ほかには、なにがあるでしょう。リシアも考えてください」
「まだ増やすのですか?」
「もちろんです。そうだ、特権というのはどうでしょう?」
「どうして、そんなに真剣な顔をしているのですか」
「大切なことですから」
アレクは大真面目だった。
そんなことを真顔で言う人を、好きにならずにいられるだろうか。
「では、私がアレクに甘えるのは?」
私が尋ねると、アレクの表情が明るくなった。
「俺へのご褒美です」
「ご褒美?」
「はい。ですから、遠慮なく甘えてください」
けれど、私にはどうすればよいのか分からなかった。
「甘えるとは、なにをすればよいのでしょう」
思わず尋ねると、アレクが驚いた顔をした。
「分からないのですか?」
「分かりません。実家では、誰も私を甘えさせてくれませんでしたから」
口にしてから、胸の奥が少しだけ痛んだ。
幼い頃から、自分のことは自分でするのが当たり前だった。苦しくても我慢して、欲しいものがあっても口にせず、誰かに助けを求めることもしなかった。
けれど、アレクは私を抱く腕に力を込めただけで、かわいそうだとは言わなかった。
「それなら、俺が教えます」
「教えることができるものなのですか?」
「まずは、してほしいことを俺に言ってください」
「してほしいこと……」
「小さなことで構いません。手を握ってほしいとか、そばにいてほしいとか」
私は少し考えたあと、アレクの胸へ体を預けた。
「では、しばらく、このままでいてください」
「はい。いくらでも」
「それから……」
「それから?」
「もう一口、レモンパイをください」
アレクは、これまで見たことがないほど幸せそうに笑った。
「喜んで」
差し出されたレモンパイを食べながら、私はアレクの肩に頬を寄せた。
甘え方を知らなかった私に、甘えてもよいのだと教えてくれた人。
欲しいものを口にしても、弱いところを見せても、決して嫌われないのだと教えてくれた人。
私はアレクの服を、そっとつかんだ。
「アレク」
「はい」
「愛しています」
一瞬だけ、私を抱く腕がゆるんだ。
それから、少し苦しいほど強く抱きしめられた。
「もう一度、言ってください」
「嫌です」
「リシア」
「次は、また言いたくなったときに言います」
「では、言いたくなるまで、ずっとそばにいます」
耳元で囁かれ、私は笑った。
きっと、この人は本当にそうするのだろう。
それなら私は、これからゆっくり覚えていけばいい。
愛されることも、誰かに甘えることも。
そして私から、アレクを愛することも。




